マシュー・クラウド ①

「これがセント・レイズ学院か・・・。」

俺は学院の正門に立ち、校舎を見上げた。今日からこの学院に4年間通う事になる一流の名門校。本来なら俺のようにあまり爵位も高くなく、聖剣士の証となる右腕にグリップの模様が浮き出ていない様な人間が入学出来るような学院では無いのだが・・。特例で入学する事になったのだ。しかも入学するにあたって、俺は学院側から条件を突き付けられた。それは魔界の門を守る『聖剣士』となる事—。


 俺の父親は辺境の地を治める子爵である。そして母親は・・・世間には公にされていないが、魔族であった。

人間達にはあまり知られてはいないが、魔族には様々な種族がいる。獣のような外見で、知性も理性も全く持ち合わせていない下級魔族から、俺の母親のように人間と寸分違わぬ外見を持ち、美しい容姿だけでなく、知力、そして強力な魔力を携えた魔族も存在している。俺の母親はそんな上級魔族であった。


 そもそも上級魔族は数も少なく、出生率も他の魔族達に比べると大幅に少ない。

そこで上級魔族の中には魔界の門を密かに潜り抜け(彼等は門を開けずとも通り抜けが出来る為)人間界へと渡り、そこでパートナーを見つけて婚姻する場合が多く見られる。そして、大抵の場合・・・人間界に留まり、魔界へ帰る事も無く人間界で生涯を終える魔族が殆どだった。勿論、俺の母親も二度と魔界へ戻るつもりは無いと豪語している位なのだから、相当魔界という場所は居心地が悪い世界なのかもしれない。


 本心を言えば、俺はこの学院に入学する気はさらさら無かった。何故なら学院側に俺が人間と魔族のハーフであることが事前にばれているからだ。今までの俺は在学中に、誰にも自分が人間と魔族のハーフである事をひた隠しにして生きて来た。

やはり人間界では「魔族」は人間達からは恐れられ、忌み嫌われる存在であったからだ・・・。


 新しい生活が始まるのは正直気が重かった。思わずため息をついたその時・・俺はとても強い魔力を学院の外から感じた。

「!」

一体・・・何だ?この魔力は・・?

魔力を感知した方向を振り返ると、空から1本の光が地上まで届いているでは無いか。


「ん?あれは何だ・・?」

腕時計を見ると、入学式までは後1時間は余裕がある。よし、あの光の下には何があるのか確認に行ってみることにしよう。

俺は転移魔法で光の元へ向かった—。



「え・・・?」

到着した先で俺は衝撃的な光景を目の当たりにした。その光の下にはセント・レイズ学院の制服を着た1人の女性が光に包まれて眠っていたのである。

フワフワとウェーブのかかった長い栗毛色の髪、睫毛に縁どられた色白な肌・・・腕を胸の所で組み、幸せそうな寝顔で彼女は横たわっていた。

なんて美しいのだろう・・・。俺は思わずその女性をまじまじと見つめてしまった。

しかも、ただ美しいだけでは無い。全身から強いフェロモンを発している。

これは・・・。思わず俺は苦笑した。

何てことだろう、きっと彼女はこの先色々な男性から言い寄られて、相当苦労するに違いない・・・。恐らく無意識なのだろうが、彼女は全身から『魅了』の魔力を放出している。男性関係で、この先トラブルに巻き込まれない事をせめて祈ってあげたい。


 さて、ところでどうしよう。彼女を起こしてあげるべきなのだろうか・・・?

彼女の側に屈んで声を掛けようとした時、人の気配を感じた。恐らく彼女に降り注ぐ光に気が付いて様子を見に来たのだろう・・・。

なるべく人と接触するのを避けたかったので、俺はその人物に彼女を任せて退散する事にした。



 それから約1時間後—入学式が始まった。

俺のクラスはB組。一番前の席に座り、式が進んでいくのを見守っていた。

やがて新入生代表の挨拶が始まる。最初の代表者はアラン・ゴールドリック。

彼を知らない者は恐らくいないだろう。何せ大国の王子であり、必ず聖剣士として選ばれる事が決められている男なのだから。

俺の周囲に座っていた女子学生達が騒めく。まあ、確かに彼は王子であり、ルックスも最高と来ているのだから、彼女達が騒ぐのも無理は無い。


 そしてアラン王子のスピーチ・・・。流石は王子、模範的な内容だったなと俺は感心した。

次に呼ばれたのはジェシカ・リッジウェイという女性。彼女もまた公爵令嬢と爵位が高く、女性でありながらこの学院の入学試験でアラン王子と並んで1位を取った人物だ。・・・本来なら俺の実力では満点を取る自信はあったのだが、目立たないようにしなければと思い、わざと手を抜いて入学試験を受けたのは両親にも内緒の話だ。

さて、どんな女性なのだろうか・・・。


 しかし、中々ジェシカ・リッジウェイは壇上に上がってく来る気配が無い。 

おかしい。何故名前を呼ばれたのに出てこないのだろうか・・?

ついに痺れを切らした生徒会長が席に近付いてゆき、1人の女子学生の腕を乱暴に引いて立たせた。おや・・・?何処かで見たような気がする・・・。

俺は目を凝らしてその女子学生を見て、あっと思った。

そう、その女子学生は光の粒子に包まれて眠っていたあの女性だったのだから・・!


 小柄な体で、震えながら壇上に登っていく彼女・・・。思わず守ってあげたくなるような衝動に駆られる。

そう思ったのはどうやら俺だけでは無さそうだった。

壇上に登った彼女を見て、俺の近くに座っていた男子学生達がヒソヒソ話を始めた。


「おい・・・見ろよ、あの女子学生。」

「ああ、びっくりする位美人だ・・・。」

「しかもあの入学試験で1位を取った才女だろう?凄いよな・・。」

「公爵令嬢だろう?あ~あ・・。きっと俺なんかじゃ相手にしてくれないよなあ。」


早くも諦めモードを漂わせるB組の男子学生達。まあ、無理も無いだろう。何せ、彼女はこの学院の特設クラスのA組に所属しているのだから・・・。


 さて、一体彼女はどんなスピーチをしてくれるのか・・・。

俺は胸が躍るのを感じた—。


 入学式が無事に終わった。

俺は先程の彼女のスピーチの余韻に浸っていた。綺麗なよく通る声で、度肝を抜く内容だったが・・・俺は感動してしまった。彼女は最高のセンスを持ち合わせている。

友達になれたら、きっと楽しい学院生活を送れるのだろうが・・・。生憎彼女はA組、そして俺はB組で俺と彼女を結びつけるような接点は無い。

 それでも同じ学院だ。時折でも彼女の姿を見る事が出来れば、それだけで幸せな気持ちになれそうだ。


ジェシカ・リッジウェイ。

その名前を思い浮かべるだけで、心の中が温まるのを感じた。それは恐らく彼女の放つ『魅了』の魔力にあてられたからだろう・・・。


 

 入学後、すぐに俺は聖剣士となる為の様々な訓練を受けさせられるようになった。真剣を使った激しい剣術の練習、魔力が底を尽きる限界まで行われる魔法のみを使った戦い・・・。体術、様々な訓練を受けるようになった。・・・人間達はまだ信じているのだ。いずれ魔族達が門を破って、人間界へと侵攻して来るであろうと・・・。

でも、正直な所俺はそうは思わない。何故ならもうかなりの魔族達が人間界に混じって生活をしているのだ。仮に魔族が門を破って人間界を侵略しに来ようものなら、この世界に住む魔族が黙ってはいないだろう。聖剣士がいなくても、恐らく人間の中に混じって生活している魔族が戦ってくれると俺は思っているのだが・・・。

そんな事を口に出す訳にはいかない。何故なら聖剣士無くしては、この学院の存在意義が無くなってしまう。


 だから俺はそんな事はおくびにも出さず、毎日激しい訓練を受け続けた。

そのせいで、授業に出る事もままならなくなり、ますます俺はクラスで孤立してゆく事になっていった—。






 









 








 




 

 




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