第13章 1 混濁した記憶

 翌朝—

目が覚めたら隣で眠っていたはずのマシューの姿が消えている。

「え?マシュー?」

ベッドから起き上がると私は部屋の中を探し回ったが、どこにもマシューの姿は見当たらない。

「一体何処へ行ったんだろう・・・?」

腕組みをして考えていると、サイドテーブルに小さな紙袋が置かれている事に気が付いた。

「え?何だろう、これ?」

紙袋を開けてみると、そこには私が昨日買いたいと思っていたフルーツケーキだった。これ・・私が欲しがっていたのマシューは気が付いていたんだ・・・。

感動して取り出すと、底の方にメモが入っている事に気が付いた。

メモを手に取り、中身を開いて見るとそこにはマシューからのメッセージが書かれていた。




おはよう、ジェシカ。

随分よく眠っていたようだね。

楽しい夢でも見ていたのかな?寝顔が笑顔で可愛かったよ。

実は今朝早くに聖剣士全員に召集令があったんだ。

だから先に学院へ戻らせてもらうね。

黙って消えてごめん。

ジェシカ、4日後・・・必ず君を門まで連れて行ってあげる。

だからそれまでにドミニク公爵を正気に戻しておくんだよ。

多分、今の彼ならまだ間に合うかもしれないから。


マシュー



「召集って・・・何かあったのかな?」

何だか嫌な予感がする。それとも召集なんて意外と日常茶飯事なのだろうか?

「う〜ん・・・。それにしても良く寝たなあ・・・。」

私は大きく伸びをした。

マシューが昨夜隣で眠っていたからだろうか?安心して悪夢を見る事も無く昨夜はぐっすり眠る事が出来た。

 何せベッドに入ってすぐに眠ってしまったようだし・・・。

マシューに呆れられたかもしれない。


 時計を見ると今は朝の7時過ぎ。この宿屋の下は食堂だけど、もう開店してるのだろうか?

帰り自宅をし、荷物を持って部屋を出て階下に降りてみた。 


 すると、既に食堂は開いていたようで数名の客が朝食をとっている姿があった。

手近な窓際の席に座るとすぐに店員の女性が注文を取りに来てくれた。私はトーストとハムエッグ、サラダ、コーヒーのモーニングセットを注文し、まだ朝の早い時間だったので景色を眺めながらゆっくり朝食を食べた。


 食後のコーヒーを飲みながら、マシューの残したメモの事を考えていた。

メモには公爵を正気に戻して置くようにと書いてあった。今ならまだ間に合うかもしれないとあったけど・・・。本当なのだろうか?


 昨日、公爵は初めての休暇をどうやって過ごしたのだろう。恐らく・・・私の勘ではソフィーと一緒に休暇を過ごしたのではと思う。そして、より一段と絆を深めて・・・。

 確かめなくては。今の公爵がどのような状況になっているのか。

私はコーヒーを飲み終えると席を立った。



 学院に到着すると、まだ学生達の姿はあまり見かけない。公爵は・・・寮にいるのだろうか?でも・・寮を訪ねて行って、一昨日と同様の、いや、それ以上の冷たい態度を取られたらどうしよう。

気が付いてみると私は男子寮の前で行ったり来たりを繰り返していた。


「あの・・・そちらで何をしているのですか?」


不意に声をかけられた私は慌てて顔を上げると、そこに立っていたのは男子寮の寮夫さんだった。


「あ、あの・・・。じ、実はある方を呼んで頂きたいのですが・・。」

もうここまで来たら覚悟を決めるしかない。


「はい、どなたをお呼びしますか?」


「ドミニク・テレステオ様をお願いします。」



 ドキドキしながら男子寮の入口で待つ事5分・・・。どうしよう、いないのだろうか・・・?それとも私の名前を聞かされて不愉快になり、怒り心頭で出てこられたらどうしよう?等と考えていると、公爵が外へ出てくる姿が見えた。


いた!

私を見ても顔色一つ変えない公爵は黙って私の方へ歩いてくる。どうしよう・・・恐らくあの調子ではきっと、公爵は・・・。思わず逃げ出したくなってきた。よし、それなら顔だけ見に来ましたと言ってすぐに帰ろう。

私は緊張を和らげるため、大きく深呼吸した。



「ジェシカ・リッジウェイ、朝早くから一体この俺に何の用事なのだ?」


無表情で私を見ると公爵は言った。ああ・・・やはり公爵はソフィーの暗示で私の事を憎んでいるんだ・・・。しかし、公爵からは意外な言葉が飛び出してきた。


「わざわざ休暇の日にこの俺を訪ねて来るなんてリッジウェイはそれ程暇だったのか?それとも転入してきたばかりで知り合いもいない俺を気遣ってくれたのか?」


え?何だか様子がおかしい・・・。どうにも先程から話が噛み合っていない気がする。

「あ、あの・・・?テレステオ・・公爵・・様?」

恐る恐る声を掛けてみるが、余程私の顔に戸惑いの表情が浮かんでいたのだろう。


「あ・・・すまない、リッジウェイ。実は・・・直近の記憶が少しあやふやなんだ。それで昨日はソフィー・ローランという女生徒が俺に会いに来たのだが、彼女の事が全く分からなかったので、誰なのか尋ねると、怒って帰ってしまったんだ。悪い事をしてしまった。」


 え・・?ひょっとすると・・マシューはソフィーと私に関する記憶を公爵から奪ったのだろうか?いや、でも彼がそんな事をするとは思えない。ひょっとすると・・・無理やりソフィーの暗示を解いたせいで、私とソフィーに関する記憶だけ混濁しているのかも・・・。私は勝手に自分の中でそう結論付けてしまった。

 マシューはメモの中で、まだ間に合うかもしれないと言っていたから、今日1日公爵の傍にいれば記憶を戻せるかも・・・。


「あの、テレステオ公爵様。今日は何か御予定ありますか?」



「いや、特には無いが。」


町へ連れ出せば記憶を取り戻すきっかけがみつかるかもしれない。公爵を誘ってみる事にしよう。

「そうですか、もしよろしければ今日は私と一緒にセント・レイズシティへ出掛けませんか?私でよければ町を案内させて下さい。」


「しかし・・・迷惑では無いか?」


躊躇うように言う公爵。


「いいえ、とんでもありません。何しろ私と公爵は同じ国の出身なのですから、仲良くさせて下さい。」


「え・・・?俺と同じ出身地・・?」


公爵の瞳が揺れるのを見た。そうだ、こうやって過去の記憶に繋がるような会話をしていけば・・・。


「はい、そうです。では・・・9時半に門の前でお待ちしています。」


「ああ、では9時半にな。」


公爵は嫌がるふうでも無く誘いを受けてくれた。良かった、断られなくて。

私は公爵に一旦別れを告げると、急いで女子寮へ戻った。やはり昨日と同じ服ではまずいだろう。


クローゼットから上下のモスグリーンのツーピースに着替えると、コートを羽織ってショルダーバッグを持って急いで女子寮を出た。

一応、9時半と早目の時間に待ち合わせをしたが、私の周囲にいる男性達に見つかっては何かと厄介な事になりかねない。


 約束の時間10分前に門へ行くと、グレーのフロックコートを着た公爵がもうその場で待っていた。

え?は、早い!

慌てて公爵に駆け寄ると私は言った。


「申し訳ございません!テレステオ公爵様。お待たせしてしまって・・・。」


すると公爵はフッと笑った。


「いや、誰かと出掛けるなんて滅多に無い事だったから、嬉しくてつい早めに着いてしまったんだ。リッジウェイ、気にしないでくれ。」


リッジウェイ・・・その呼ばれ方は私的に違和感を感じてしまう。

「あの、テレステオ公爵様。どうぞ私の事はジェシカとお呼び下さい。」


「ジェシカ・・・。ジェシカ・・・。」


公爵は2回私の名前を口にした。ひょっとして何か思い出してくれた?


「分かった、それなら俺の事はドミニクと呼んでくれ。」


「はい、分かりました。ドミニク様。」


 私は公爵の名前を呼んで微笑んだ。

どうか、公爵の混濁した記憶が戻りますように―。















 


 


 



  

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