第10章 11 貴方に嫌われるまで、会いに行きます
「ど、どうしたの?ジェシカ。」
ダニエル先輩は急に私が泣き出したのでオロオロしだした。それは無理も無いだろう。
「す、すみません・・・ダニエル先輩・・・。」
私は涙を拭うと言った。
「何か・・・あったの?」
ダニエル先輩は私の肩を抱くと優しく声をかけてくれた。
「ダニエル先輩・・・自分が皆から忘れられ、その存在迄消えてしまったとしたらどんな気持ちになりますか?それなのに自分だけは皆の事を覚えていたとしら・・。」
自分で何を話してるか支離滅裂なのは分かっている。けど、ダニエル先輩はじっと私の話を聞いて考え込んでいた。
やがて先輩は言った。
「それは・・・すごく辛い事だよね。自分の事が皆の記憶から消えて、生きた証まで消されてしまうのは、死んだも同然・・・かもね。」
「ダニエル先輩・・・。」
「だけどね、誰か1人でも自分の事を覚えていてくれてれば・・・。」
ダニエル先輩は、優しく私の髪を撫でながら言った。
「その1人が自分の存在を訴え続けてくれれば・・・きっと他の人達も信じてくれるんじゃないかな?」
その言葉を聞いて私は再び胸に熱いものが込み上げてきた。
「ダニエル先輩は・・・私の事を信じてくれますか?」
「勿論、ジェシカの言葉ならどんな事でも信じるよ。だって・・・ジェシカは僕の大切な人だからね。」
「ダニエル先輩・・・!」
私は先輩にしがみついて、まるで子供のように泣きじゃくった。
「ジェシカ・・・君に何があったのか僕に話をしてくれるよね?」
ダニエル先輩は私を抱きしめながら言った。
「はい・・・。お話します。」
ごめんなさい・・全てを話す事は出来ないけれど・・・。
「ダニエル先輩・・・。先程もお話しましたが、この学院にはノア・シンプソンと言う名前の学生がいたんです。」
「ノア・シンプソン・・・。」
やはり先輩の反応から心当たりが無い事を関じた。
「その人はこの学院の副会長をしていて・・・ダニエル先輩と・・仲が良かったんですよ。」
「僕と・・・?」
意外そうな声でいうダニエル先輩。
「はい。そして・・・私が毒矢で倒れた時、ダニエル先輩達と魔界へ続く門へ一緒に向ってくれたんです・・。」
「?!」
ダニエル先輩の息を飲む気配を感じた。
「それで、魔界の花と引き換えにノア先輩は魔界へ行ったんです・・・。私の命と引き換えに・・・!」
「ジェシカ・・・。」
ダニエル先輩は私をじっと見つめると言った。
「ジェシカ・・・。その、僕の記憶では僕達は魔界の門迄しか行ってないんだよ。それに実際に門の中へ入ったのは門を守っていた聖騎士なんだ。」
「はい、知ってます。」
私は頷いた。
「え?知ってる・・・?」
「はい、知ってます。ノア先輩が夢の中に現れて教えてくれたから。」
「そうか・・・。だからジェシカは彼の事を知ってるんだね?そして・・・ジェシカ。君から感じられるマーキングの気配は・・・彼の物だったんだね・・・?」
「!!」
ダニエル先輩にマーキングの事がバレてたんだ!
「ジェシカ・・・。何故君から強い、特殊なマーキングを感じたのか、分かったよ。でも僕からは何も聞かない。きっと・・・何か理由があったんだろう?」
私は返事の代わりに小さく頷いた。
「ジェシカ・・・。君はどうしたいんだい?」
真剣な瞳でを見つめて来るダニエル先輩。
私は首を振った。これ以上話す訳にはいかない。
「いいえ・・・。ただ、私はノア先輩の事をダニエル先輩に話しておきたくて。」
「ジェシカ・・・。君はまだ僕に隠している事があるね?」
ビクリ!
ダニエル先輩の言葉に思わず反応してしまった。
「やっぱり・・・。」
ダニエル先輩はため息をつくと言った。
「ジェシカ・・・。僕で良ければどんな協力だってする。だから、どうか1人で危険な真似はしないと誓ってくれないか?」
「ダニエル先輩・・・。」
どうしよう、先輩に見透かされているのだろうか?勘の良いダニエル先輩の事だ。
ひょっとして魔界へ行った人間は人々の記憶から消えてしまうと言う事も。
でも私はあえて嘘を言う。だって魔界へ私が行けば、どうせ皆の記憶から・・。
あれ?でも・・・夢の中で見た時は皆が私の事を覚えていてくれていた・・・。
一体何故・・・?
「ジェシカ?」
その事、ダニエル先輩が私の名前を呼ぶ声で我に返った。
「い、いえ。何でもありません。ダニエル先輩、お引き留めしてすみませんでした。」
すると、ダニエル先輩は私の手首を掴んで引き寄せると言った。
「ジェシカ・・・。どうしたら、僕は君を忘れないでいられる?君がノア先輩を忘れなかったように・・・?」
その顔は酷く悲しげで、今にも泣き出しそうだった。
「ダニエル先輩・・・。何故・・そんなに泣きそうな顔をしているんですか・・・?」
「だ、だって・・・きっとジェシカはどんなに止めても・・・魔界へ行ってしまうんだろう?そして、ノア先輩と言う僕の親友だった人と同様に僕の前から姿を消して、記憶からも消えていくつもりなんだよね?」
「ダニエル先輩・・・。」
ああ、やっぱり先輩は気付いていたんだ。
「私も・・・皆の記憶から・・消えたくは・・・。」
「僕も行く。」
「え?」
「どうしてもジェシカが魔界へ行くと言うなら僕も一緒に行く。」
「それは駄目です!!」
「何故?!」
「それはダニエル先輩に私の大切な・・リッジウェイ家に必要な財産を預かって貰っているからです。」
ダニエル先輩は俯いてしまった。
「ダニエル先輩、その通帳は私に何かあった時の為にお願いしたいのです。だから・・・ダニエル先輩はここに残って下さい。」
「・・・。分かったよ・・・。」
「もう一つ、お願いがあります。この話は誰にも言わないで頂けますか?私とダニエル先輩だけの秘密・・・です。」
「うん・・・。ジェシカがそう言うなら・・・僕は誰にも言わない。だけど・・。」
ダニエル先輩は私を強く抱きしめると言った。
「僕は絶対にジェシカの事を忘れたくない。だって・・・忘れない限りは・・今度はジェシカに何かあった時、僕が君を探しに行けるだろう?ねえ、ジェシカ。教えてくれる?どうして君は僕も、そして他の皆も忘れてしまったノア先輩という人の事を覚えていたの?最初から忘れていなかったのかい?」
「い・・いえ!わ、私自身も・・・最初はノア先輩の事を・・・忘れていました。だけど・・・。」
「だけど?」
「どうしたの?ジェシカ。お願いだ、僕に教えてよ・・・。」
先輩は私の髪に自分の顔を埋め、切ない声で懇願してくる。
「ダニエル先輩。聞いて下さい・・・。先程、私から誰かのマーキングを感じると言いましたよね・・?」
「うん。確かに言ったよ。」
「冬休み・・・帰省した時に私は・・夢の中でノア先輩が会いに来たんです。不思議な事に夢の中ではノア先輩の記憶があって・・・それで忘れない為に、ノア先輩を探しに行く事が出来るように・・マーキングをして貰ったんです・・。」
「・・・・。」
ダニエル先輩は無言だったが、私を抱きしめる腕の力が強まった。
「でも翌朝、結局私はノア先輩の事を忘れていました。けれどその日の夜にまたノア先輩の夢を見て、何があったのか全て思い出す事が出来たんです。」
「ジェシカ・・・・。」
「マリウスは私にかけられたマーキングを消そうとしましたが、私は拒みました。だってこのマーキングがあれば・・私がノア先輩を探しに魔界へ行った時に・・これを目印としてノア先輩は私を探し出す事が可能ですよね?」
「それじゃ・・・。」
ダニエル先輩は私の耳元で囁くように言った。
「僕も・・・ジェシカを忘れないように・・ジェシカ自身からマーキングをして貰えれば・・・思い出せることが出来るかも知れないって事だよね?」
「!!」
私はダニエル先輩の言葉に耳を疑った。え?私がダニエル先輩にマーキングを・・?
だけど、そもそも私にはそのような魔力が無いので、マーキングをするなど不可能だ。それに・・・。
そこまで考えた時、ダニエル先輩が私の身体から離れると言った。
「・・・ごめん。今の話は聞かなかったことにして・・・。」
その目はまるで泣いていたかのように赤い目をしていた。
「ジェシカ・・・。僕がジェシカに関する記憶を無くした時、君が僕の前に現れたらきっと冷たい態度を取って傷つけてしまうかもしれないけど・・・それでも諦めずに何度も僕に会いに来てくれるかい?」
胸を打つようなダニエル先輩の言葉に私は言った。
「わ・・分かりました・・。しつこく何度も現れますね。いつかダニエル先輩に嫌われて、もう来るなと言われるまで・・・。」
私は半分泣きながら、笑顔で言った。だけど、その日は恐らく来ることは無いだろう。
だって私はその後捕らえられて流刑島へ送られてしまうのだから―。
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