第10章 7 今日で最後

 明日はいよいよ学院へ戻る日・・・この家で過ごす最後の日になるかもしれない日。

私は庭仕事をしているピーターと話をしていた。


「ジェシカお嬢様、明日とうとう学院へ戻られるのですね。」


ポツリと何処か寂しげに言った。

「うん、そうだね・・・。この1ヶ月長いようで短かったかな・・・・。」

私はベンチに座りながら空を見上げた。


ピーターはそんな私を黙って見つめていたが・・・やがて何処か思い詰めた顔をすると言った。


「ジェシカお嬢様がここ最近ずっと様子がおかしい事には気付いていました。もし、学院へ戻る事で、何か問題が起こるようでしたら・・・。」


ピーターは私に歩み寄ると言った。


「学院へ戻るのは止められてはいかがですか?」


「え?何を言ってるの?ピーターさん。そんな事できる訳・・・。」

そこまで言いかけて、ドキリとした。

ピーターが思いもかけない程至近距離にいたからだ。


「ジェシカお嬢様・・・。」


ピーターが土で汚れた手で私の手を握り締めてきた。


「ジェシカお嬢様・・・。俺の手は貴族の青年みたいに奇麗な手ではありません・・・。だけど、こんな汚れた手だけど、ジェシカお嬢様を救える事が出来るなら・・・。」


え?ピーターは何を言おうとしているのだろうか?


「ジェシカお嬢様が俺の手を取ってくれれば、俺は世界の果てだってジェシカお嬢様を連れて逃げる事だって出来ますよ・・・?」


ピーターの言葉に以前夢で見た光景が目に浮かんだ。あの時の夢では私は1人きりで逃げていた。けれども結局逃げ切れずに、捕まって・・・。

 私は目を閉じた。

だけど、誰かが私の手を取って連れて逃げてくれたら・・・。

 

「ジェシカお嬢様・・・。」


ピーターが私の握る手を強めて、ハッとなる。駄目だ。彼を巻き込んではいけない。

「私の事なら心配しなくて大丈夫だから。それより、ピーターさんには大事な事をお願いしたよね?もしもの事があれば、預けた書類を役所に出してね・・・って。」


私はそっとピーターを押して身体を離すと立ち上がった。


「それじゃ私、明日の準備があるから・・・。」

ピーターに背を向けて歩き始めた時・・・。


「ジェシカお嬢様!俺は貴女を・・・!」


ピーターが私を呼び止め、突然彼に緊張が走るのを感じた。何事かとピーターを振り向くと、彼の視線は別の方向を向いている。

何故か彼の目には怯えがあった・・・。


「・・・?」

訝しんで視線の先を追うとそこに立っていたのは公爵だった。何故かピーターを睨み付けるような視線を送っている。


「ドミニク様?何故こちらに・・・?」


すると公爵はこちらを振り向き、悲し気な視線で私を見つめる。


「ジェシカ・・・。話しがあるんだ・・。少し時間を貰えるか?」


「は、はい・・・?」

ピーターの方を振り向くと言った。


「ごめんね。ピーターさん。ドミニク様とお話しがあるから・・・。」


「は、はい・・・。」


酷く傷ついた顔を見せるピーター。思わず私は声をかけた。

「あのね、ピーターさん。私・・・!」

そこまで言いかけて、グイッと私は公爵に肩を掴まれ引き寄せられた。


「ドミニク様・・・。」

思わず見上げると、公爵は無表情でピーターを見ている。


「悪いが、ジェシカと2人きりで話しがある。彼女を借りて行くぞ。」


「は、はい・・・。」


ピーターが俯いて返事をすると、公爵は私の肩を抱いたまま、歩き出した。


「ドミニク様、一体どちらへ・・・。」

しかし公爵は返事をせず、思い詰めたような表情で歩き続ける。

仕方が無いので、私も黙ってついて歩くとやがて公爵は足を止めた。


「すまない・・・。」


ポツリと公爵は言った。


「え?」

 

「すまなかった。お前が他の男と話をしている姿を見ていたら、つい・・・。」


公爵は頭を押えながら苦悩の表情を浮かべて言った。

「ドミニク様・・・。」


「実は今日ジェシカを訪ねたのは他でも無い。明日俺と一緒にセント・レイズ諸島へ行こう。」


「え?ドミニク様とですか・・・?」


「ああ、今はお前の下僕のマリウスがいないのだろう?実はジェシカの両親から頼まれたんだ。一緒に学院へ行って欲しいと。」


そこでようやく公爵は笑みを浮かべた。


「あの・・・私の両親が頼んだのですか?」


「ああ、そうだが?」


公爵は一瞬首を傾げると言った。

え?ちょっと待って。何故あの2人は婚約?を取り消した公爵に私の事を頼んだりしたのだろうか?

私はよほど難しい顔をしていたのだろう。


「もしかすると、俺と一緒に行くのは・・・嫌か?」


公爵が悲しげな顔で私を見つめている。

「い、いえ。そういう訳では・・・。ただ、ドミニク様にご迷惑だと思いまして・・・。」


「俺は!」


突然公爵は私の両肩を掴むと言った。


「俺は1度たりともお前の事を迷惑だと感じた事は無い!むしろ・・・もっと俺の事を頼って欲しいと思っている位なんだ・・・。」


気付くと私は公爵に強く抱き締められていた。

「わ、分かりましたから・・・。ドミニク様・・は、離して頂けますか・・・?」


「す、すまない!俺はまた・・・。」 


公爵は慌てたように私から離れた。


「それで・・・明日は俺と一緒にセント・レイズ諸島へ行ってくれるんだよな?」


「は、はい。どうぞ宜しくお願い致します。それで・・・移動手段ですが・・・どうされるのですか?」


「ああ、転移魔法で行こうと思う。あれなら一瞬で移動出来るからな。」


その言葉を聞いて私は青ざめた。

「だ、駄目ですっ!そ、そんな事をしたらドミニク様の身体が・・・!」


「俺の身体がどうしたと言うのだ?」


「い、いえ・・・。マリウスが転移魔法でこちらへ飛んだ時に魔力切れで気絶してしまい、大変な目にあったんです・・・。それで・・・。」


「何。たかだか4500km位の距離ならばどうと言う事は無い。」


「ええ?!それは本当ですか?」

私は驚いて公爵を見上げた。


「ああ、本当だ。」


「ドミニク様は・・・本当に素晴らしい魔力の持ち主なのですね・・・。」


「・・・・っ!」


不意に公爵は、顔を赤らめると視線を逸した。

「ドミニク様?」


「い、いや・・・お前からそのような尊敬の眼差しで見つめられると、何と言うか、照れが・・・。」


私はクスリと笑うと言った。

「私は、いつでもドミニク様を尊敬していますよ。」


「あ、ありがとう・・・ジェシカ。そ、それでは明日の11時に迎えに行くので、お前の家の門の前で待っていてくれ。」



 こうして私と公爵は明日の約束をして別れた。



 その日の夜は久々に家族全員が揃ってのディナーとなった。

私達は大いに語らい、笑い合った。いつも寡黙なアダムも今夜だけはいつになく饒舌だった。 

笑顔の裏で私はジェシカの家族に心の中で謝罪をしていた。

本当にごめんなさい、なるべく迷惑をかけないように致します・・・と。


 

 ディナーの後、部屋に戻った私は家族それぞれに宛てて手紙をしたためた。皆に感謝の意を込めて。

手紙を書き終えると、封をした。この手紙は学院に着いたら日付指定で投函しよう。


 そして全ての準備を終えると私はベッドに入った。早いもので、ここに来たのがもう一月が経過したなんて今更ながら、何だか信じられない。でも色々あったなあ・・・。

お見合いをしたり、ダンスパーティーに参加してアラン王子に再会したり、プロポーズされたり・・・。

  


明日の夜にはもう学院のベッドの上か・・・。

学院に戻ったら私は・・・。


私の平穏な日常生活ともそろそろ終わりを告げようとしていた・・。























 

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