第9章 10 最低な男
連れて行かれたのは人通りが少ない空き地。
私は4人の女性達と対峙させられていた。
「ジェシカ様・・・。実はあの夜のダンスパーティー以降、チャールズ様の様子がおかしいんですの。中々会って下さらないし、やっと会えたかと思えば退屈そうにしてらっしゃるし・・・。ねえ、ジェシカ様。何か心当たりございませんかしら?」
冷淡な目で私を見るエリーゼ。しかし、心当たりも何も無い。
「待って下さい、私はあのダンスパーティーの日以来チャールズさんとは一度も会ってもいないし、連絡すら取った事はありませんけど?」
「嘘を言わないでっ!!」
ヒステリックに叫ぶエリーゼ。
「そんなはずはないわ・・・。だってそれまでのあの方は私にとびっきりの愛情を注いでくださっていたのに、あの日の夜以来、私の事に全く興味を無くしてしまわれたのよ?絶対に貴女が何かしたに決まっていますっ!」
「ねえ、確かジェシカ様は貴族のくせに魔法を使えなかったわよね?ここは幸い誰の目も無い事だし、多少何かあっても私達に疑いの目は来ないと思いません?」
それを黙って聞いていた貴族女性Cがさり気なく恐ろしい事を言った。
「そうね、それがいいわ。」
エリーゼは言うと、右手の人差し指を立てた。すると、そこからバチバチと小さな雷が発生している。
あれは・・・まさか電気の攻撃?ひょっとしてあれを私にぶつける気じゃ・・・。
「お、お、落ち着いて・・・。」
何とか彼女の気を押さえようとするが。全員聞く耳を持たない。
「貴女が悪いのよ・・・一度はチャールズ様に捨てられたくせに、再び言い寄るから・・。」
エリーゼは虚ろな表情で私を見ながら呟いている。
誰が、誰に言い寄っているって?!
誤解も甚だしい!
「大丈夫、死なない程度に痛めつけてあげるだけだから。」
ぞっとするような冷たい声の後にエリーゼは指を振り下ろした。
私はギュッと目を閉じて、思わず頭を抱えた。
だ、誰か・・・・助け・・っ!!
「おいっ!!やめろっ!エリーゼッ!!」
その時、突然1人の男性の声が聞こえた。
「落ち着けっ!お前、今自分がなにをしようとしていたのか分かっているのか?!」
え・・・?あの声は・・・?
恐る恐る目を開けるとそこにはエリーゼを後ろから羽交い絞めにしたチャールズの姿があった。
「は、離してっ!チャールズ様っ!!わ、私はあの女を・・・っ!」
髪を振り乱しながら私を睨み付けるエリーゼの姿に私は背筋が寒くなった。その姿はまるで鬼女のように見えたからだ。
他の貴族女性達もエリーゼの余りの変貌に恐怖を抱いたのか、遠巻きに小刻みに震えながら見つめていた。
「よせっ!本当に俺はジェシカとはあのダンスパーティーの夜以来会うどころか、連絡すら取っていない!」
そこでようやくエリーゼは落ち着いたのか、チャールズを見上げると尋ねた。
「ほ、本当に・・・?」
「ああ。本当だ。」
「そ、それなら何故突然私と中々会ってくれなくなってしまったのですか?」
エリーゼは縋るようにチャールズに訴えるが、何故か彼はそれに答えず、3人の貴族令嬢達に言った。
「君達・・・悪いが、エリーゼを彼女の屋敷へ連れ帰ってくれないか?頼む・・。」
「え?何を仰ってるのですか?!チャールズ様!」
途端に再び暴れそうになるエリーゼ。そんな彼女にチャールズは近付くと優しく抱きしめて言った。
「エリーゼ、必ず後で説明をするから・・・それより今は君の友人達と先に屋敷へ戻っていてくれないか?」
「わ・・・分かりました・・・。約束・・・ですわよ?」
「ああ。約束する。」
チャールズはそっとエリーゼから離れると、貴族令嬢達に言った。
「それじゃ、エリーゼを頼む。」
令嬢達は頷くと、エリーゼを両脇から支えるように連れ出す後ろ姿をチャールズは黙って見守っていたが、やがて彼女達の姿が完全に見えなくなると、私の方を振り向いた。
「怪我は無かったか?ジェシカ。」
「はい、大丈夫です。あの、助けて頂いて有難うございました。」
「いや・・・お前が無事で本当に良かった。」
フッとほほ笑むチャールズ。
「本当に、ジェシカは変わったな。見合いしたばかりのあの頃のお前は性格も見た目もきつくて、全く可愛げが無い女だったのに。だから俺もすぐにあの時婚約破棄してしまったのだがな。」
チャールズは目を細めて私を見た。
うん・・・?今頃何故こんな話をしているのだろう?それよりも、だ。
「チャールズ様、私などに構わずに早くエリーゼ様の元へ行って差し上げて下さい。
私はもう大丈夫ですし、何より彼女は婚約者ではありませんか。きっとエリーゼ様はチャールズ様の事を待ってらっしゃいますよ?」
この人は何故さっさとエリーゼの元へ行かないのだ?そもそもこんなところで油を売ってる場合では無いだろうに。
「いや、エリーゼは大丈夫だ、まだ俺が行かなくても平気だ。」
何だか訳の分からない事を言っている。大体何故チャールズは婚約者を放っておいて私に構ってるのだろう?普通に考えて、あんな状態の婚約者を友人達に任せて良いのだろうか?
「チャールズ様。仮にもエリーゼ様は貴女の婚約者ですよね?何故彼女があんなになるまで放っておかれたのですか?大体、先程の彼女の質問にも答えておりませんよ?それではあまりにも不誠実だと思います。私に構わずに一刻も早くエリーゼ様の元へ行って差し上げてください。それでは私もここで失礼致します。」
頭を下げて、チャールズの前から去ろうと歩き出した時に突然左手首を掴まれた。
「ああ、だから俺はエリーゼと距離を開けていたのだ!」
「はあ?」
突然のチャールズの訳の分からない発言に私は間の抜けた返事をした。
「俺は自分の心に誠実になる為にエリーゼから離れようと決心したのだ。そうでなければエリーゼを傷つけてしまうからだ。」
チャールズは私の左手首を握りしめたまま放そうとしない。
「はあ・・・。」
一体この男は何が言いたいのだろう?そんな事よりも私は路の真ん中に止めておいた自転車がどうなったのか気になって仕方が無いと言うのに・・・。いい加減に私を解放して欲しい。
「分かりました。では素直にお気持ちをエリーゼ様にお伝えください。」
「・・・。」
それでもチャールズは私を離さない。
「あの・・・。」
私が声をかけたその時。
「ジェシカ、あの時は本当に悪かった。改めてもう一度俺と婚約しよう。いや、何ならそのまま結婚してもいい。」
まさかの爆弾発言だ。
「はああっ?!な、急に一体何を言い出すんですかっ?!」
うわっ!この男は最低だ!生徒会長に負けず劣らずクズ男だ!思わずドン引きしてしまう私。
まさかこの男は真昼間から寝ぼけているのでは無いだろうか?
「別に急な話しでは無いぞ?あの夜からずっとその事しか考えていなかった。やはりジェシカと婚約破棄した時の俺はどうかしていたんだろうな。」
いやいや、今の貴方の方が余程どうかしてるとしか思えませんけどっ?!
「いい加減にして下さいッ!私は迷惑です!それよりもエリーゼさんをどうするおつもりですか?」
「エリーゼ?当然彼女との婚約は破棄するに決まっているだろう?」
あ・・・駄目だ。何だか頭が痛くなってきた。
「兎に角私はもう二度とチャールズさんと婚約する事はありませんっ!これ以上私はエリーゼさんに恨まれたくありません。あれでは命が幾つあっても足りません。どうぞ彼女とこのまま結婚まで進み、末永くお幸せに暮らしてください。」
そこまで言うと私はチャールズの腕を振り払うと言った。
「それでは失礼致します。」
私は後ろで何か喚いているチャールズを放って置き、空き地を後にした。
全く、ジェシカの身体でいると、どうにもトラブルに巻き込まれやすくて困る。
私は溜息をついた—。
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