第9章 9 貴族女性は怒ると怖い
翌朝―
何故かすっかり母に気に入られてしまったアンジュは朝食後、母主催のお茶会に参加させられる羽目になり、朝から衣装合わせだとか言われて何処かへ連れ去られてしまった。
そこで1人取り残された私はピーターさんの元へ向かう事にした。
「おはよ、ピーターさん。」
「おはようございます、ジェシカお嬢様。」
ピーターは帽子を取って挨拶をした。
「また王都へ行きたいんですか?」
「うん、そうなんだけど・・・忙しいよね?」
「とんでもありません。ジェシカお嬢様の為ならどんな時だって最優先に時間を作りますよ。」
笑顔で言うピーター。
「いやいや、それではあまりにご迷惑では・・・。だってピーターさんはリッジウェイ家の庭師さんじゃ無いの。せめて私でも1人で乗れる乗り物があればいいんだけどね・・・。」
「別に俺は迷惑なんて一度も思った事は無いですけどね。でも・・・お1人で乗れる乗り物ですか・・・。あ、お嬢様。自転車が有るのですが・・乗れますか?」
「え?!自転車?!」
ピーターに見せて貰った自転車は、中々レトロな自転車ではあったが、馴れれば乗れない事は無かった。
「素晴らしい!ジェシカお嬢様、中々筋が宜しいのでは無いですか!」
ピーターは目を丸くして驚いている。
「ふふん、まあね。」
何たって日本にいた時は自転車など日常茶飯事的に乗っていたのだ。これ位お手のモノである。
「一通り練習も終わったし、そろそろ王都に向かおうかな。ピーターさん、今迄ありがとう。これ・・・少ないけど・・・。」
私が袋に用意した少しばかりのお金をピーターは見ると顔色を変えた。
「ジェシカお嬢様、これは・・・一体どういうおつもりですか?」
何故かピーターは怒っているようにも見える。
「え?だから、今迄王都迄送ってくれたお礼を・・・。」
「ジェシカお嬢様。俺が今迄王都へジェシカお嬢様をお連れしていたのはお礼が欲しかったからだと思っていたのですか?」
「え?ま、まさか・・・そんな風に考えた事は、一度も無いよ?ただ、ピーターさんは庭師の仕事で忙しい人なのに、貴重な時間を使わせてしまったわけでしょう?だから・・・。」
「だったら、お金等では無く別の事でお礼を頂きたいです。」
ピーターは真剣な表情で私を見た。
「別の事・・・?」
「あ、それじゃ手編みでピーターさんにマフラー編もうかな?私これでも編み物得意なんだよ?冬の外仕事は寒くて大変だものね?」
「ええっ?!ジェシカお嬢様の手編みのマフラーですか?そ、それは喉から手が出る程欲しいですが、俺の言っているのはそういう事では無く・・・・。」
何故かピーターは落ち着かない様子だ。
「え?それじゃ何がいいの?」
「あ、あの。実は俺、明日仕事休みなんですよ。だ、だからもしジェシカお嬢様さまさえよければ明日1日俺にそ、その付き合って頂ければな・・と思いまして・・・。」
顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながらピーターは言った。
何もそんなに緊張しながら言わなくてもいいのに。
そう思いながらピーターを見ると、彼は何を勘違いしたのか、顔を曇らせて言った。
「あ・・・やっぱり駄目・・ですよね?すみませんでした。俺みたいな身分の低い男がジェシカお嬢様を誘うなんて・・。」
まただ。身分の話を持ち出して・・・。
「聞いて、ピーターさん。私の今の地位は自分で手に入れたものじゃない。たまたま、この家の生まれだっただけの話。私自身が偉い訳じゃ無いんだから、そんな言い方しないで。いいよ、明日一緒に出掛けましょ?」
「ほ、本当ですか?!ジェシカお嬢様!」
途端に笑顔になるピーター。
「そ、それじゃ・・・。明日10時にすみませんが俺の家に来て貰えますか?こちらで待ち合わせすると人目に付くので。」
「うん、それじゃ明日ね。」
ピーターに手を振ると私は自転車をこいで王都へ向かった。
自転車をこいで、約20分程で王都に着いた私は往来で自転車を降り、押しながら歩いていると何故か注目を浴びる。
ひょっとするとこの世界では女性が自転車に乗るのは珍しいのかな?自分で書いた小説の世界だと言うのに、相変わらずここは未知の世界に満ちている。
「う〜ん・・・お役所は何処にあるのかなあ?」
いずれ、私がアラン王子やドミニク公爵に裁かれる時に家族の縁を事前に切っておけば、迷惑を掛ける事は無いだろうと考えた私は戸籍から自分を抜く手続きの書類を手に入れたかったのに肝心なお役所が見当たらない。
「困ったなあ・・・。」
仕方無い、明日ピーターに役所迄連れて行って貰おう。彼なら信頼しても良さそうだし。
今日はどうしよう。やはり王立図書館へ行って本を閲覧して来ようかな・・・?
その時、前方から数人の女性達がこちらに向って談笑しながら歩いているのが目に入った。身なりの良い恰好をしている所を見ると、恐らく貴族令嬢たちなのかもしれない。その内の一人と偶然目が合い、私に声をかけてきた。
「ねえ、そこの貴女。貧乏くさい恰好の上に、自転車を押して歩くなんて恥ずかしくは無いのかしら?」
他の女性達も足を止めて私を上から下まで無遠慮にジロジロ見て、何処か軽蔑の視線を向けている。
「驚きですわ。庶民の、しかも男性が使う自転車を押して、よりにもよって王都を歩くなんて。」
そうか、だから町行く人々が皆してジロジロ私を見ていたわけだ。
「でも・・・誰にも迷惑をかけてはいないと思いますが?」
自転車のスタンドを降ろして停めると、私は彼女達を見渡して反論した。
そして1人の女性と目が合った時、何処かで会ったような気がした。
先方も私と同じ事を思っていたのか。暫く私を見つめていたが、やがて言った。
「貴女・・・もしかしてジェシカ様かしら?」
「はい、そうですけど?え~と・・何処かでお会いしましたっけ?」
「まあ、私をお忘れなんですか?エリーゼですわ。貴女の元婚約者のチャールズ様の今は婚約者ですけど?」
「あ〜。思い出しました。そう言えば、そのようなお名前でしたね。こんにちは。」
頭を下げると、何が気に入らないのかエリーゼは何処か睨み付けるような目で私を見ると言った。
「な、なんなんですか?貴女は・・・私を馬鹿にしていらっしゃるのですか?」
私の態度が気に入らなかったのか、何故かイライラした口調で話す。
う~ん・・・困ったなあ。
それに、何やらお高くとまった他の令嬢達も敵意の籠った目で私を見てるし・・。
やがて1人の令嬢がエリーゼに声をかけた。
「ねえ、エリーゼさん。このお方はどなたなの?何やらあまり良い身なりをしていないようですし・・・。伯爵家のエリーゼ様が相手にするようなお方なのかしら?」
「本当、そうですね。確かにあまり良い家柄の方にはみえませんわね。」
別の令嬢も賛同する。
確かに今の私の格好は貴族女性達が着るようなロング丈の防寒コートでは無く、庶民の人達に好まれて着ている軽くて暖かい防寒着に動きやすさを追求した?膝丈のスカートにスパッツ、ロングブーツといった格好をしている。でも私はこの服装がお気に入りだ。何せ日本にいた時に着ていた服に少しデザインが似ているからね。
しかし貴族令嬢達からすれば、私の衣服は品がよろしくないと見える。
「ほんと、庶民の服ってどこか貧乏くさいわね。」
最期の貴族女性はこれまた言い方に棘がある。一番きつい目つきをしているしね。
しかし、それを聞いて慌てたのはエリーゼの方だった。
「皆さん、お待ちになって。このお方はジェシカ・リッジウェイ様よ。」
「「「ええっ?!」」」
他の3人の女性が一斉に声を上げる。
「ま、まさか・・・あのジェシカ様・・・?」
「傲慢で、高飛車な・・。」
「究極の悪女と呼ばれた・・・。」
あの~さっきから黙って聞いてれば、この令嬢達の方が余程悪女に見えますけど?!
「それにしても、随分雰囲気が変わりましたわね?」
貴族女性Aが言う。(ここからはもうエリーゼ以外の令嬢をいつものようにABCと名付けよう)
「何でもチャールズ様に聞いた話によると、事故に遭って記憶喪失になり性格も変わってしまったらしいわ。」
エリーゼが説明する。
「そう言えば、私の友人もジェシカ様によってドレスを破かれたと言っていたわ。」
貴族女性Bが言う。
「私の友人はお茶会でコーヒーをドレスにかけられたんですって。」
「私の知り合いの男性は二股をかけられたと言ってたわ。」
貴族女性Cの証言。
「それなら皆さん、全員がジェシカ様に思う所があると言う訳ね・・。」
エリーゼが腕組みをして、私の前に立ちはだかる。
あれ?何だかすごく嫌な予感が・・。
「ジェシカ様?少しお顔を貸していただけるかしら?」
エリーゼが言うと、私は貴族女性B、Cに突然両腕を掴まれる。
「ここは人目につきますわ。少し、私達にお付き合いして頂きますね。」
耳元でエリーゼに囁かれ、私は女性達4人に拉致されるような恰好で何処へともなく連行されていく。
ど、ど、どうしようっ―っ!!
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