※第8章 1 2人きりの夢の世界で願いを請う(大人向け内容有り)
暗い部屋の中、私はまんじりともせず頬杖を付いてデスクに向かっていた。
このままではいけない・・・。今の状況が続けばアラン王子もマリウスも・・・他の人達も傷つけてしまう。
「やっぱり・・・逃げよう。」
そうだ、逃げるしかない。新学期が始まって学院に戻る事になればますます逃げる事が困難になってくる。
取りあえず今夜はもう休んで、明日になったら王都へ行ってみよう。
確か、私はこの小説で『飛行船』なるものを書いていた。
この飛行船は何万キロも移動する事が出来る。これに乗って知らない土地へ渡り、新しい生活を始めるのだ。
そう考えると、落ち込んでいた気分も少しは前向きになれる。
そして私はベッドに潜りこむと眠りに就いた―。
「ジェシカ、ジェシカ。」
誰かが私を揺すっている・・・。う~ん・・もっと眠っていたいのに・・。
ん?誰?
私はガバッと起き上がると、目の前に小さな子供が私の身体の上に乗っていた。
年齢は5歳位だろうか・・・?
白い肌に大きな緑色の瞳。そして金の巻き毛の何とも言えず可愛らしい男の子・・。
「な・・・なんて可愛いの~っ!!」
私は思わず強く抱きしめ、頬をすりすりしてしまった。
「う、うわっ!ジェシカッ!く、苦しいってばっ!」
苦し気に暴れる男の子。
「あ、ご・ごめんね。」
パッと私は手を離し、改めて男の子を見ると言った。
「ねえ、僕。どこの子なの?こんな夜に知らない人のお家に来ていたらパパとママが心配するよ?お姉さんがおうちまで連れて行ってあげようか?場所は分かる?」
男の子は私の話をじ~っと聞いていたが、やがて言った。
「ジェシカ。僕の事が分からない?」
「え・・・?」
改めて男の子に尋ねられて、私はまじまじと見つめた。金の巻き毛に緑色の瞳・・・。言われてみれば何処かで見た事があるような無いような・・・。
いや、その前に一番肝心な事がある。
「ねえ。そう言えば・・・どうして私の名前を僕は知っているの?」
すると男の子は言った。
「ねえ、カーテンを開けて窓の外を見て。今は満月が雲で隠れちゃっているよね?」
男の子に言われた通り、私はカーテンと窓を開けて空を眺めた。
確かに今は満月が雲で覆われている。が・・・。
「ほら、雲が晴れるよ・・・。」
私は男の子の言う通り、夜空を見上げているとやがて厚い雲が晴れて綺麗な満月が顔を覗かせた―。
「確かに雲が晴れて、月が見えるようになったけど・・・。」
振り返り、そこで私はハッとなって息を飲んだ。
風でたなびくレースのカーテンの合間から一人の男性の姿が現れたからである。
その姿は・・・。
「ノ・・・ノア先輩?!」
そこに立っていたのは少し寂しげに笑っているノア先輩だった。
ノア先輩は黙って私に近付いてくると、目の前で足を止めた。
「こんばんは、ジェシカ。・・・いきなり訪ねてきて驚かせたよね?」
そして私の頬にそっと手を添えると言った。
「お、驚くも何も・・・・。」
私は震える声で言った。
「ノア先輩には・・・色々尋ねたい事があったんです!私・・・おかしいんです。弓矢で命を一度落して、息を吹き返してからは何故かノア先輩の事をすっかり忘れてしまっていたんです。それだけじゃありません。先輩と親しかったダニエル先輩だけでなく、アラン王子やマリウスまで、皆・・・!」
いつの間にか私はノア先輩の両袖を強く握りしめていた。
「教えてください、ノア先輩。あの時・・・一体何があったのですか?ダニエル先輩の話では魔界まで万能薬の元となる花を取りに行ったんですよね?でもその辺りの記憶がどうも皆さん、曖昧らしいんです。だけど・・・絶対ノア先輩なら知っていますよね?お願いです、教えてくださいっ!」
「ジェシカ・・・。それを知ってどうするの・・・?」
ノア先輩は悲し気に言う。
「だって・・・絶対にノア先輩は私を助けるために何か大きな代償を支払ったに決まっているからです。夢の中でしかノア先輩と会えないなんて・・・思い出せないなんて、絶対おかしな話じゃ無いですか!」
「夢の中・・・か。うん、そうだね。ジェシカ・・・君は信じられないかも知れないけど、実はこの世界も本当は夢の中なんだよ。」
「ええっ?!そ、そうなんですか?!」
「うん、夢の中。だから・・・全部話すよ。今君に何が会ったのかを話しても朝になって、目が覚めれば僕の事は綺麗さっぱり忘れているのだから。」
ノア先輩は私の肩に手を置くと言った。
「それに・・・こうして夢の中でジェシカに会いに来れるのも・・・多分今夜が最初で最後になると思うから・・。」
ノア先輩は意味深な事を言うと悲し気に笑った。
「や・・やめてくださいっ!そ、そんな不吉な事を言うのは・・・。」
「でも、これは本当の事なんだ。今から全て話すよ・・。少し長くなるからソファにでも座って話さない?」
ノア先輩に促され、私と先輩はソファに隣同士に座ると先輩は語り始めた。
「あの日・・・ジェシカが毒矢に射抜かれた時は、本当に誰もが駄目だと思ったんだ。だけど、海賊の・・レオと名乗る男が魔界の入口にどんな毒にも効果がある万能薬の元になる花が咲いているっていうから僕とダニエル、そして海賊の少年とレオと一緒に学院の神殿から魔界の門へと行ったんだ。」
「え・・・?では魔界へ入ったのですか・・・?」
私は思わず鳥肌が立った。
「いや、魔界へ行ったのはたまたまその日、この門を守っていた人間と魔族のハーフの聖騎士が取りに行ってくれたんだ。名前は・・マシュー・クラウドと呼ばれていたよ。そして彼が無事に花を取って来てくれたんだけど、運悪くその花を育てていた魔族の女に見つかって・・・取り上げられそうになったんだ。」
そこでノア先輩は言葉を切った。
「だから、僕は懇願した。どうしても助けたい女性がいるから見逃して欲しいって・・。するとその魔族の女は言ったんだ。僕が代わりに魔界に来れば花を渡すってね。だから僕は魔界に残った。」
ノア先輩は月を仰ぎ見ながら言った。
「マシューという聖騎士が話してくれた事なんだけどね、人間が魔界に行くと皆の記憶から消えてしまうらしいよ。だからジェシカも、ダニエルも、他の皆も・・・僕の事を忘れて当然なんだ、」
「ノア先輩・・・。」
私はいつの間にか目に涙を浮かべて話を聞いていた。
「泣かないで、ジェシカ。ジェシカは僕にとっての女神なんだ。だから女神を助けるために僕の命を捧げるのなんかちっとも惜しいと思っていない。それに・・どうせ僕の両親は僕の事を金儲けの道具としか考えない連中だったからね。」
「で、でも・・・。」
ノア先輩は私の話を遮るように言った。
「今まではジェシカが夢の中で僕に会いに来てくれた。そして今夜は僕から初めてジェシカに会いに来た特別な記念日だよ。でも・・・夢の中でもジェシカに会えるのは今日が最後になってしまう・・・。僕の人間界で使える魔力はもう底を尽きているんだ。今日は最初の満月。月の力が一番強く、魔力を補える夜だったから、そして魔族の女の監視の目が緩んだから、ようやく・・ジェシカ、君に会いに来れたんだよ。」
「ノア先輩・・・。」
私が先輩の名を呼ぶと、ノア先輩は一瞬苦し気に顔を歪めると私を強く抱きしめて来た。
「ジェシカ・・・愛してる・・・。本当はずっと君を抱きしめていたい・・離したく無い・・・っ!」
ノア先輩の声が震えている。きっと・・・先輩は泣いているんだ。私も先輩の悲しい気持ちが痛いほど分かって、それが悲しくて・・・泣きながらノア先輩にしがみ付いた。
やがて、ノア先輩は私の身体からそっと離れると言った。
「ジェシカ・・・この世界は・・現実のように見えるけど、夢の世界なんだ。だから・・夢の中だから・・僕のお願いを聞いてくれる・・・?」
ノア先輩は切羽詰まったように私の両肩に手を置くと言った。
「もうこれが最後になるかもしれないから・・・僕は君のぬくもりを感じたい・・・。駄目・・・かな?」
だから、私はノア先輩の首に腕を回して囁いた。
「駄目じゃ・・・ないです。」
そしてこの日の夜、私は夢の世界でノア先輩に初めて抱かれた・・・。
ノア先輩は始終切なげにジェシカ、ジェシカと私の名前を呼び続けていた。
私がこの世界から目覚める時、きっとノア先輩の記憶を無くしてしまっているのだろう。だから、私は必死で祈った。
どうか、お願い。目が覚めてもノア先輩の記憶が残っていますようにと。
先輩・・もし私の記憶が消えずに残っていたら・・・必ず貴方を助けに行きます―。
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