第7章 14 叶わぬ想い
「あ、あのドミニク様。送って頂いたお礼に・・・我が家で食事をしていかれませんか?」
何だかあんなに寂し気な笑みを見てしまうと、このまま帰してしまうのは非常に気が引ける。そこで私は試しに提案してみた。断られればそれで仕方が無いしね・・。所が予想に反して、公爵からは嬉しそうな返事が返ってきた。
「本当か?良いのか?」
予想外の反応に私は一瞬驚いたが、言った。
「ええ、勿論です。」
そして私は公爵と一緒に邸宅へ向かった・・・。
「まああ、ドミニク公爵様。よくぞお越しいただきありがとうございます。」
出迎えた母は最初驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になり快く公爵を受け入れてくれた。父は仕事で外出中、兄もまだ王都で帰宅は遅くなると言う事だったので、今夜のディナーは私と母、公爵の3人で行われた。
シェフたちも今夜は腕を振るってくれたようで、いつにもまして豪華な食事だったので私は心の底から公爵を食事に誘って本当に良かった・・と満面な笑みを浮かべて舌鼓を打っていると、何やら視線を感じた。
見ると公爵が私の食事している姿をじっと見つめているでは無いか。思わず視線が合うと、慌てたように公爵は目を伏せて食事を再開した。
もしかして、私の事ずっと見てたのかな・・・?
母はそんな私と公爵の事を何か勘違いしたのか意味深な笑みを浮かべている。
「いえ、今夜はもうお暇します。」
ディナーが終わった後、公爵は自宅に帰ろうとするのを何故か引き留める母。
「まあ、よろしいではありませんか。ドミニク公爵様。夫も息子も結局今夜は戻って来ることが出来ないそうですので・・・どうぞご遠慮なさらないで下さい。ほら、貴女も黙って見ていないでドミニク公爵様をお引止めしないと。」
母は何故か私まで巻き込んで公爵を引き留めさせようとする。
そんな私を公爵はチラリと見た。その目は・・・何を訴えようとしているのだろう?ひょっとすると・・引き留めて欲しいのかな?
そこで試しに尋ねてみた。
「ドミニク様、無理にとは申しませんが私も泊って頂く事に賛成です。」
すると私の言った言葉に公爵は頬を染めて言った。
「分かった・・・。ジェシカがそう言うなら・・・・。」
そして公爵は我が家に泊る事となったのである。
公爵はメイドに案内されて、私の部屋から通路を挟んで5部屋隣の客室に案内されていった。
私もその様子を伺って、公爵が部屋に入るのを見届けると自室へと入り・・・思わず悲鳴を上げそうになった。
なんと薄暗い部屋の中央にマリウスが恨めしそうな目で私を見つめて待ち構えていたからである。
「な・な・何なのよ?驚かせないでよ!マリウス・・・。こ、ここは私の部屋よ。どうして勝手に入っているのよ!」
あまりの驚きで心臓は早鐘のように鳴っているのを深呼吸で落ち着かせる。
しかしマリウスは私の質問に答えずに言った。
「お嬢様・・・どういう事なのでしょうか?朝早くから外出されたかと思えば、帰宅されたのは夜。挙句の果てにあの公爵をリッジウェイ家に連れて来てディナーを振舞うどころか、この城に泊めるなど・・・っ!」
マリウスは怒気を含む声で私に詰め寄って来る。
「おまけにアラン王子から連絡が入ってきましたよ。お嬢様はあの公爵と婚約されたそうですね?今まで私やアラン王子を含め色々な異性から言い寄られてきたのを、意に介さず、軽くあしらって来たのに・・・。お嬢様はきっと誰も選ばない・・・。だからこそ私も今迄平静を保っていられる事が出来たのですっ!それなのに・・何故、ここに来てお嬢様は公爵を選ばれたのですか?!私がどれ程お嬢様を狂おしいほどに慕い、恋焦がれていたのかはご存知のはずでしたよね?」
私は今マリウスから愛の告白を受けているはずなのに、ちっともそうとは思えない。
これではまるで脅迫されているような気分になってくる。
「お、落ち着いて、マリウス・・・。」
私は震える声で呼びかけた。
「落ち着く?これが落ち着いていられるとお思いですか?」
マリウスは表情のない声で言う。その目は私を見てはいなかった。
駄目だ、今のマリウスは普通じゃない。
私は震える身体でマリウスを見つめて立っているのがやっとだった。
マリウスを落ち着かせるために本当の事を言いたい。・・・だけど公爵が本当は仮初の婚約者だと言う事がばれてしまえば、元も子もない。
その時、突然音もなく私とマリウスの間に公爵が現れた。
「やめろ!ジェシカに近付くな。」
公爵は私を守るようにマリウスの前に立ちはだかった。
「公爵・・・・また、貴方ですか・・・っ?!」
マリウスは悔し気に唇を噛み締めた。
「お前は所詮ジェシカの下僕にしか過ぎないのだろう?主に対して下僕であるお前が恋慕する事自体おこがましいとは思わないのか?」
「私と・・・お嬢様とでは身分が釣り合わない・・と仰りたいのですか・・?」
マリウスは拳を握りしめながら公爵を睨み付ける。
「ああ、そうだ。身分違いの恋等、お互いが不幸になるだけだ。周囲の人間だって誰1人受け入れてはくれないだろう。例えばお前の雇用主であるリッジウェイ家が仮にお前とジェシカが両思いだとして、それを受け入れると思うのか?」
公爵は自分の事と重ね合わせて話をしているのだろうか・・・。
私はマリウスをそっと見ると、青ざめた顔でこちらを見つめている。
「いいか、お前とジェシカでは所詮住む世界が違うのだ。いい加減に諦めたらどうなんだ?!」
マリウスの顔が今にも泣きそうになっている。その顔が今日見たアラン王子と重なって見えてしまう。駄目だ・・・っ!私は2人にこんな顔をさせるつもりは無かったのに・・!
「ま・・・待って下さい!ドミニク様っ!」
気付けば私は公爵の腕に縋りつくように見上げていた。
「ジェ・・ジェシカ?どうしたんだ?」
公爵が狼狽したかのように私を見下ろす。
「お、お願いです・・・・。これ以上マリウスを傷つけるのは・・やめて頂けますか・・?」
震える声で公爵に懇願する。
「お嬢様っ?!」
マリウスがハッと顔を上げた。
「ジェシカ?何を言い出すんだ?俺はお前の事を思って・・。」
公爵は私の言葉が信じられないとでも言わんばかりに焦れた声を出した。
「はい、それは十分理解していますっ!私の為にマリウスに話をしてくれている事も・・。だけど、私は・・これ以上マリウスを傷つけたく無いんですっ!」
そしてマリウスを見ると言った。
「お願い、マリウス。今夜は・・・もう出て行ってくれる・・?」
「お嬢様・・・。分かり・・ました・・・。」
マリウスは項垂れると、黙って部屋を出て行いきドアを閉めた。
後に残されたのは私と公爵。
「「・・・・。」」
2人の間に気まずい雰囲気が流れる・・・。が、やがて公爵は言った。
「何故だ?ジェシカ。何故、あの時俺を止めた?」
「そ、それは・・・。」
顔を背けて目を逸らそうとしたが、公爵はそれを許してはくれなかった。
私の両頬を手で包むと、公爵は言った。
「俺は今朝も言っただろう?ジェシカが一時の感情に任せて流されていたらいつまでたっても彼等に付け込まれると。その証拠がマリウスだ。情に訴えれば、いつまでもお前の傍にいられると思い込ませてしまうんだぞ?!」
「わ、分かっています・・・。だけど・・私はあんな辛そうな顔を私のせいでさせたくはないだけなんです・・。」
「なら・・・なら、俺は構わないと言うのか・・・?」
急に公爵の口調が変わった。
驚いて見上げると、公爵の方こそ今にも泣きそうな顔をしているではないか。
「ど、どうされたのですか?!」
私は慌てて、公爵の頬に触れようとして、顔を背けられた。
「・・・何でも無い。」
公爵は私から離れると言った。
「いいか、ジェシカ。今夜はちゃんと鍵をかけて・・寝るんだぞ?」
そう言い残すと部屋から出て行ってしまった。
「ドミニク様・・・。」
私の脳裏にはいつまでたってもアラン王子やマリウスの悲し気な顔が頭から離れられずにいた―。
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