第7章 12 手を取り合って
「いいか、ジェシカは俺の陰に隠れていろ。何か質問されても必要最低限の事だけ話せば良いからな?」
公爵の移動魔法でフリッツ王太子とアラン王子の待つ城の前にやってきた私達。
どうしよう・・・。何をあの2人に言われるのだろう?
緊張で震える私に気が付いた公爵は不意に私の右手を握りしめると言った。
「大丈夫だ、何も心配するな。俺がついてるから。」
何とも頼もしい言葉をかけてくるドミニク公爵。うん、この人を信じてゆだねよう。
そして私達は手を取り合って城の中へと足を踏み入れた。
呼び出されたのは何故か城の大広間。
壇上2つの玉座が並べられ、なんとも機嫌の悪そうなアラン王子とフリッツ王太子が座って私達を見下ろしている。
城の出入口4箇所には腕の立ちそうな兵士が武器を携えて待機していた。
な、何?あの人達・・・こ、怖いんですけど・・・。
思わず公爵に縋り付く様に寄り添うと、アラン王子が声を張上げた。
「おい、ジェシカ!その男から離れろ。俺のお前に対する気持ちは知っているんだろう?」
私はアラン王子の声にビクリとなった。
どうしよう。アラン王子は本気で怒っている・・・。今迄あんなに、険しい顔や声を出された事など無かったのに。
「トレント王国のアラン王太子、あまり大声を張り上げないで頂けないか?ジェシカが怖がるので。」
公爵は私の肩を抱き寄せながらアラン王子に言った。
アラン王子はその様子を見てますます機嫌が悪くなっていく。
「おい、貴様・・・。俺のジェシカに気安く触れるな。」
アラン王子は歯ぎしりしながら公爵を睨み付け、その様子を見た私は思わず目を伏せた。
アラン王子・・・確かに私と貴方は身体の関係を持ってしまったかもしれませんが、私は貴方の物になった覚えはありませんよ?
一方のフリッツ王太子は溜息をつきながら言った。
「やれやれ・・・折角后にしたいと望んだ女性が現れたというのに、よりにもよってお前に攫われる事になるとはな・・・。どうだ?今からでも遅くない。ドミニク公爵はやめて、今から俺に乗り換えないか?俺はこの国の王太子なのだからいざとなると俺と結婚しろとジェシカに命じる事だって出来るのだぞ?」
ええ?!嘘でしょう?!
ギョッとなる台詞を言われて、思わず私は顔を上げてフリッツ王太子を見つめた。
「勝手な事を言うな。フリッツ。」
しかし、公爵はそれは跳ねのけた。そこへアラン王子も加わって言う。
「フリッツ!俺はお前に言ったよな?ジェシカには俺の物だから絶対手を出すなと。」
だから、私は物では無いですってばっ!
「二人とも!いいか、良く聞くがいい。ジェシカは俺の婚約者となったのだ。だから今後一切ジェシカに気安く近付く事を許さない。分かったか?」
公爵が何ともドスの効いた声でアラン王子とフリッツ王太子を威嚇するように声を張り上げた。
その雰囲気に押されたかのように二人の王子はビクリとなる。
「ド、ドミニク公爵様・・・。」
私が驚いた様に見上げると、公爵はフッと優しい笑みを浮かべて言った。
「すまなかったな、ジェシカ。大声を出して驚かせてしまって・・・。」
「い、いえ・・・。」
「それでは俺達はこれで失礼する。」
公爵は私の肩を抱いたまま、2人に背を向けて歩き出し・・・私は突然背後からアラン王子に呼び止められた。
「待てっ!ジェシカ・・・ッ!行くな・・頼むから行かないでくれっ!」
その声は酷く切羽詰まって聞こえた。
私は思わずアラン王子を振り返り・・・息を飲んでしまった。
アラン王子の顔は、まるで捨てられた犬のように悲し気な目をしていた。
アイスブルーの瞳は今にも泣きそうなほどに揺れている。
「お願いだ・・・ジェシカ・・・。お前だけなんだ。俺をここまでの気持ちにさせた女は・・・。」
「ア・・アラン王子・・・。」
私は思わず足を止めそうになり・・・。
「ジェシカッ!」
公爵は私の名を呼ぶと、突然抱きかかえた。足元から沸き起こる浮遊感—。
気が付くと目の前の光景は一瞬で変わり、私達はドミニク公爵の邸宅の前に立っていた。
「ジェシカ、しっかりしろ。お前はアラン王太子とフリッツ王太子を振り切る為に俺と婚約者の振りをする事にしたのだろう?だったら一時の感情に任せて流されるな。さもなくば、付け込まれて何時までたっても彼等を切る事が出来ないぞ?分かっているのか?」
気付けば公爵は私の至近距離まで顔を近付けて話をしている。公爵の瞳に写る私は確かに動揺の色を浮かべていた。
「も・・・申し訳ございません・・・。わ、私・・・あんな顔をされてしまうと、どうしても放って置く事が出来なくなってしまって・・・。」
そう、全ては私がいけなかったのかもしれない。優柔不断な態度しか取れない為に、アラン王子を始め、マリウスやダニエル先輩、そしてノア先輩・・・。
あ・・まただ。また私は無意識のうちに身に覚えの無い名前を思い浮かべていた。
「ジェシカ?どうかしたのか?もしかして・・・俺が強い言い方をし過ぎてしまったか?」
公爵が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「い、いえ・・・・。何でもありません・・・。只の気のせい・・・ですから。」
その日は公爵と邸宅でランチを頂いた。私はこの日に初めて公爵邸で働く使用人の人々に会ったのだが、皆気さくで良い人達ばかりだった。
公爵が私の事を婚約者として紹介した時は、彼等はそれはまるで自分の事のように喜んでくれたので、私は彼等を騙しているようで胸が少しだけ痛んでしまった。
「ドミニク公爵様、ここの料理はどれも素晴らしく美味しいですね。」
私は柔らかく煮込まれたビーフシチューの味にすっかり感動していた。
「ああ、そうなんだ。彼等は俺の両親に言われて、仕方なく仕えてくれているだろうに。それでも皆良くしてくれる。」
公爵は抑揚のない声で言ったが、その声には感謝の念が溢れているのが見て取れた。
「そんな事無いですよ。皆さん、ドミニク公爵様の事を慕って下さっているのですよ。」
私が笑みを浮かべて言うと、公爵は何やら浮かない顔をしている。
「どうされたのですか・・・?ドミニク公爵様・・・?」
「あ・・・いや、分かった。それだ。」
突然意味の分からない言葉を公爵は言った。
「それ?とは?」
「ああ・・・前から気にはなっていたのだが・・・ジェシカ。一応仮にも俺達は婚約者のフリをしているのだから・・・その呼び方を変えては貰えないか・・・?」
「え・・・?ドミニク公爵様・・では無くですか?」
「あ、ああ・・・。出来れば・・名前だけで呼んで貰いたい。」
「分かりました。それでは・・・ドミニク様?」
私がそう言うと、途端に頬を赤く染める公爵。え?そんな顔・・今まで初めて見るんですけど・・!ひょっとすると・・・照れてる・・?
「あ、ああ。そうだ、今後はそうやって名前を呼んで貰えると助かる。何せ俺達は・・・友人・・なんだろう?」
公爵は私の顔をじっと見つめると言った。
「はい、そうです。私とドミニク様は大切な友人です。」
そう答えると、少しだけ公爵は寂しげな笑みを浮かべると言った。
「ああ・・・そうだ。俺達は・・大切な友人だ・・。今も、これから先も恐らくずっと・・・な。」
「はい!」
私も力強く返事をした。
けれども私はまだ何も気が付かなかったのだ。公爵が本当はこの時、どんな気持ちでいたのかを・・・。
それを知っていれば、私は公爵をあんなにも傷つけてしまう事にはならなかったはずなのに・・・。
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