第7章 13 2人で観光名所めぐり
公爵とランチを済ませた後、私は言った。
「それではドミニク様、そろそろ私はお暇させて頂きますね。」
「分かった、それでは邸宅まで送ろう。」
「でも・・・それではご迷惑では・・。毎回毎回送って頂くのはいささか気が引けると言うか・・・。」
幸い、公爵の家は王都にある。王都には立派な交通網が敷かれ、路面電車やバス、それにタクシーまであるのだ。
「私、今回はタクシーで帰るので大丈夫ですよ。どうぞ私の事はお気になさらないで下さい。」
立ち上って挨拶をすると、突然公爵に右腕をグイッと引かれた。
「誰が・・・迷惑だと・・・言った?」
「え?」
見上げると公爵が真剣な表情で私を見下ろしている。一体突然どうしたというのだろう?
「ドミニク様・・・?一体どうしたのですか?」
「俺は迷惑だなんて一度も感じた事は無い。そんな事よりも・・・1人きりで帰して、二度と戻って来てくれないよりは・・・。もうあんな思いは・・。俺は・・。」
途中から公爵は私を見ているのに、何処か遠くを見るような目つきでまるで熱に浮かされたかのように語る。
私の右腕を握る力が強まり、思わず痛みで顔を歪める。
「わ・・・分かりました。ドミニク様、私を邸宅まで送って・・頂けますか?」
すると、ハッとしたように公爵は私の顔を見た。今まで自分が私の腕を強く握りしめていたことに気が付いていなかったようだ。
「す、すまない・・・!ジェシカ・・俺は・・腕、何とも無いか?」
公爵の顔は酷く傷ついているように見えたので私は言った。
「はい、大丈夫。何とも無いですよ。」
「しかし・・・。」
尚も言いかけるのを私は止めた。
「大丈夫ですってば!こう見えて私、意外と頑丈なんですよ?」
ニッコリ笑って言うと、公爵はクスクス笑いながら言った。
「ジェシカが頑丈だって?そんな話・・・誰も信じないと思うぞ?逆にそんなに小柄で華奢な身体・・・思わず守ってやりたくなるような・・。」
そこまで言うと、公爵は顔を赤らめながら言った。
「そ、それでは行こうか?」
「移動魔法で帰るのですか?」
公爵に尋ねると意外な答えが返ってきた。
「いや。ジェシカさえ良ければ車で送ろうかと思っている。王都の事をあまり知らないと言っていただろう?ここは大都会ではあるけれども、観光名所として素晴らしい景観を見る事も出来る場所があるんだ。」
「本当ですか?それは楽しみです。」
「そうか?喜んでもらえると嬉しいな。」
こうして私は公爵家所有の車に乗り、色々な場所に連れて行って貰う事になった。
最初にまず訪れたのは大きな湖のある立派な公園。
「うわあ・・・何て大きな湖なんでしょう。まるで海みたいです!」
「ジェシカは海を見た事があるのか?」
意外そうな顔で公爵に聞かれた。
いけない、つい日本にいた頃の記憶を思い出して話をしてしまった。
「い、いえ・・・。学院の友人から聞かされた話なんですよ。」
咄嗟に胡麻化すと公爵が言った。
「海か・・・。ジェシカ、もし・・・ジェシカさえ良かったら、夏になったら一緒に海に行ってみないか?別に無理にとは言わないが・・・」
海・・海と言えばサーファーだった健一の事をどうしても思いだしてしまう自分がいた。その事を考え、返事をするのを忘れていると、公爵の慌てた声が耳に飛び込んできた。
「す、すまん!ジェシカ。つい、調子に乗り過ぎてしまった・・・。一緒に海に行こうなんて・・・どうか、俺の今言った話は忘れてくれ。」
いけない!ボーッとしていて公爵を傷つけてしまったかもしれない。
「何を仰ってるのですか?海ですよね?是非行ってみたいです。誘って下さってありがとうございます。」
慌ててペコリと頭を下げて、チラリと公爵を見ると呆然とした顔で私を見つめている。
「本当か・・・本当に俺と一緒に海へ行ってくれるのか・・・?」
「ええ。勿論です。それに、出来ればあそこに見えるボートにもドミニク様と乗ってみたいと思ったのですが・・・冬場なので乗れないのですね。」
私はボート乗り場を指さしながら言った。
「ああ、冬場は湖に氷が張ってあるから無理なんだ。でも・・・嬉しいよ。俺と一緒にボートに乗ってみたいと言ってくれるなんて・・。」
その時私は気が付いた。
どうも公爵は先程から、自分と一緒に何かをしてくれるなんて信じられないと言わんばかりの言い回しをしている。
一体何故なのだろうか・・・?
2人で車に乗り込むと、公爵が言った。
「次は美術館に行ってみようか?ここリマ王国は芸術の都としても栄えているんだ。ジェシカにも気に入って貰えるといいんだがな。」
「美術館ですか?いいですね。是非行ってみたいです。」
公爵が連れて行ってくれた美術館はステンドグラスの美術館で、城を改築したものであった。城の全ての窓ガラス、天井、それらすべてが大きなステンドグラスで彩られ、とても美しい物であった。
「うわあ・・・すごく綺麗です!」
私は思わず感嘆の声を上げた。私のそんな様子を公爵は嬉しそうに見つめていた。
その後も色々な場所に連れて行ってもらい、リッジウェイ家の邸宅に戻る頃はすっかり日も暮れる頃だった。
運転をしならが公爵は言った。
「今日はすまなかったな。ジェシカ。」
「え?突然何を謝るのですか?」
「何の約束もしていなかったのに、あちこち色々な場所へ連れまわしてしまって・・。申し訳なかったと思っている。」
ハンドルを握り、前を見ながら公爵はポツリと言った。
「何を仰ってるんですか?今日はとても楽しかったですよ?色々な場所へ連れて行って頂いて、感謝の気持ちで一杯です。」
「そう・・か・・。喜んで貰えて良かった。」
あ・・・また公爵が笑った。
出会ったその日はまるで無感情で人形のような人だと思っていたけれども、最近の公爵は良く笑うようになり、私は何だかそれが嬉しく思えた。
考えてみれば、公爵は夢の中で私に死刑を言い渡した人物で、出会った時はショックで気絶してしまう程の人だったのに、今では良い友人として公爵の隣に居るのが心地よく感じていた。
あの夢は恐らく何かの間違いだったのでは無いだろうか・・・と思えるほどに。
「もう一つ・・・ジェシカに謝りたい事があるんだ。聞いてくれるか?」
邸宅まで後少し、と言う所で何故か突然車のエンジンを切って真剣な眼差しで公爵は私を見つめて来た。
「え?ええ・・・。何でしょうか?」
「ジェシカが1人で帰ると言った時・・・俺は乱暴にお前の腕を握りしめてしまっただろう?」
「ええ。そう言えばそうでしたね。」
「実はあれには・・・理由があったんだ・・。」
苦しそうに顔を歪めながら話を続ける公爵。
「理由・・・ですか?」
一体どんな理由があるのだろう?
「俺には好きな女性がいたという話をしたことは覚えているだろう?」
「ええ、そうでしたね。」
「実は・・・彼女と永遠に別れてしまった時の話なのだが・・・。住み込みで働いていなかったメイドの彼女は毎日俺が自宅まで車で送り届けていたんだ。けれど、そんなある日の事だ。彼女はその日に限り、タクシーで家に帰ると言った。俺は彼女の言う通りにして・・二度と彼女は俺の住む館には帰って来なかった。そのまま仕事を辞めてそれきり俺の前に姿を現す事は無かった・・・。そして彼女が結婚したという事を知ったのは随分後の事だったんだ・・・。」
私は黙って公爵の話を聞いていた。
ああ、だから・・・なのか。私がタクシーで帰ると言った時、公爵の態度が豹変したのは。
だから私は言った。
「安心して下さい、ドミニク様。私達は親友であり続ける限り、突然貴方の前から姿を消す事は決してありませんから・・・・。」
てっきり、私のこの言葉で安心してくれると思っていたのだが・・・公爵は何故か寂しそうな笑みを浮かべて私をじっと見つめていた—。
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