第7章 10 寝覚めの悪い朝
その後も、公爵と色々な話をした。
私は美味しいワインでほろ酔い気分になりながら、学院での生活を色々と話した。
セント・レイズ学院の生徒会長はその強面で実は大のスイーツ好きで、かなり人間的にヤバイ存在であることとか、濡れ衣を着せられて謹慎処分を受けた事、仮装ダンスパーティーでメイドの恰好をして誰にもバレなかった事等々・・・最も私が学院で何人もの男性から追い回されて困っている事は言わなかったのだが。
それを公爵は優し気な瞳でじっと私を見つめながら聞いてくれている。思えばこんなにも私の話を静かに聞いてくれるのは大人のジョセフ先生を除いて初めてでは無いだろうか?
大分酔いが回って来た私はテーブルにいつしか突っ伏しながら呟いていた。
「ドミニク公爵様は・・・本当に話しやすい方ですよね・・・。何と言うか、安心感を与えてくれると言うか・・・。だから・・あんな夢・・現実にはならないですよね・・?」
「ジェシカ?大丈夫か?もう部屋で休んだ方がいいぞ?」
公爵が私を揺すっているのを感じた。
「正夢に・・・ならなければ・・・私、逃げなくても・・・いいの・・に・・。」
そこまで言うと、完全に私の意識は途切れた—。
翌朝、ベッドの上で私は酷い頭痛で目が覚めた。どうやら完全な二日酔いのようだった。然程ワインを飲んだつもりは無かったのだが、ひょっとするとあのワインは度数がかなり強かったのかもしれない。
「う・・・ん、痛たたた・・。あれ?」
起き上がった私はここが自分の部屋である事に気が付いた。
「え?嘘!私いつの間に部屋に戻っていたの?ひょっとして公爵が・・?」
う~ん、駄目だ。ドミニク公爵と一緒に食事とワインを飲んだことは覚えているが、その後の記憶が全く無い。でも約束は守ってくれたようだ。人形は無いし、私はベッドの上で寝かされている。
頭痛が酷い私はベッドから起きあがれないでいると、ドアをノックする音が聞こえて来た。
「お早うございます、お嬢様。もう起きていらっしゃいますか?昨夜の事をどうしてもお伺いしたいのでどうか部屋のドアを開けて頂けないでしょうか?」
うぎゃっ!あれはマリウスの声だ。昨夜の事?もう心当たりがあり過ぎて何の事だかさっぱり分からない。と言うか、昨夜起こった全ての事を私に説明しろと言うのだろうか?
冗談じゃないっ!ただでさえ、二日酔いで頭がズキズキしているのに悩みの種のマリウスの顔を見た日には頭痛が2倍増しで起こること間違いない。
そこで私は言った。
「こめんね。マリウス。私、二日酔いで頭痛が酷くて・・・悪いけど今日は1日私のこと放って置いてくれいなかなあ?」
「何ですって?二日酔いですか?おかしいですね・・・昨夜ドミニク公爵を門までお見送りを済ませて戻られたお嬢様は全くアルコールを飲んだ気配は感じられませんでしたよ?おまけにすぐにお部屋に戻られ、鍵をかけてしまったじゃ無いですか?そしてジェシカお嬢様のお部屋にはアルコールはおいてありません。そうなると2日酔いという事自体、真っ赤な嘘となりますが・・・。」
あ~もう、本当に煩いっ!こっちは頭痛で辛いと言うのに・・・。
マリウスは延々と部屋のドアの外で私に語りかけて来るが、ここは全てシャットアウトだ。
私は布団を頭まで引っ張り上げると、両耳を塞いでそのまま眠ったフリをする事にしたのだが・・・・本当にそのまま眠りについてしまった・・・。
あ・・・これは夢だ。私は夢を見ている。
最近は自分の見ている夢を、夢の中だと認識できるようになってきている自分がいた。
夢の中で私はドミニク公爵と一緒にもう1人の私がいるのを遠目から見ている。
2人ともセント・レイズ学院の制服を着ている事から、新学期が始まったのだろう。
それはまるで夢の中に現れている私と、それを傍観者として眺めているもう1人の私が存在しているような感覚だ。
ドミニク公爵は私に何かを必死に訴えている。けれど私はそれを首を振って拒絶しているようにも見える。
やがて公爵は私を強く抱きしめて何事かを語りかけているが、その台詞の内容は私には一切届かない。
公爵に抱きしめられた私は必死でもがいて、ドミニク公爵を突き飛ばす。
ドミニク公爵の顔には絶望とも取れる色が濃く刻まれているのが分かった。
どうして?私は公爵にこんな顔をさせるつもりは一切無かったのに・・・・。
これは一体誰の感情なのだろうか?夢の中に出て来る私?それとも傍観者の私?
それでも公爵は再度私に手を伸ばしてくるが、私は後ずさり、何かを叫んでいる。
その言葉は余程強烈だったのだろうか、見る見るうちに公爵の顔は悲しみの色に包まれていく・・・。
私はそんな公爵の顔を驚いた様に目を見開き、見つめているが・・・やがて踵を返すと、公爵を置き去りにして逃げるように走り去って行く。
やがて、1人取り残された公爵に近付いてくる人物が・・・。
それはストロベリーブロンドの、この小説のヒロインであるソフィーであった。
ソフィーは絶望に打ちひしがれたような公爵に近付くと、そっと彼に触れて何事かを語りかけている・・・。
それを俯きながら聞いているドミニク公爵。
駄目、いけない、公爵様。ソフィーの話に耳を傾けては・・・・。
傍観者である私は声にならない声で必死に公爵に訴え・・目が覚めた—。
全身に酷い寝汗をかいている。
いつの間にかマリウスは去っていたのか、ドアの外は静まり返っていた。
ベッドサイドに置かれた置時計に目をやると、時刻は11時を指している。
まだ若干頭痛が残る身体を無理やり起こし、私は着替えを出すとバスルームへ向かった。
衣類を脱いで、コックを捻って熱いシャワーを浴びていると先程の夢が蘇ってくる。
一体あの夢は何なのだろう・・・?ドミニク公爵がセント・レイズ学院の制服を着ていると言う事は恐らく来学期の出来事に間違いないだろう。
私も制服を着ていたと言う事は、逃亡せずに学院へ戻ったと言う事だ。
何故逃亡しなかったのか?それとも逃亡したのにつれ戻されてしまったのか?
あの夢の中で公爵は私に何を語っている?そしてどうして私は逃げ出したのだろう?会話の内容が全く聞こえないので状況がさっぱり分からないのがもどかしい。
だけど・・・公爵のあの傷付いたような、悲し気な顔が脳裏に焼き付いて離れない。私はきっと近い将来、公爵を酷く傷つけてしまうのだ。
そして夢の一番最後に出てきたソフィー。
何故、彼女が夢の中に現れた?でも・・・私は大体の事が理解出来た気がする。
恐らく私はドミニク公爵を酷く傷つけてしまう。
そして傷付いた彼の前に現れたヒロイン、ソフィー。
彼女はドミニク公爵の傷付いた心の隙間に入り込み・・・アラン王子達に暗示をかけたように公爵に暗示をかけるのだ。
私を捕えて裁きを受けさせるために・・・。
ドミニク公爵は夢の話をした時に、それは所詮只の夢、私に死刑を言い渡すなんて馬鹿な事が絶対にあるはずは無いと言い、逆にこの私を傷つけるような奴から守ってやると言ってくれていたけれども、多分ソフィーの暗示の前では無力だろう。
あのアラン王子から他の3名の男性達だってソフィーに強い暗示をかけられたのだから・・・。
そこまで考えた時、私は1つの疑問が沸き起こった。
あれ?アラン王子を除く、他3名の男性って一体誰だった・・・?
生徒会長、ダニエル先輩、そしてノア先輩・・・。
「ノア先輩・・・?ノア先輩って一体誰だったっけ・・・?」
何だか妙に懐かしい名前の様な気がする・・がしかし、私は名前以外はどうしても思い出す事が出来なかった—。
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