第7章 9 公爵の失恋
「何だか、アイツらのせいで食事が中途半端になってしまったな。何か別に食事の用意でもしようか?」
不意に公爵が言った。そう言えば、あの時はまだ食事の途中だったのだ。時刻を見ると、もう夜の9時半を過ぎている。
「あの、でももうこんな時間ですし、私は大丈夫ですよ?」
「いや・・・実は俺があまり物足りなくてな。もし、ジェシカさえよければ少しだけ食事に付き合って貰えればと思ったんだが。」
公爵は言いにくそうに語った。何だ、そういう事なら言ってくれればいいのに。
「私で良ければお付き合いしますよ?でも使用人の方々はもう休まれているのですよね?どうするのですか?」
「自分で用意してみようかと思うんだ。確か調理場に非常食が置いてあったはずなんだが・・・。」
「ええ?ドミニク公爵様自らですか?お料理の経験とかはあるのですか?」
こんなに身分の高い公爵家の男性がこの世界で料理をするなんて驚きだ。
「い、いや。料理の経験は無い。まあ、何とかなるのではないか?」
「・・・・。」
何とも楽観的な考えだ。
「ドミニク公爵様、一緒に調理場へ行きましょう。私が何か食材が無いか見て見ますよ。」
これでも私は大学を卒業してからは1人暮らしをしていたのだ。なのでこの世界で料理をした事は無いが何とかなるだろう。
「何?ジェシカは料理が出来るのか?」
公爵は驚いた様に私を見る。
まあ確かに貴族の女性が自ら料理をする事など滅多に無いだろう。
「ええ、御期待に添える料理を作れるかは分かりませんけど、取り合えず案内して頂けますか?」
公爵に案内された調理場はまるでホテルのように広く、立派な物であった。そういえば生もの食材はどのように保存してあるのだろう?冷蔵庫があるようには見えないし・・。
「あの・・・つかぬことをお聞きしますけど、お肉や魚などの生ものの食材はどのようにして保存してあるのでしょう?」
私が尋ねると、公爵は腕組みをして首を捻ると言った。
「すまん・・・。ジェシカ。俺にも分からない。」
申し訳なさそうに答える。
うん、そうだよね!料理などしたこともない公爵がそんな事知ってるはずが無いね!
「い、いえ。お気になさらないで下さい、知らなくて当然の事ですから・・・。」
兎に角食材が無いか探してみよう。棚を開けたり、引き戸を開けたりと調べていると、大きな木箱を見つけた。おや?これは何だろう?
中を開けてみると、大きな氷が沢山入っており、そこに肉や魚などが貯蔵されている。おおっ!これはもしや、氷の冷蔵庫では?
この世界では魔法を使えるのは殆ど貴族のみで庶民は魔法を使えることが出来ない、という設定にしてある。それでは庶民はどのような暮らしを送っていたか等細かな設定はしていなかったのだが、成程こういう事だったのね。文明の時代設定は19世紀頃と考えて良いのかもしれない。
私はそこからウィンナーにチーズを探し出すと、簡単に調理を始めた。
チーズを切り分け、鍋でウィンナーをボイルする。その間にレタスとトマトを見つけたので洗ってさらだにし、オイルと塩コショウでドレッシングを作ると、上にかけた。
私が手際よく調理するのを感心した様子で眺めている公爵。
「すごいな、ジェシカは料理まで出来るのか?」
「料理と言ってもそんなにたいしたものではありませんよ。逆にこれ位で感心されると照れ臭い位ですから。」
私は苦笑しながら言った。
公爵は私が簡単な料理を用意している間に、いつの間にかワインを用意してあったのか、グラスも2つトレーに乗せいてた。
全ての料理が出来上がると公爵は言った。
「この隣に小さいが、使用人用の食堂があるんだ。良かったらそこで一緒に食事をしよう。」
「はい、それはいいですね。」
公爵はワインとグラス、私は出来上がった食事を持って隣の部屋へと移動した。
テーブルにガスランプを灯し、向かい合わせにテーブル席に着くと公爵は言った。
「では乾杯しようか?」
「そうですね・・・。何について乾杯しましょうか?」
「うん・・・。言われてみると確かに・・。」
公爵も考えあぐねている。なので私は提案した。
「それでは私達の友情に乾杯しませんか?」
「あ、ああ。そうだな・・・では友情に。」
「「乾杯。」」
2人でグラスを鳴らし、ワインを飲む。
おおっ!これは・・・もしや物凄いヴィンテージものでは?私はあまりワインには詳しくな無いが、この飲みやすさと口当たりはかなりの値打ちの物と見た。
すると公爵が言った。
「このワインはリッジウェイ家の領地で作られた葡萄から製造された物だと知っていたか?」
「え?!そうだったんですか?」
「ああ、そして俺の領地ではこの葡萄からワインを製造している。だからこそ、お前と俺の両親は俺とジェシカを結婚させようとしたのだろうな。」
公爵はグラスを回しながら言った。
成程・・・。ただ単にお互い評判が悪い者同士を結婚させようとしたわけでは無かったのか・・。
「だが、俺はそんなのは御免だと思っていた。」
突然公爵の口調が変わった。
「ドミニク公爵様・・・?」
「俺の両親は政略結婚で、本当に2人は冷めた関係だった。ジェシカは知らないだろうが、俺の両親はどちらも黒髪では無いのだ。父も母もジェシカのような栗毛色をしている。それなのに俺のような黒髪の子供が生まれたから当然父は母の浮気を疑ったよ。けれど、母は頑としてそんな事は無いと抗議した。」
「・・・。」
私は黙って公爵の話を聞いていた。
「そして・・・結局2人の仲は完全に崩壊した。離婚こそしなかったけれども両親はそれぞれ別々の屋敷で暮し、俺も使用人達に押し付けられて育てられた。これは・・後から分かった事なのだが、俺の2代前の母方の祖父が俺と同じように黒髪に、左右の瞳の色が違う人間だったという事が分かったんだ。いわゆる俺は先祖返りという事だったようだ。でも、その事が分かった時にはもう俺達家族は修復が効かない状態だった・・・。」
「ドミニク公爵様・・・。」
まさか、公爵の生い立ちにそのような暗い影があったとは思いもしなかった。だから公爵は何処か全てを諦めたような、冷めた感情の人間になってしまったのかもしれない。
「だから、俺は自分の結婚相手は政略結婚などでは無く、愛する女性と結婚をして満ち足りた生活を送りたいと思っていたんだ・・。」
まさか、まだ18歳の青年が結婚に関してここまで深く考えていたとは思いもしなかった。それともこれも世界観の違いからくるものだろうか・・?
「でも今のような話をされると言う事は、公爵にはどなたか好きな女性がいるのではないですか?」
私が尋ねると、公爵の身体がピタリと止まった。うん?この反応はもしや・・・。
「あ、ああ・・・。いる。と言うか・・・いた・・・。」
何故か過去形で話す公爵。
「そうだったのですか?ではその女性に思いは告げられたのですか?」
恋バナが好きな私は公爵の心の内も分からずに尋ねた。
「いや、彼女はもう・・・他の男と結婚したよ。大体元々身分が違い過ぎたんだ。彼女はここのメイドの1人だったのだから。」
え?私は思わず顔を上げて公爵の顔をじっと見つめた。
「彼女は俺と同い年のメイドで、小さい時からずっと一緒だった。成長と共にいつしか俺は彼女に恋心を抱くようになっていたのだが・・・きっと彼女はそれを迷惑に思っていたのだろうな?半年ほど前に彼女は親の言いつけで他の男と結婚して、ここを出て行ったよ。」
公爵は自嘲気味に笑うと言った。
「だから、俺は全てを諦めた。その矢先に、ジェシカ。お前との見合い話が持ち上がったんだ。お前は悪女として評判を集めていたからな・・・。だからこの話が来た時は俺への当てつけだと思っていたよ。」
じっと公爵は私を見つめながら言った。
う~ん・・・。確かにこの国でのジェシカの評判はすこぶる悪い。目の前にいる公爵に悪女呼ばわりされるのもこれで3度目だし・・・。しかもそれを当てつけだと思っていたなんて、ちょっと私的には心外だ。
「そ、そうなんですか?でも当てつけと思っていた私にフリッツ王太子とアラン王子からの求婚の申し込みを諦めさせるために、お見合いのお試し期間的な物に協力をいただきましてありがとうございます。無事に事が終了次第、婚約の約束を反古にさせて頂きますね?そうしたらまた新しい恋を見つけてくださいよ。来学期からは学院に入学されるんですよね?きっとそこで素晴らしい出会いが待ってると思いますから。」
私は笑顔で言った。
最も、その頃には私は恐らくあの学院にはもう戻っていないだろうけどね―。
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