第7章 5 誰よりも寂しい貴方
両親の待つ邸宅へ帰宅後は質問の嵐だった。お見合いはどうだったか、アラン王子とはいつから付き合っていたのか、フリッツ王太子の要件は何だったのか・・等々。
それらの、質問を適当にあしらい私は部屋にこもってしまった。
1人で色々じっくり今後の自分の身の振り方を考えたかったからだ。
マリウスがしきりに私と話たい素振りを見せていたが、それもシャットアウトした。
「ふう・・・。これからどうしよう。」
こんな事になるなら家に帰って来ないほうが良かったかもしれない。学院に1人残り、マリウスのマーキングも切れてるので逃亡する事だって可能だったはずだ。
でもウィル達に攫われて、一度は死んでしまった私。
となると絶対に1人で寮に残るなんてどのみち許される事では無かっただろう。
私は学院から持ち帰ったトランクケースから隠しておいた財布を取り出した。この中には1千万円は下らない現金が入っている。
「これだけあれば1年位は逃亡生活をおくれるかな・・・?」
問題はいつ荷物を持ってここを立ち去るか。この分だとアラン王子やフリッツ王太子が連絡を入れてくるか、最悪家にやってくるかもしれない。一度でも監視が付けば、もう逃げ出すチャンスは無いだろう。
私は時計をちらりと見た。
午後6時・・・もうすぐ夕食の時間だが、今日はあれこれ尋ねられるのが嫌だったので食欲が無いからと言って断ってある。
「はあ・・・。」
何度目かのため息をついた時、誰かが私の名前を呼ぶ気配を感じた。
「ジェシカ・・・。」
「え?」
慌てて振り向くと、私の部屋の床に直径1m程の光り輝くサークルが浮かびあがり、そこから人の姿が現れた。
その人物は・・・。
「ドミニク公爵様っ?!」
「すまなかった。突然お前の部屋に現れるような真似をして・・・。」
「あ、い、いえ。確かに驚きはしましたが・・・一体どうされたのですか?」
「実は・・・昼間の件で話たい事があって・・・。」
何故か言葉を濁すドミニク公爵。
「分かりました・・・。ここではまずいので、場所を変えませんか?」
「そうだな。何処が良い?」
「あの、もし宜しければ王都に行きませんか?私あまり王都の事知らないんです。出来ればカフェみたいな場所へ行きたいです。」
それを言うと、ドミニク公爵は妙な顔をした。
「ドミニク公爵様・・・?どうかしましたか?」
「い、いや。俺と出掛けても良いのかと思って。」
「どういう意味ですか?」
「いや、何でも無い・・・。では行こうか?」
「はい。」
後ほど私は公爵が自分と一緒に出掛けるのを何故渋ったのかを知る事となるのだった・・・。
私が防寒着を着ると、公爵が側に来てパチンと指を鳴らした。
すると、途端に私達の足元に風が舞起こり、周囲の景色が一瞬で消え、目の前の風景は王都の町並に変わっていた。
「ドミニク公爵様も素晴らしく魔力が強いお方なのですね。」
私は感心した。
公爵はそれには答えず、ただ口元に笑みを浮かべた。
「何処の店に入りたい?」
2人で並んで歩きながら公爵は尋ねてきた。
「何処でも構いません。ドミニク公爵様が決めて下さい。」
「そうか・・・?なら、あの店が良いかな・・・?」
公爵は歩きながら思案しているようだった。そして連れて来られた店はフロアが2階まで及ぶ大きなカフェだった。
その店はお洒落なカフェで夜はアルコールも飲めるようになっているらしく、店内に入ると、アルコールを楽しむ人々で埋め尽くされていた。
「ここは食事が美味しい事で有名な店だ。ジェシカは食事は済ませたのか?」
空いてる席に座ると公爵が尋ねて来た。
「いえ。実は今夜は食事は取っていません。」
「そうか、なら良かった。一緒に食事をしようか?実は俺もまだなんだ。」
公爵はメニュー表を渡しながら言った。
「それはいいですね。うわあ・・・カフェなのにメニューが豊富ですね。それに夜用のメニューもあるみたいですよ。」
「夜はアルコールも出すから、メニューを変えているんだ。」
公爵はメニュー表を少しだけ見ると、テーブルの上に置いた。
「公爵様、もう決まったのですか?」
「ああ、俺に気にせずにゆっくり選ぶと良い。アルコールが飲みたいなら、頼んでも構わないぞ。」
「アルコール・・・ですか。」
どうもアルコールと言われると、アラン王子との一夜を思い出してしまう。正体を無くす程寄ってしまい、あんな事になってしまうとは・・。なのであれ以来、なるべくアルコールを外で飲まないようにしてきたのだ。まあ、この間のパーティーではグラス1杯程度は飲んでしまったけれども。
「ん?アルコールは飲まないのか。だったらソフトドリンクにしておけばいい。」
「公爵様はどうされるのですか?」
「俺は・・・アルコールは好きだから飲もうかと思っている。」
「では、私も少しだけなら・・・。」
こうして私は久々に大好きなカクテルとチーズフォンデュを注文し、公爵はワインとピザを注文した。
「それで、私に話したい事があると仰っていましたが・・・どのようなお話ですか?」
私はカクテルとおつまみのチーズフォンデュを口にしながら尋ねた。
「実は・・・今回の見合いの話についてなんだ・・・。ジェシカにはっきり確認したい事がある。本当は・・・俺との見合いの話、乗り気では無かっただろう?」
「え?」
いきなり確信を付いた話で私は思わず持っていたグラスを取り落しそうになった。
「な、何故そう思ったのですか?」
「そんなのは見て分かるさ。」
公爵は自虐的に笑ってワインを口に運んでいる。
「そ、それは私なんかがお見合い相手では気の毒だなって思った次第で・・・。現に私はこの国では悪女として有名だったみたいですから。」
何とか言い訳を頭の中で考えながら私は言葉を発する。
「ああ、そうだな。確かにジェシカ・リッジウェイはこの国の界隈では悪女として有名だった。」
「そうですか・・・。」
「だからこそ、ジェシカの両親も俺の両親も俺が見合い相手に妥当だと思ったんだろうな。」
「・・・。」
私は何とも言えずに黙っていると、公爵は言った。
「どうして欲しい?」
「え?」
「俺から、今回の見合いの話・・・断ってやろうか?ジェシカはそれが望みなんだろう?そうすれば俺に気兼ねなくフリッツかもう1人の王子を選ぶことが出来るからな。」
私は慌てた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。何故ここでアラン王子とフリッツ王太子のお2人が出てくるのですか?あの方達は全く関係無いですよ?」
ドミニク公爵は大きな勘違いをしているようだ。私がお見合いを断って欲しいと思っているのは、彼が夢の中で私に処刑を言い渡した人物だからだ。私が誰も選ばないのは、近い将来誰も私の事を知らない大陸へ行き、あの時見た悪夢が現実になる前に逃げるつもりだから・・・。決して個人的にドミニク公爵が嫌だからと言ってるわけでは無い。
でも、公爵にはそう思われてはいない様だった。
このまま勘違いされていては非常にまずい・・・。
私はカクテルを飲みながら、公爵に何と釈明すれば良いのかを考えていた時、ふいに公爵が立ち上り、私に声をかけた。
「店を出よう。」
上着を掴むと言った。
「え?突然どうしたのですか?」
急な事で私は驚いて尋ねた。
「あいつ等・・・。」
公爵はチラリと数メートル先に座っている4人の男性達を見た。彼等はいずれも身なりの良い恰好をしている所を見ると、恐らく貴族では無いだろうか?
彼等は全員ドミニク公爵を何処か軽蔑したような視線でチラチラと見ている。
「あの・・彼等は・・・・」
私の返事を待たずに公爵は私に上着を着せると、手を繋ぎ、カウンターでお金を払うと足早に歩きだす。
そんな私達の後を彼等が追って来た。
「!あの人達・・・追いかけてきますよ?!」
「ああ、分かっている。」
公爵は何処へ向かっているのか、歩き続け、手を繋がれた私は必死で後を追う。
やがて人の姿が見えない公園へ来ると、公爵は足を止めた。
「一体、俺達に何の用事だ?」
え?いつの間にか囲まれている?!私は無意識にドミニク公爵の背中に縋りついていた。
「いや、悪魔と言われているドミニク公爵が珍しく女を連れているから、少し興味があってな~。」
「そうそう、しかも偉く美人を連れているからなあ?」
「ひょっとして、悪魔と呼ばれているその男に何か脅迫でもされて一緒にいるのかと思って、俺達は君を助けに来たのさ。」
「そんな不気味な男の所にいないで、俺達の所へ来いよ。」
全員が下卑た笑いでこちらを見ている。私は彼等がドミニク公爵に対して酷い言葉を投げつける彼等を許せなかった。
「い・・いい加減にしてください!ドミニク公爵様が悪魔?不気味な男ですって?少なくとも私はそんな風には思いません!公爵様の漆黒の髪も、オッドアイの瞳も・・・とても美しいと思っていますっ!」
「ジェ、ジェシカ・・・。お前は・・・。」
ドミニク公爵の瞳に初めて動揺する色が見て取れた。
「いいから、そこの女、こっちへ来いよっ!」
「おい!女には絶対魔法弾は当てるなよ?!奴にだけ当てるんだっ!」
見ると4人全員が両手を前にかざし、魔法弾を作り上げていた。
「撃てっ!!」
1人の男の掛け声で男達は一斉に魔法弾を投げつけた—!
パチン!
ドミニク公爵は指を鳴らす。そして・・・・彼等の手の中で魔法弾は弾け飛んだ。
途端に激しい悲鳴を上げて、地面にのたうち回る彼等。どうやら彼等は爆発に巻き込まれて、火傷を負ってしまったようだった。
こうして勝負は一瞬でついてしまった。
その後、私達は公園で若者たちが火傷をして倒れていると病院に通報をし、公園を後にした。
「今夜は・・すまなかった。お前を妙な事に巻き込んでしまって。」
帰る道すがら、公爵はポツリと言った。
「俺に関わると、色々な厄介ごとに巻き込まれてしまうって事が分かっただろう?まあ仕方が無いんだけどな。この黒髪と左右の瞳の色が違うって事で化け物扱いされて・・・。そんな俺だから悪女と呼ばれた俺の見合い相手としてジェシカがぴったりだと思ったんだろうな?」
そして悲しそうに笑った。この人は・・・何て寂しい人なのだろう。いずれは私を断罪する相手でも、幸せになって欲しいと願わずにはいられない。
だから私は言った。
「ドミニク公爵様、貴方は化け物などではありません。先程も申し上げましたが、公爵様の黒髪も・・・左右の色が違う宝石のような瞳も・・とても綺麗です。」
「そうか・・・ありがとう・・。」
公爵はこの時初めて優しく微笑んだ。月明かりに照らされた輝くような黒髪は、本当に美しいと私は思うのだった—。
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