第7章 4 私が悪女と呼ばれる由縁

 え?今何て言ったの?結婚して欲しいと言われた気がしたけど・・・?

フリッツ王太子は熱のこもった目で私を見つめ、右手を未だに握りしめている。


「あの〜。」


「何だ?」


「そろそろ手を離して・・・頂けないでしょうか?」


「ああ、すまなかったな。」


フリッツ王太子は手を離すと立ち上がり、私を見下ろした


「それで、どうなのだ?返事を聞かせてくれないか?」


はい?!

「あ、あの、今ですか?!」


「ああ、駄目なのか?」


「い、いくら何でもそんな大事な事をこの場で返事をするのは・・・そ、それに私とフリッツ王太子様はお互いの事、殆ど何も知りませんよね?!」

仮にも相手はこの国の王太子。ごめんなさい、貴方とは結婚する事は出来ませんなんておいそれと断ることなど出来るはずが無い。。

な、何とか今はこの場を回避しなければ・・・っ!


「そうか、それでは今からお互いの事を知り合えば良いのだな?では始めに互いの趣味についてでも話をしようか?」


フリッツ王太子は私の手を引いてソファに座らせると、自身も隣に座った。


「あ、あの!何故私なのですか?あの日は大勢の令嬢達が集まっていましたよね?私よりずっと品があって美しい女性達が居たと思いますけど?」

お願い、何とか諦めて!


「いや、お前以上に魅力的な女性はいなかったな。では、俺の方から自分の事を話そうか?」


だ、だから私の言いたい事はそんな事では無くて・・・。


その時。

コンコン

ドアをノックする音が聞こえた。


「何だ?今取り込み中なんだが?」


フリッツ王太子は眉をしかめてドア越しに言うと、外から声が聞こえた。


「何だとは何だ。随分自分勝手だな?お前の方から俺を呼び出しておいて。」


ん?何だかあの声には聞き覚えがあるような・・・?


「ああ、そう言えば、そうだったな。悪かった、中へ入ってくれ。」


フリッツ王太子が言うと、ドアがカチャリと開けられ、青年が入ってきた。

私はその青年を見て、驚きのあまり目を見開いた。

一方の青年も驚いた様に私を見つめる。


「ジェシカ・・・何故ここに・・・?フリッツと知り合いだったのか?」


「ドミニク公爵様・・・。」

私は彼の名前を口にした。



「何だ?お前とジェシカは知り合いだったのか?」


何も事情を知らないフリッツ王太子がドミニク公爵に尋ねた。


「知り合いも何も・・・ジェシカは俺の見合い相手だが?つい先程会ったばかりだ。」


「何だって?」


フリッツ王太子の顔が曇った。


「ジェシカ、今の話は本当なのか?」


「は、はい・・・。本当です・・・。」

う、何だか迫力があって怖いんですけど・・・。


「それより俺の方こそ聞きたいのだが?何故お前がジェシカと一緒にいるのだ?」


ドミニク公爵は眉をひそめると言った。

ああ、何だか非常に嫌な予感しかしない。何故私はいつもトラブルに巻き込まれるのだろう?もう帰りたい・・。うう・・・久しぶりに胃が痛くなってきた。


「ああ、俺はこの間のダンスパーティーで偶然ジェシカと知り合って、気に入ってしまったのだ。だからつい先程結婚を申し込んだところだ。」


フリッツ王太子は挑戦的な笑みを浮かべると言った。

ああ~っ!!言っちゃったよっ!


「何?結婚を申し込んだだと?ジェシカ、本当なのか?」


ドミニク公爵は私から視線を逸らさずに尋ねてきた。


「は、はい・・・本当です・・。」

思わず俯いて返事をすると、突然ドミニク公爵は私に歩み寄ると、両手で私の頬に触れると自分の方を向かせた。


「ジェシカ、俺の目を見て話せと言っただろう?」

至近距離でドミニク公爵と見つめ合う形になる。彼の瞳には戸惑った私の顔が映っている。


「おい、あまりジェシカに触れるな。」


フリッツ王太子がドミニク公爵の肩に手を置く。

何だか段々険悪なムードになってきた2人。


「あ、あの・・・。お2人共落ち着いて下さい。」

しかし、2人は返事をせずに睨み合っている。どうしよう、このままでは・・・。


その時、ドアが勢いよく開け放たれた。


「ジェシカッ!!」


「お嬢様っ!!」


「マリウス?!アラン王子?!」

嘘でしょう?また余計なトラブルが・・・っ!


「ジェシカ!迎えに来たぞっ!さあ、俺と一緒にトレント王国へ行こう。」


アラン王子は私の両肩を掴むと言った。


「は?な、何故ですか?!」

いきなり何を言ってるのだ?この俺様王子は。


「何を言っておられるのですか?アラン王子。どうやら昼間から寝ぼけていらっしゃるようですね?さあ、お嬢様、私と一緒に邸宅へ帰りましょう。」


マリウスはアラン王子の手を払いのけると、私の肩を抱き寄せて言った。


「マリウス・・・貴様はまた王子の俺に対して・・・っ!」


アラン王子が憎々し気にマリウスを睨み付ける。


「何だ、アラン。お前・・・もう帰って来たのか?」


溜息をつきながらフリッツ王太子が言うと、アラン王子が激怒した。


「フリッツ!お前・・・俺は言ったよな?!ジェシカは俺の愛する女性だから絶対に手を出すなとっ!」


その言葉を聞いて私は仰天した。まさか、こんな一種即発な雰囲気の中でそのような爆弾発言をするとは思いもしなかった。

「ええ?!ア、アラン王子っ?!」


「な・・・何だって?!」


アラン王子の言葉を聞いて、真っ先に反応したのはドミニク公爵だった。

するとアラン王子はドミニク公爵に気が付くとズカズカと近寄り、言った。


「お前が、ジェシカの見合い相手なのか?」


「あ、ああ。そうだ。」


「俺はトレント王国の王太子、アラン・ゴールドリックだ。ジェシカとは同じ学院に通っている。いいか、良く聞け。俺はジェシカを愛している。リッジウェイ家宛ての父からの書簡が本日彼女の家に届いているのだ。アラン・ゴールドリックはジェシカ・リッジウェイを花嫁として望む―と。」


「な・・・何ですって?!」


「何だと?」


私より先に反応したのがマリウスとドミニク公爵だった。2人が先にアラン王子の言葉に反応した為、私は出遅れてしまった。と言うか、正直あまりにも突然の事で今の状況が全く理解出来なくなっていた。


「ジェシカ。」


アラン王子が私の方を振り向き、名前を呼ばれてようやく私は我に返った。

「は、はい!」


「ジェシカ、見合いなんか断れ。お前は俺の気持ちをとうに知っているのだろう?俺が愛する女性はジェシカ只一人だ。どうか俺と結婚してくれ。」


「アラン王子・・・。」

ここで普通の女性ならおそらくはポ~ッとなってしまうだろう。何せ相手はイケメン王子様なのだから。しかし、私の場合はそうはいかない。何故ならアラン王子はこの私の作った物語のメインヒーローだ。そして私は悪女のジェシカ。今ここで私を断罪したドミニク公爵が登場したと言う事は、あの悪夢通りの未来を辿るのはほぼ間違いない。

だからこそ、私は早急に今の生活から逃げ出さなければならない。

故に絶対にアラン王子と結婚等はあり得るはずがない。


 私が返事に窮していると、素早くマリウスが割り込んできた。


「勝手な事ばかり言わないで頂けますか?アラン王子。お嬢様はどなたにも渡しません。私だけの大切なお方なのですから。」


マリウスまで!一体何を言い出すのよ!お願いだからこれ以上揉め事を増やさないで下さい。


「そうか・・・そういう事か・・・。」


フリッツ王太子はククク・・・と面白そうに笑った。


「ジェシカ・リッジウェイが悪女と呼ばれるのはこういう由縁があったのか。次々と男の心を虜にする・・・。成程、これでは悪女と呼ばれても仕方あるまい。」


えええっ!そ、そんな解釈をしてしまうの?!

「フ・フリッツ王太子様っ!な、何て事言うのですか・・・・?!」


「ああ・・・俺もそう思う。」


ポツリとドミニク公爵が言った。


「ドミニク公爵様まで?!」


一方、アラン王子とマリウスは激しく火花を散らし、2人だけの?世界に浸っている。


「だけど、その分だとジェシカ・・・・。まだ俺にもこの勝負、参加する余地はありそうだな?お前はどうするんだ?ドミニク。ジェシカは単にお前にとっての親から勧められた見合い相手で終わるか?」


フリッツ王太子は面白そうにドミニク公爵に言う。


「俺は・・・。」


ドミニク公爵は私をじっと見つめると言った。


「ジェシカとなら・・・・この先、新しい自分を見つける事が出来る気がする・・。」


何故か意味深な事を言う。


「ドミニク公爵・・・。」


「ジェシカ、来学期から・・・・よろしくな。」


そして私を見て笑みを浮かべた。


その後—


結局、このままでは埒が明かないとして何とか私は彼等を説得し、一旦保留にする事に決め、解散する事となった。




 そしてマリウスとの帰路、私は思った。

このままではまずい・・・。何とかここから逃げる方法を考えないと—。





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