—マリウスの戸惑い― 

 暗闇の中—甘い香りと温かく柔らかな温もりで、突然目が覚めた。

ここは何処なのだろう・・・・確か、自分は邪魔な輩共から逃げる為に強引に転移魔法を使って、ジェシカお嬢様の故郷へ帰って来たはず・・・。

でも少々無理をし過ぎてしまったようだ。流石に間に休憩を挟まず、4500kmの移動は無謀だったかもしれない。

魔法が成功して、城の近くにある田園地帯まで移動して来た事は覚えている。

けれどもそこから先の記憶が全く途絶えていた。

どうやら完全なる魔力切れで今迄気を失っていたようだ。

自分の力を過信しすぎていたようだ・・・・。自嘲気味にフッと笑って、薄暗い中でぼんやりと天井を眺めた。数か月前までの見慣れた天井・・。

 

 それにしても魔力が切れて、よくも命が助かったものだ・・・。ひょっとすると父が自分の魔力を分け与えてくれたおかげで命拾いをしたのかもしれない。

朝になったら父にお礼を・・・。

そこでようやく何か違和感を感じた。まだ頭は完全に覚醒してはいなかったが、どうも様子がおかしい。先程から感じる甘い香りに微かな寝息・・・。そして温かくて柔らかな感触・・・。


 気配を感じる方向を何気なく振り返り、一気に目が覚めた。

お・・お嬢様っ?!

何という事だろう。そこにいたのはお嬢様だった。自分の身体にぴったりと密着し、腕を回して抱き付くような姿で眠っている。悩ましい夜着からすんなりと伸びた細い手足。長い睫毛を時々震わせながらスヤスヤと眠るお嬢様。フワフワと波打つ長い髪からは何とも言えず甘い香りが漂っている。


 どうして?何故お嬢様が自分のベッドの中で一緒に眠っていると言うのだろう?

ずっと意識を失っていた自分には今の状況が全く掴めない。ただ、分かるのはお嬢様が今、自分に寄り添うように眠っている。手を伸ばさなくても、いつでも自分から抱きしめる事が出来る距離にお嬢様がいる。

ここでよこしまな考えが浮かんできた。現在お嬢様につけられたマーキングはアラン王子が付けたもの。なら今すぐここで再び自分がお嬢様のマーキングを上書きしてしまえばいいのでは?

 そう、考えてみればこのベッドの上で自分と学院に入学する前のお嬢様は何度も関係を持ったのだ。だとしたら今のお嬢様を抱いたって・・・・。

そう思い、お嬢様の夜着に手をかけた時に我に返った。

いや、駄目だ。意識の無い相手を抱く等最低な行為だ。自分はアラン王子とは違う。

そして、摑んでいた夜着から手を離した。


 本来であれば、お嬢様をお部屋に戻して寝かせて上げるのが正しい行動だろう。以前のお嬢様であれば、迷わずそうしていた。

でも今のお嬢様は自分にとって、愛しくて愛しくてたまらない存在。出来ればずっと、自分の腕に捕らえておきたいくらいだ。


 だから・・・隣で幸せそうに眠っているお嬢様を抱き寄せ、そっとキスをして言った。

「お嬢様・・・お嬢様の目が覚めるまで、このままでいさせて下さいね。」


 さて、目が覚めた時のお嬢様がどんな反応を示すのか・・・今から楽しくてたまらない。

そして幸せな気分で再び目を閉じ、眠りについた―。


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