ノア・シンプソン 中編
4
ジェシカは怯えた目で僕を見つめている。・・・ジェシカに見つめられるのは嬉しいけど、僕が望んでいるのはそんな目じゃない!
出来るだけ、彼女を怖がらせないように話をしなくては。
「ああ、何故ダニエルがジェシカの部屋に泊まった事を知っているのか不思議に思っているんだね?」
ジェシカは僕の言葉に黙って頷く。
「ダニエルが怪しい動きをしているようだったから、彼にマーカーを付けておいたのさ。」
「そ、それはマーキングの事でしょうか?」
うん?何だかジェシカの声のトーンが変わった気がする・・・。何故なんだろう?
「うん、似たようなものだね。」
一応僕はジェシカの質問通りに返事をした。
すると一瞬ジェシカは驚愕したかのように目を見開き、その後何を考え始めたのか、頭を抱えて何やら下を向くとブツブツ呟き始めた。
まさか2人はいつの間にそんな仲に・・・とか、美形同士だからそれもありかも・・とか訳の分からない事を呟いては、1人うんうんと何か納得した様子も見せている。
僕は呆気に取られて暫くジェシカの様子を観察していた。
「ねえ、どうしたの?さっきからブツブツ独り言を言って。」
でも流石の僕も痺れを切らしてジェシカの顔を覗き込んだ。
「い、いえ。何でもありません。」
僕に気が付き、パッと顔を上げたジェシカ。彼女の美しい紫色の瞳に僕の顔がはっきりと映っている。長い睫毛に白い陶器の様な肌・・そして魅力的な唇。
そのどれもが僕の瞳を捕らえて目を離す事が出来ない。
やっぱり僕は誰にもジェシカを渡したくない・・・。彼女を独占したい・・・!
「それじゃあさ、外は寒いからホテルに入って2人で温め合おうよ。」
アラン王子には身体を許したんだ。
だったら僕だって強引にジェシカに頼み込めば・・・。
なのにジェシカは即答した。
「お断りします。」
「何故?!」
何故?どうして迷う事も無くすぐに断るんだい?僕とアラン王子とでは一体何が違うっていうんだ、ジェシカッ!
たった一言なのに・・・これ程までにジェシカの言葉にショックを受けるとは思っていなかった。
それは僕が今迄一度も女性を誘って断られた事が無いからなのか?
そんな僕を見て何故か溜息をつくジェシカ。そして彼女は言った。
「何故ノア先輩が私の所に来たのか、理由が分かりました。いいですか?昨夜確かにダニエル先輩は私の部屋で一晩一緒に過ごしました。」
「・・・そんな事、もう分かってるよ。」
だってダニエルにマーカーを付けていたんだから、彼が昨夜は何処で何をしていたかぐらい全て見えていたからね。
「ですが、安心して下さい。」
「え?」
ジェシカは僕が昨晩2人の間では何も無かったと言う事を僕に伝えて安心させようとしているのだろうか?
「昨夜、私とダニエル先輩の間ではノア先輩が心配しているような事は一切ありませんでしたから。」
ああ、やっぱり思った通りの返答だ。それなのに次に飛び出してきたジェシカの言葉に僕は面食らう事になる。
「応援してますから。」
「はい?」
何をどう応援するって言うんだ?
「好きなんですよね?・・・・・ダニエル先輩の事が。」
「はああ?!ジェシカ、一体何を言ってるのさ?!」
「え・・・?ノア先輩とダニエル先輩は・・恋人同士なんですよね?」
何処をどうとれば僕がダニエルを好きだって話になるんだ?確かに最近はダニエルと一緒にいる時間が多いのは認める。だけど僕が好きなのはジェシカだ。それに今まで一度も異性なんか好きになった事などあるわけが無い!ひょっとすると・・ジェシカにまでそんな目で見られたって事は・・・他の連中にも僕とダニエルは恋人同士だと思われているのか?!
「ねえ、ジェシカ。君、本気でそんな事言ってるの?僕が?ダニエルを好きだって?
冗談じゃないっ!僕は生まれてこの方男を好きになった事なんて一度も無いからな!」
気が付けば僕はジェシカの両肩を掴み、ガクガク彼女を揺さぶっていた。
ジェシカに落ち着くように言われ、僕はようやく彼女の肩を揺さぶるのをやめた。
何とか落ち着かなければ・・・僕は深呼吸すると改めてジェシカを見つめた。
そしてジェシカは語り始めた。何故僕とダニエルが恋人同士だと思ったのかを・・・。それは驚きの事実だった。マリウスは常にジェシカにマーキングをしてくるときはキスをしてきたのだと。
「何だって?待って、ジェシカ。マリウスはマーキングと言っては君にキスをしてきたんだね?」
気が付けば僕は再びジェシカの両肩をに手を置き、力を込めて掴んでいたようだった。ジェシカの顔が痛みで歪む。
そして、そこへ現れたのがマリウスだった—。僕は改めてマリウスと正面から対面して気が付いた。今まで自分自身を少々危険な男だと言う事は自覚していたけれども、マリウスのそれは比じゃない。あの男こそ、恐ろしいほどの狂気の一面を奥底に持っている男だと言う事に。
間違いない。マリウスは下僕でありながらジェシカの事を愛している。
自分にとって害を成す存在と認めれば、徹底的に相手を排除しかねない男だろう。
今、正面からやりあってもまともに勝てる相手では無い・・・。
「・・・。」
僕は仕方が無く、無言でその場を立ち去るしか無かった・・・。
駄目だ、ジェシカ。マリウスはあまりに危険過ぎる男だよ。このままあの男の側にいれば今に君は・・・・。
5
おかしい、僕の知らない所で何かが起こっている。
あの終業式の日、ジェシカは言った。
明後日に国に帰ると—。
それなのに・・・何故未だにマリウスがこの学院に残っているんだ?
あれから5日経過しているんだぞ?とっくに国へ帰っているはずじゃ無いか?
しかも連日マリウスは朝早くから夜遅くまで何処へ行っているのか1日中学院を留守にし、毎晩疲労困憊といった様子で酷い有様で寮に帰って来る。
そんなマリウスを怪しんでか、国へ帰るはずだったダニエルも何故か居残りを決め込んでいる。
「ねえ、ノア。明らかにマリウスの様子がおかしいよね。」
ある日の午後、二人でセント・レイズシティのレストランで食事をしている時にダニエルが言った。
「ああ、確かにね・・・。先にジェシカだけ帰して一体マリウスはこんな所で何をしているのだろう?」
僕はそこまで言って思った。
・・・待てよ?あのマリウスがジェシカから片時も離れるはずは無いのではないか?ひょっとすると・・・。
何だか非常に嫌な予感がしてきた。
「どうしたんだ?ノア。何だか顔色が悪いようだけど?」
「あ、ああ・・・。ひょっとして、マリウスがまだ学院に残っているって言う事は・・ジェシカの身に何か・・・あったんじゃないかと思って。」
「何かって?」
ダニエルは驚いた様に言った。
「それは分からない・・・。でも今夜マリウスが寮に戻ってきたら、聞いてみよう。」
しかし、その夜マリウスが寮に戻って来ることは無かった—。
それは突然の出来事だった。
僕とダニエルが2人で学院のカフェでモーニングセットのコーヒーを飲んでいた時、突然マリウスが現れた。
「ノア先輩、ダニエル先輩、少々よろしいでしょうか?」
僕はまさかマリウスが自分から僕たちの元へやって来るとは思わずに、驚いた。
「な・・何だ?マリウスの方から僕たちの所へやって来るなんて。」
ダニエルはかなり焦っているように見えた。
「はい、実はジェシカお嬢様が誘拐されて5日が経過致しました。どうしても今迄行方が掴めず苦労しておりましたが、恐らくアラン王子ならジェシカお嬢様の行方を掴めるかと思い、本日お手紙を出させて頂きました。多分、あのアラン王子の事です。明日にもこの学院へ戻って来るのではと思います。そこでお二人にお願いがございます。どうかジェシカお嬢様救出の為、お力をお貸し頂けないでしょうか?」
そう言ってマリウスは僕たちに頭を下げた。
「は・・・?」
僕は初め、マリウスが何を言っているのか理解出来なかった。ちょっと待ってよ。
誘拐?ジェシカが?しかも5日も経過していて、未だに行方が分からないだって?!
「な・・何だって?マリウスッ!何故そんな重要な事を今迄黙っていたんだっ?!」
流石にこの話にダニエルは激怒した。
「それは当然でしょう?あなた方には関係のないお話ですから。」
何処までも一線を引いた様に話すマリウス。
「関係なくは無いだろう?僕たちがジェシカの事を好きなのは知っているくせに、そんな事を言うのか?」
僕はユラリと立ち上がると、殺気を込めた目でマリウスを睨み付けた。
しかしマリウスは僕の視線を真正面から受け止め、言った。
「何かおかしいですか?私はジェシカお嬢様の下僕ですが、あなた方は所詮同じ学院に通う学生と言うだけの共通点しか持ち合わせていないではありませんか?何か間違えた事を言っているでしょうか?」
「マリウスッ!貴様・・・っ!」
思わず殴りつけたくなり、拳を握った瞬間。
「ですが・・・もうこれ以上私にも余裕がなくなって参りました・・・。どうかこの通りです。ノア先輩、ダニエル先輩、ジェシカお嬢様を救出する為に・・・お願い致します。」
そしてマリウスは僕達に再び頭を下げてきた。
「そもそもジェシカは何処で誘拐されたのさ。」
僕は頬杖を付きながら尋ねた。
「はい、お嬢様が宿泊されたホテルの部屋から攫われてしまいました。当時フロントを担当しておりました間抜けな男の話では、お嬢様に荷物を預かって欲しいと連絡を貰ったと言う事で2名の配達員が台車を持ってやってきたそうです。そしてこの愚かな人間が部屋番号を案内してしまいました。帰り際には大きな箱が乗せられた台車を押して帰って行ったそうですよ。全く・・・相手がどのような人物なのか確認もせずにお嬢様の部屋を案内するなんて低能な人間なのでしょう!私は怒りの余り思わずつい、乱暴な行動を取ってしまいましたよ。」
顔色一つ変えずにペラペラとしゃべるマリウスに僕は・・恐らくダニエルも心底ゾッとしたに違いない。一体、フロントの男にどのような乱暴な行動を取ったというのだろう?聞いてみたい気もするけれど・・聞くのが怖い。それにしてもこの男、入学当初はこんな性格では無かったはずなのに・・・何故こうも豹変してしまったのだろう?いや、そもそも本来のマリウスはこのような性格なのかもしれない。
「そもそも何故ジェシカを探すのにアラン王子を呼んだわけ?」
事情を知らないダニエルはマリウスに尋ねる。・・・そんな質問をしてマリウスの逆鱗に触れなければいいのだけど・・・僕は内心ハラハラしながら2人の話を聞いていた。
「何故、アラン王子を呼んだかですか・・・?それはアラン王子のせいですよ。私はいつでもお嬢様を監視する事が出来るようにマーキングを付けておりました。それを・・終業式の前日、アラン王子が私の大切なお嬢様を誘惑して・・・私のマーキングよりも一層強いマーキングをお嬢様に付けたのですよ?私の大切なお嬢様に・・・っ!もうこうなると私にはお手上げです。不本意ながらマーキングを付けたアラン王子本人に頼むしか無かったのですよ。」
大切なお嬢様を連呼したマリウスはギラギラした目で、僕たちの方を向いているのにその視線はどこか遠くを見ていた。
・・・本当にマリウスは恐ろしい男だ・・・。ジェシカの事がなければ一生関わりたくない人間だと僕は思わざるを得なかった。
「そ、それで・・・僕たちは何をすればいいんだ?」
思わずマリウスの気迫に押されて声が上ずりながら質問をしてみた。
するとマリウスは笑顔で答えた。
「ええ、ノア先輩とダニエル先輩にはお嬢様が何処に居るのか発見した際に、そこへ乗り込んで誘拐犯達にジェシカお嬢様に手を出すと、どのような怖ろしい目に遭うのか分からせる為に徹底的に・・・二度とお嬢様に手を出す気が起こらないように叩き潰すお手伝いをして頂きたいのです。」
「「な・・・何だって・・・?」」
僕とダニエルが同時に困惑の声をあげる。
今マリウスは何と言った?つまり・・・相手が二度とジェシカに手を出さないように暴力行為をしろと言っているのか?
「それって・・・犯罪になるんじゃ・・ないか・・?」
ダニエルが恐る恐るマリウスに尋ねる。
「いいえ、それなら心配ご無用です。先に手出しをしてきたのはお嬢様を攫った誘拐犯ですよ?どんな犯罪も先に手を出した方が悪いに決まっているじゃ無いですか。」
駄目だ・・・。今のマリウスは正気じゃない。僕たちが何を言っても聞き入れるつもりは毛頭無いだろう。それなら従ったフリをして手を抜くしかない・・・。
僕は深い溜息をついた。
6
その翌日の夕方—
僕とダニエルはマリウスにセント・レイズシティのとあるカフェに呼び出された。
「何?わざわざ僕たちをこんな場所まで呼び出すなんて。」
僕はマリウスが座っている椅子の真向かいに座ると言った。ダニエルも僕の隣の席に黙って座る。
「はい、つい先ほどアラン王子が学院に戻って来たようですので、これから皆様方をお迎えに学院へ行ってまいりますので、お二人はこちらでお待ち頂けますか?」
「何だって?!もう着いたのか?!」
僕は驚いて大きな声を上げてしまった。
「し、信じられない・・・。確かアラン王子の国はここから何千キロも離れた大陸だったはずだよね?」
ダニエルも相当驚いている。
しかし、マリウスだけは平然と言った。
「恐らく途中で魔力供給をしながら移動魔法を使って学院に戻って来られたのでしょう。多分アラン王子程の実力であれば1度の移動で500Kmは飛べるのでは無いですか?」
僕はマリウスの話している内容を信じられない思いで聞いていた。こんな話を淡々と語れるなんて・・・本当にマリウスはどれほどの実力を兼ね揃えているのだろう。
「ねえ、何でアラン王子が戻ってきた事を知ってるのさ。」
ダニエルが最もな質問をした。
「私はお嬢様が誘拐されてからすぐに情報屋を雇いました。その彼等からアラン王子が戻ってきた事を知らされたのです。では、アラン王子を迎えに行ってまいりますので、後程。」
マリウスは頭を下げて店を去って行った。
彼が店から去ったその後・・・・。
「ねえ・・。」
ダニエルが口を開いた。
「何だ?」
「マリウスって・・・何者なんだろう・・・。」
「さあね。ジェシカの下僕って事しか分からないよ。」
僕は言いながら生ぬるくなってしまったコーヒーを口に運んだ。
それから程なくして、店内にマリウスを先頭にアラン王子、グレイ、ルーク、そして見知らぬ5名の騎士がやってきた。全員が疲労困憊している。特にグレイとルークは顔面蒼白になっていた。
「やあ、待っていたよ。驚いたよ。マリウスが手紙を出したのが今朝だって聞いていたのに、もう学院へ戻って来るなんてね。」
僕は手を上げてアラン王子達を手招きした。
彼等は何故僕たちがここにいるのか驚いていた様子だった。けれどすぐにジェシカ救出作戦の会議が始まった。
最初、アラン王子とマリウスはジェシカを巡って激しい火花を散らしていたけれども今はそんな話をしている場合じゃない。
ダニエルが間に入り二人の口論を止めると、いよいよ本題に入る事になり、マリウスはアラン王子に向き直ると言った。
「さあ、アラン王子。お疲れだとは思いますが早速お嬢様の行方をスキャンして下さい。あれだけ濃厚にマーキングされたのですから、探す事等お手の物ですよねえ?」
僕とダニエルはマリウスの余りにも無謀な話に言葉を失ってしまった。
「な・・・何だって?!今からスキャンしろと言うのか?!」
アラン王子が悲鳴じみた声をあげた。
それはそうだ、誰だってそう思う。なのにこんな無理難題を言って来るマリウスは・・・人の心を持ち合わせているのだろうかと疑いたくなってしまう。
「お、おい・・・。俺達はついさっき3000Kmも移動して来たばかりなんだぞ?せめて・・・今夜一晩休ませてからにしてくれないか?魔力切れで、椅子に座っているだけでもやっとなんだ。」
確かに言われてみればアラン王子も酷い姿をしている。肌は青ざめているを通り越して紙のように白くなっているし、光沢のあった金の髪もツヤを無くし、すっかり元気を失っているようにも見える。アイスブルーの瞳だって今は霞みがかかっている。
魔力切れ一歩手前だ。このまま更に魔法を使えば・・・命を落としかねない。
「チッ!」
これみよがしに大きな舌打ちをするマリウスに、その場に居た全員が凍り付く。
な、なんて恐れを知らない男なんだ?マリウスは・・・。
まるで人形のように美しすぎる位の容姿を兼ね揃えたこの男はもしかすると悪魔なのではないだろうかと一瞬僕は思ってしまった。
「分かりました・・・いいでしょう。無理に魔力を使い、アラン王子が倒れられても困るので。」
しかし、マリウスもようやく納得したのか渋々承諾した。そして各自その場で解散となったけれども、僕が自宅に帰らないと告げたことが気になったのか、アラン王子が僕に視線を送って来る。
「何?文句でもあるの?全員が当然の如く実家へ戻ると思わないで欲しいよ。中には僕のように家の事情で戻らない学生だっているんだからね。」
それだけ言うと、僕はそっぽを向いて寮へと戻った。アラン王子、人は誰でも君のように恵まれた環境で育っている訳じゃないんだよ・・・。
その日の夜はむしゃくしゃした気分で眠りに就いた。
7
翌朝—
寒空の下、マリウスを含めた僕たち11人は防寒着に身を包み、港へ集合している。
マリウスは挑発めいた言葉をアラン王子に投げつけるが、それを無視してアラン王子はジェシカを探す為、自分の付けたマーキングの位置をスキャンし始めた。
「・・・まだかなあ?」
ダニエルは臨時にセットしたテントの下で椅子に座ってコーヒーを飲みながら言った。
アラン王子がスキャニングを始めて1時間が経過しようとしている。
ひょっとすると長丁場になるのではないかと言う事で僕たちはテントを設置し、この中でアラン王子を待つことにしたのである。
「それにしても・・マリウスもよくやるよね。」
僕はポケットに両手を突っ込み、白い息を吐きながら言った。
「どういう意味さ?」
ダニエルは僕を振り返ると尋ねて来た。
「だって、他の皆はテントの中で休んでいるって言うのにマリウスだけはずっとアラン王子の近くでああやって見守っているんだから。自分だってそうとう寒いはずなのに。」
「まあ、確かにね・・・。」
その時、アラン王子が大声を出した。
「ついに見つけたぞっ!」
アラン王子はその場に居た全員に振り返ると言った。
「そうですか。やっと見つけたようですね。どの島なのかは目星がついたという訳ですね。」
アラン王子のすぐ傍に立っていたマリウスは腕組みしながら尋ねている。
「ああ、船でその近くまで行けば、はっきり分かる。」
アラン王子は嬉しそうだった。それは当然だろう、だってようやくジェシカの足取りが掴めたのだから。
よし、それならすぐに船を手配して出発だろう・・・僕たちは誰もがそう思っていた。なのにマリウスは言った。
「では夜になったら出発しましょう。」
「え?今から行かないのかい?」
訳が分からない。すぐにでも助けに行くべきなんじゃ無いか?
「ええ、こんなに明るいうちから船を出せば目立って相手にバレてしまいますからね。夜襲をかけます。」
マリウスは恐ろしい事をサラリと言った。
「夜襲・・・?」
流石にダニエルも眉を潜めている。
「まさか、暗闇に乗じて相手を襲うって事か?」
アラン王子も驚いたのか、声に若干の焦りを感じた。
「ええ、そうですよ。奇襲をかけるには夜が一番最適です。相手がどんな奴等で、何人位いるのかは分かりませんが、闇夜に襲えば相手は怯みます。そうですね・・・こうなったら徹底的に何もかも燃やし尽くすのも良いですね。ジェシカお嬢様に手を出せばどのような目に遭うか、この際相手に知らしめないと。」
何処か狂気の笑みを浮かべるマリウス。
その言葉を聞いて、恐らく僕を含めた全員が心底マリウスという男に恐怖を抱いたに違いない・・・。
8
その夜—
僕ら11人を乗せた船はアラン王子がジェシカの位置をスキャンした座標近くに停泊している。さすが用意周到のマリウスはこの港で一番性能が良い小型蒸気ボートを手配していた。
「さあ、アラン王子。どの島にお嬢様がいるのか教えて下さい、」
マリウスがアラン王子の隣に立ち、促した。
「ああ、もう分かっている。あの右手から数えて5番目の島にいる。」
アラン王子は暗い海に浮かぶシルエットの島をランタンでかざして指さした。
「そうですか・・・何処の輩か知りませんが、お嬢様を攫った事を死ぬほど後悔させなくてはなりませんね・・。」
またしてもマリウスが物騒な事を言っている。大分僕たちは免疫がついて来ているけれども、この中で一番危険なのはジェシカを攫った奴等よりも絶対にマリウス本人では無いだろうか?僕は少しだけ・・・ジェシカを攫った何者かにこれから起きる惨状を想像すると、気の毒に思うのだった。
なにせ、マリウスに触発されてなのか、アラン王子までやる気なのだからこれには流石の僕も驚いた。
「ああ、そうだ。どこのどいつか分からないがジェシカを誘拐した罪・・・償って貰わなければな。」
これがアラン王子の台詞とは未だに僕は信じられなかった・・・。
島の近くまで来ると僕たちは明かりと、船の動力を切って手漕ぎで島へと近づき、上陸した。
辺りは鬱蒼とした木々で覆われ、上を見上げても空が見えない程だった。
「アラン王子、位置は分かりますか?」
マリウスは先頭を歩くアラン王子に尋ねている。
「ああ、大丈夫だ。ここを真っすぐ行けばジェシカの元へ辿り着ける。」
そこから先は僕たちは無言で木々を避けながら森の中を歩き続けた。
そしてふいに目の前が開けたかと思うと、古めかしいけれども大きな館が現れた。
中は明かりが灯され、人々の気配がする。
ついに見つけた、ここにジェシカが—!
するとマリウスが僕たちに言った。
「いいですか、この木々に火を放ちます。」
!
その場にいた全員が言葉を無くした。
「お、おい。マリウス・・・本気で言ってるのか?火を放つって・・。そんなことしたら辺りは火の海になってしまうぞ?」
グレイはかなり焦っている様だった。それはそうだろう。当然の事だ。
何て物騒な事を言うのだろう。
「何を言っているのですか?私は本気ですよ?」
言いながらマリウスは突然右手を開くと炎の弾を浮かび上がらせ、僕たちが制止する間もなく後方の木々に向かって投げつけた!
ドーンッ!!
物凄い地響きと共に、マリウスが放った炎がぶつかった木から炎が出ている。
途端に屋敷中から大声で飛び出してくる柄の悪そうな男達が現れた。
「な、何だ?!貴様らはっ!!」
見ると彼等は全員剣を持っている。もう、こうなったら僕も腹を決めるしかない。
僕もマリウスに習い、炎の弾をぶつけて退路を作るように間隔を開けて木々を燃やしていく。
もう、そこから先は戦場だった。しかし、幾ら相手が剣を持っていたとしてもこちらはアラン王子が連れて来た騎士を含めて全員が魔法を使う事が出来る。
一方の彼等は誰一人魔法が使えないのか、1人、また1人と魔法攻撃によって倒れて行く。
戦いながらマリウスとアラン王子は必死でジェシカの名前を叫び続けていた。
「誰だっ!!お前たちはッ!!」
突然背後から何者かが僕たちに叫んだ。それをみた僕は息を飲んだ。
何だ・・・・?子供・・・少年・・か?
「おや、何ですか?貴方は。こんな所に子どもがいるとは驚きですね?」
マリウスは腕組みしながら少年に近寄った。
背後では至る所で火の手が上がっている。
「それはこっちの台詞だっ!お前達、どうやってこの島が分かった?何しに来たんだっ!あ・・もしかして・・お前らはジェシカの仲間なのか?!」
ジェシカ、その名前を聞いてマリウスがピクリと反応するのを僕は見た。
「ほう・・・貴方はジェシカお嬢様を御存知だったのですか?一体どういう事なのでしょう?」
「それよりも、こっちの質問の方が先だっ!お前達・・よくも俺の大事な部下たちを・・やってくれたなっ!」
少年は喚き散らした。
「何、部下だと?それではお前がジェシカを攫った首謀者なのか?」
アラン王子も子供相手に殺気走っていた。でも僕は2人が熱くなればなるほど、気持ちは妙に冷静になって来る
「ああ、そうだ、悪いか?!それにジェシカは絶対にお前達に渡さないっ!ずっとこの島に残って俺達と暮すんだっ!」
うわあ・・・マリウスとアラン王子の前で、とんでもない事をこの少年は言ってしまった・・。
僕は顔を押さえた。
その間にもダニエルやグレイ・ルーク、そして兵士たちがあちこちで戦っている気配を感じる。
「ならば・・・そんな気持ちが無くなる程痛めつける必要がありますね。」
マリウスは右の掌を上に向けた。
バチバチバチバチッ!
青白く光る球体が浮かび上がって来る。
え?マリウス・・・まさか本気でそれを少年にぶつける気じゃ・・?
そしてマリウスはその球体を少年に向かって投げつけた—。
「ウワアアアアッ!!」
激しい絶叫が辺りに響き渡った―。
僕は空中に浮かび、空からジェシカの姿を探していた。
まずいな・・・屋敷にも火が移っているじゃ無いか。ジェシカは何処に居るのだろう・・?
その時。
ジェシカが飛び出してきて、辺りを見渡しているのが見えた。
そして数メートル上空に浮かんでいる僕とも目が合い、驚きで目を見開くジェシカ。
けれど、すぐに視線を逸らして辺りをジェシカは見渡して、何事か呟くのを見た。
次の瞬間、ジェシカは自分の足元に倒れている少年を見つけると必死で名前を呼び始めた。
「ウィルッ!ウィルッ!お願い、しっかりして!」
その声は悲鳴交じりだったので、僕は呆然としてしまった。え・・・ジェシカ・・?
どういう事なんだ・・?でもいい。ジェシカが無事だったんだから。
僕は浮遊魔法を解いてジェシカの眼前に降り立つと笑顔で名前を呼んだ。
「ジェシカ。」
しかしジェシカは何故か僕を拒む。
「来ないでっ!」
さらに何故ここまで酷い事をするのだと僕を詰って来る有様だ。
そこへ騒ぎを聞きつけたのか、マリウスとダニエルも現れたのだが、ジェシカはそれでも頑なに拒否し、僕たちを激しく非難する。
これには流石のマリウスも戸惑っていると・・・何処からかジェシカの名前を呼びながら僕たちとさほど年が変わらない様な若い男が現れた。
男は怪我でもしているのか、ところどころから血が滲んでいる。
「レオッ!その傷は・・・・っ!」
ジェシカは助けに来た僕たちには見向きもせずに、レオと言う若い男の心配をしている。・・・何だか胸がモヤモヤする。
「貴方がお嬢様をかどわかした人物ですか・・・?」
マリウスはレオという男を憎しみを込めた目で睨むと言った。
「かどわかす?聞き捨てならないな?ジェシカはそんな女じゃないさ。」
な・・・何だ?その馴れ馴れしい言い方は?この1週間の間に2人の間に何かがあったのは確かだ。
そこへアラン王子はグレイ・ルークも現れ、場は一気に緊張が走る。
「久しぶりだな。ジェシカ。お前が無事で本当に良かった。さあ、早くこちら側へ来い。助けに来るのが遅くなって怖い思いをしただろう?」
アラン王子は笑顔でジェシカに手を差し出すが、ジェシカはそれには答えず少年の頭を抱え、レオと呼ぶ青年に謝罪を繰り返していた。
僕はマリウスとアラン王子をチラリと見たが、2人はまるで魂が抜けてしまったかのように呆然としている。
・・・余程ジェシカの態度にショックをうけてしまったようだ。
「な?何を言っているんだ?ジェシカッ!何故誘拐魔達に謝るんだ?!」
ダニエルはとうとう我慢できずに叫ぶと、逆にジェシカから激しい非難を浴びせられてしまった。
そして、その時・・・
「危ないッ!!」
ジェシカが突然男を突き飛ばした。
ヒュッ!
何かが風を切るような音が聞こえ・・・
ドスッ!
鈍い音が聞こえた。
男がジェシカの名前を叫ぶ。
僕たちが見たのは・・・胸に深々と矢が突き刺さったジェシカの姿だった―。
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