ノア・シンプソン 後編

9


物も言わず、倒れ込むジェシカを支えたのは青年だった。


「ジェシカッ!ジェシカッ!」

僕はまるで藻掻くように必死になってジェシカの元へ駆け寄った。

他の全員も駆けつけ、ジェシカを取り囲む。


「あ・・・。」


ジェシカは薄っすら目を開けた。何?何を話そうとしてるんだい?


「ゴホッ!ゴホッ!」


ジェシカは苦し気に咳き込みと口から激しく吐血した。

途端にジェシカのドレスが真っ赤に染まる。


僕らは全員泣きたい気持ちでジェシカを取り囲んでいる。


「お嬢様、どうか目を開けてくださいッ!」


あの冷血なマリウスが涙を流して叫んでいた。


「ジェシカッ!頼むっ!目を開けてくれっ!くそっ!誰だっ?!矢を放ったのはっ!!」


アラン王子は立ち上がると周囲を見渡して叫んだ。するとそこへ現れたのは何とも醜い1人の男だった。髪の毛はボサボサで前髪が伸びすぎて顔がよく見えない。

しかし、その男を見た時ジェシカを支えていた青年の顔つきが変わった。


「ジェ・・ジェイソンッ!!貴様かあっ?!」


僕は咄嗟に青年からジェシカを奪うように支えると、ジェシカの冷たくなっていく顔に手を当てた。


「う・・・ジェシカ・・頼むから・・・目を開けて僕を見てよ・・・。」

苦しい、胸が苦しくて息が出来ない位だ。


ダニエルも下を向いて嗚咽しているし、グレイやルークに至っては大声で叫びながら青年と一緒になり、ジェイソンと呼ばれた男を殴りつけた挙句、ロープで縛りあげていた。


「と、とに角お嬢様を救うために・・・何か方法を・・・。」


マリウスは涙を拭うと言った。


「くそっ!どうして今は・・・癒しの魔法を使える人間が誰もいないんだ・・・っ?!」


アラン王子は地面を殴りつけている。

癒しの魔法・・・・そうだ、随分昔は人々の傷を治療する癒しの力を持つ人々がいたと聞いたことがある。強力な癒しの力の担い手は時に使者をも生き返らせる力がある。けれども徐々にその数は減っていき・・今では誰1人として残っていない。


その時、マリウスが言った。


「ノア先輩、お嬢様をこちらへ渡してください。」


怖ろしく冷静な声でマリウスが僕に手を伸ばした。


「な・・・何をする気なんだよ?」


「移動魔法ですぐにお嬢様をセント・レイズシティの病院へ運びます。」


僕は言われた通り、ジェシカを託すとマリウスは彼女を抱き上げると瞬時に姿を消した。


「・・・俺達も行こう、グレイ・ルーク。」


アラン王子は2人に声をかけ、兵士達と共にマリウスと同様移動魔法でかき消えた。


「・・・ねえ、ノア。君はどうするの?病院へ行くかい?」


ダニエルは声をかけてきた。確かに、病院へ行くのも手だが・・・僕にはもう一つ気がかりな事がある。

僕は足早に縛り上げられている男の元へ行くと、声をかけた。


「・・・ねえ、君は彼等の仲間だよねえ?それなのに何故彼を狙ったのさ?」

僕は青年を指さすと言った。


「フンッ!」

男はそっぽを向き、意地でも話そうとしない。


するとジェシカがレオと呼んでいた男が代わりに答えた。


「こいつは・・ジェイソンって名前で俺達の仲間なんだけどな・・・。あんた達のような貴族を死ぬほど嫌っていて、ジェシカの事も気に入らなかったんだよ。」


「うるせえっ!レオッ!余計な話するんじゃねえっ!!」


噛み付くような勢いでジェイソンは喚いた。


「黙れっ!ジェイソンッ!」


レオはジェイソンの顔面を蹴り上げた。


「ガハッ!な、何するんだっ?!」


蹴られたジェイソンは悔しそうに言うが、再度レオに襟首を掴まれ殴られた。


「不意打ちなどしやがって・・・・貴様は・・最低な卑怯者だっ!」


「へっ・・・!どっちにしろあの女は助かるはずは無いぜ。あの弓矢にはたっぷりと毒を塗りつけてあったからなあ?何せ、あの毒は猛獣を倒す程の強力な猛毒だ。遅かれ早かれあの女はいずれ死ぬだろうよ。」


「うるせえっ!それ以上余計な口を叩くなっ!」


レオが再度殴りつけると、とうとうジェイソンは気絶してしまった。


「おい!猛毒って・・・本当なのか?!」


ダニエルはレオの胸倉を掴むと怒鳴りつけた。


「あ、ああ・・恐らくこいつの言ってる事は本当だ・・。こいつは昔から毒を好んでよく使用していたから・・間違いないはずだ。」


レオはダニエルから視線を逸らしている。


「・・・致死率は?」

僕は口を開いた。


「え?」


「だから、致死率はどれくらいなんだ?」

僕はレオを睨み付けると言った。


「お、恐らくは・・・・80%位・・・。」


「それじゃ、残り20%は助かるかも知れないんだよね?!解毒薬は無いのか?!」


僕は立ち上がると言った。


「む、無理だっ!解毒薬なんて・・・存在しない。それに合ったとしても今から24時間以内に与えないと・・・解毒薬の効果は現れないんだっ!」


レオは必死で首を振った。


「その言い方・・・本当は解毒薬はあるんじゃないの?」


ダニエルはレオに迫ると顔を覗き込んだ。


「・・・。」


しかしレオは口を割らない。だけど僕は薄々気が付いていた。このレオと言う男は恐らくジェシカの事を好きなのだろう。


「ジェシカが死んでもいいの?」


ピクリ。

レオの身体が反応した。


「君の仲間のせいでジェシカが死んでしまう・・・それでもいいの?」

僕は再度レオに問いかけた。


「駄目・・だ。ジェシカを見殺しにするなんて・・・俺には出来ない・・・っ!」


レオは顔を上げて言った。


「解毒薬になる薬草は・・・・今はもうこの地には生えていない・・っ!だが、魔界にはまだその薬草は生えていると言われているんだ・・・っ!」




10


「ま・・・魔界・・だって?」


僕は信じられない思いで呟いた。ダニエルも真っ青になっている。


「あ、ああ・・・。魔界といっても、ほんの入り口付近だ・・そこは草原がひろがっていて、七色に光り輝く花が僅かに咲いていると言われている。その花を根っこから全てを使って万能解毒薬が・・作られると噂で言われているんだ・・。」


噂?噂だって?


「おい、ふざけるな!噂だけで魔界へ行って花を手に入れるだって?そんな事出来るはず無いだろう?!」


僕は思わずカッとなってレオの襟首を掴んでいた。


その時、


「う・・・。」


足元で倒れていた少年が目を開けた。


「ボスッ!良かった。気が付かれたんですね?!」


レオが少年の足元に膝を付いた。


「あ、ああ・・・。全く酷い目に遭った・・・。それより一体何がどうなったって言うんだよ?」


「それが・・・。」


レオがこれまでの事を語りだした。

それを聞いている内にみるみるウィルの顔色が変わっていく。


「な、何だって?!それじゃジェシカは・・・ジェシカはどうなってしまうんだよっ!」


「で、ですから今解毒薬の話を・・・。」


レオはウィルに弱いのだろうか?どうも少年の言いなりになっているような気がする。


「俺は行くぞ。」


ウィルは言った。


「「「は?」」」


僕を含めダニエル、レオも同時に言った。


「ねえ、君。本気で言ってるの?魔界へ行くって事は門を開けないと行けないんだよ?あそこはセント・レイズ学院の騎士達が見張りをしているし、神聖な場所。一般人が近づける訳ない場所にあるんだよ?」


ダニエルは呆れたように言う。


「何だよっ!それじゃお前達はジェシカが死んでもいいって言ってるのか?!」


「そ、それは・・・。」

僕は言葉に詰まった。死ぬ?ジェシカが?死んで・・・永久に僕の前から消えてしまう・・・?

嫌だ。きっとジェシカが死んだら僕は今度こそ本当に立ち直れなくなるに決まっている―。


「僕は行くよ。」

ダニエル、レオ、ウィルを見渡すと言った。


「・・・俺は当然行くつもりだ。ジェシカは俺を庇って矢に射たれたんだからな。」

レオは立ち上がった。


「言い出しっぺは俺だからな。」

ウィルは僕とレオを見上げる。


「やれやれ・・・。皆揃いも揃って、魔界へ行くなんて・・。」


ダニエルは肩をすくめている。


「無理強いはしない。ダニエルの好きにすればいいさ。」

僕が言うと、ダニエルは言い返してきた。


「誰が、行かないって言った?当然行くに決まっているだろう?」


こうして僕たち4人はジェシカを救う為に、魔界へ薬草を取りに行く事を決めた—。




12


魔界の門—


 そこはセント・レイズ学院の神殿の門から行く事が出来る。神殿の門をくぐれば、そこが魔界の門へとつながる世界が広がっている。

<最果ての地>別名、『ワールズ・エンド』。神殿の門にも見張りがいる。まずはこの見張りをどうにかしなくては門をくぐる事が出来ないのだが・・・。



「おい、どうやってあの見張りの目を盗んで門をくぐろうって言うんだ?」


レオが小声で僕たちに話しかけて来た。


見張りの数は2名。決して少ない数とは言えない。何せ彼等は優秀な神官なんだから・・。神官?よくもそんな事が言える。癒しの魔法一つ使えないくせに!所詮彼等が使える魔法は攻撃を補助したり、防御魔法に特化しているだけなのだから。


「どうする。ノア。あの神官、相当魔力が高いよ。」


「まあ、俺に任せろよ。」


ウィルが突然名乗りを上げた。


「え?君に何が出来るって言うのさ?」


ダニエルが以外そうに言った。それはそうだろう。魔力も無い、こんな子供が出来る事なんか一つも無い。


ウィルは肩からカバンを下げていた。そこからコルク栓で蓋がされているビンを取出した。


「あっ!ボスッ!それは・・・我々の家宝じゃないですかっ。勝手に持ち出したんですか?!」 


何故かレオはその瓶を見て焦っている。

「ねえ、その瓶がどうしたのさ。どう見てもただの瓶にしか見えないけど?」

僕は不思議に思い、尋ねた。


「へへっ。あんた達、セイレーンって海に住む魔物を知ってるか?」


「セイレーン・・・?確か上半身は人間の女性だけど、手の代わりに翼が、そして下半身は、鳥の姿をしていると言われている魔物だっけ?」


ダニエルが思い出しながら話す。


「ああ、そしてこの魔物は歌声で船乗り達の意識を惑わせたり、時には深い眠りに誘う魔物なんだ。この瓶にはその歌声を封印してあるんだぜ。」


ウィルは得意気に瓶を見せると言った。


「ほら、あんた達。これを使えよ。」


ウィルが僕達に渡してきたのは耳栓だ。


「いいか、この耳栓を深く入れろよ?絶対にこの蓋の中に封印されている歌声を聞いたら駄目だからな。ほら、早く耳栓しろよ。」


ウィルに促され、慌てて僕達は耳栓をはめた。そしてそれを見届けたウィルは蓋を空けた―。


 途端にビリビリと揺れる神殿。僕達は耳栓をし、さらに耳を塞いでいる。2人の神官は崩れ落ちるように床に倒れていった。

それを見届けたウィルは蓋をすると、耳栓を外した。

僕等も彼に習って耳栓を外し、倒れている神官に近寄ってみる。

神官は白目を剥き、口から泡をふいている。


「よし、うまくいったようだな。行こうぜ!どうだ?俺を連れて来て正解だっただっろう?」


ウィルは得意げに言うが、彼以外の僕達は心配になった。


「ねえ、あの神官達、本当に大丈夫なのかい?」


ダニエルが心配そうにレオに尋ねているが、肝心のレオは無言で肩をすくめるだけだった。


邪魔な神官達を気絶させた僕たちは門の前に立ち、そっと扉を押した。

すると眩い光を放ちながら門の扉が開いていく・・・・。



『ワールズ・エンド』

そこは素晴らしい世界だった・・・・。今の季節は冬だと言うのに、温かい風が吹き、青々と生い茂る草原の世界。空は雲一つない澄み切った青空が広がっている。

本当にここが<最果ての地>なのだろうか・・・。


「すげえ・・・。俺、こんな綺麗な場所生れて初めて来るぜっ!」


ウィルは夢中になっている。


けれど僕は緊張している。何せ、これから魔界の門を守る騎士達と対面しなくてはならないからだ。恐らく彼等は絶対に通してくれないだろう。最悪・・戦う事になってしまうかもしれない。そうなると多分僕たちだけでは勝つ事等不可能だろう。

何せ、この騎士達は魔族とも対等に戦える程の実力を兼ね揃えた人物しかなれないのだから。

 僕は隣に立つダニエルをチラリと見ると、ダニエルも緊張しているのか、両手をしっかり握りしめ、無言で立っている。

多分まともに戦っても勝てるはずは無い。こうなったら誰かが囮になって、その隙に魔界の門を開けて中へ侵入しなくては・・・。でも門を開けた途端に魔物達が飛び出してきたら?

今迄怠惰に生きて来たこの僕が、こんなに緊張する場面に出くわすとは思わなかった・・・。


「おい、どうした?行かねえのか?」


レオが不思議そうに声をかけて来る。

そうだ、僕とダニエルとで何とか騎士たちの前に囮となって現れて隙をみてレオに侵入して貰って七色の花を探して貰うしか無いか・・・。


 そこまで考えていた時。


「あ!あそこに見えるあのでっかい門は何だ?!」


ウィルは遠くの方に巨大な門がそびえ建っているのを見ると、駆けだして行く。

あっ!なんて少年だ!折角身を隠しながら門に近付こうとしていたのにこれでは意味が無いっ!


「ノアッ!どうするんだ?ウィルのせいでまずい事になりそうだよ?!」


3人で走ってウィルの後を追いかけながらダニエルが声をかけてきた。


「分かってるよ!くそっ!あの子供のせいで・・・僕の考えていた計画がパアだ。」

僕も走りながらこの先どうすれば良いのか必死で頭の中で考えてみる・・・が、全く何も思いつかないっ!


「ボスッ!止まって下さいッ!危険ですよっ!」


3人で必死で走ると、ウィルが門を見上げて感嘆の声を上げていた。


「うわぁ・・・・す、すげえっ!こんな巨大な扉初めて見たっ!」


僕たちも初めて見るその門を見て衝撃を受けた。その門はまるで巨大な城のように大きく、もはや門と呼べる大きさのレベルを超えている。

この門の先に・・・魔界があるのか。しかし、違和感がある。何故この門を守っているはずの騎士がいないのだろう・・?



 その時、頭上から声が降って来た。


「何でこんな所に来ているんだい?君達は。」


そして何者かが空中から降りてきて、僕らの目の前に現れた。彼は学院の聖騎士の服に身を包んでいる。


「ここは魔界へ続く門だよ。早々に帰りなよ。」


この青年が、聖騎士なのか―。


僕は初めて見る聖騎士の姿に息を飲んだ・・・。


「おい、お前が聖騎士なのか?」


突然ウィルが彼に声をかけた。


「うん、一応はね。」


聖騎士はニコニコしながら答える。

え・・・何だ?本当に彼が門を守る聖騎士なのか?あまりにも今まで抱いて来たイメージと違い過ぎる。それに本来門は複数人の聖騎士で守っているはずだ。


ダニエルも同じ事を思ったのだろう。呆然とした顔で聖騎士を見ている。


「実はさ、頼みがあるんだ。俺の大事な女が毒矢を射たれて今にも死にかけているんだよ。俺の部下が言うには魔界には七色に光る花が咲いていて、どんな毒にも効くらしいんだ。その花を取る為にどうか俺達をこの中へ入れてくれよ。」


こ、この馬鹿ッ!何を正直にペラペラ話しているんだよっ!くそっ!こんなガキやっぱり連れて来るべきじゃ無かったっ!

恨めしそうな目でウィルを睨むと、ダニエルも同じことを考えていたのか冷たい視線でウィルを見ている。


 レオの方は頭を抱えている。成程・・こんな事は彼等にとっては日常茶飯事的なのかもしれない。


「う~ん・・・。でもこの門を開ける訳にはいかないんだよな。一応今の俺の役割はこの門を管理する立場にある訳だし・・。」


その時、ダニエルが口を挟んだ。


「ねえ、門を守る聖騎士って何人もいると思っていたけど、本当は1人で守っているものなのかい?」


「うん?普通は24時間交代で5人体制で守っているよ。でも俺の場合は1人だけどね。」


僕は彼の話を聞いて驚いた。それなら目の前のこの男は聖騎士の5人分の強さに匹敵する男って言う訳なのか?!


「あんた・・物分かりが良さそうに見えるな。少し尋ねたいんだが、仮にこの門を開けた場合、一体どうなってしまうんだ?」


レオが僕たちが尋ねたかった質問をしてくれた。


「うん?開けた場合?当然ここから魔族たちが通り抜けて俺達の世界に現れるよ。」


顔色一つ変えずに言う男に僕は戦慄を覚えた。この男は・・・マリウスと同じタイプの男なのかもしれない。!


「確かに・・・君達の言う通りこの門の先に草原が広がっているし、七色の花の噂は聞いたことがあるよ。万能薬だって話も聞いてるし、闇ルートで薬が出回っている話も聞いたことがあるね。」


な、何だって?!闇ルートで万能薬が出回っている?それならこの門を通らなくても・・・。


「でも言っておくけど、無駄だよ。その万能薬は所詮まがい物で、大量に作る為に何倍にも薄めてあるから所詮中身は水と同じだよ。」


「そんな・・・このままだとジェシカが・・・。」


ウィルががっくりと肩を落とす。しかし、聖騎士はジェシカの名前に反応した。


「ジェシカって・・・?もしかしてジェシカ・リッジウェイの事?」


え?何故この聖騎士がジェシカの名前を知っているんだ?

「そうだけど・・・ひょっとするとジェシカの知り合いなの?」


「知り合いって訳じゃないさ。ただ以前に一度話をしたことはあったけどね・・・。

そうか、ミス・ジェシカが毒に・・・。」


聖騎士は少しの間考えていたが、僕達に言った。


「よし、そういう事なら協力するよ。俺が魔界に行く。」


目の前に立つ聖騎士はとんでもない事を言って来た—。




13 


「だって、門を開ければ魔物が通り抜けてしまうんだろう?!無理に決まっているじゃ無いか?」


ダニエルが焦ったように言う。確かに僕もそう思う。この聖騎士は一体何を考えているのだろう?


しかし、聖騎士は信じられないことを言った。

「大丈夫、俺は門を開けなくても向こう側へ行く事が出来るんだ。」


「おい?そりゃ一体どういう事だよ?」


流石に門を開けないで向こう側へ行くという話にレオが首を突っ込んできた。


「空間転移魔法で、向こう側へ行くのさ。簡単な事だよ。」


「ま・・待てよっ!それは幾ら何でも無理だろう?元々僕達人間と魔界の魔法ではタイプが全く異なるんだ。そんな状況で空間転移魔法が使えるはずはないだろう?」


そうだ、学院で習った事がある。僕たちの使う魔界では全く使い物にならないと・・・。


「それが、俺には出来るんだ。だって俺は人間と魔族のハーフなんだから。」


聖騎士の飛んでも無い話に僕たちは衝撃を受けた。


「ええ?!う、嘘だろう?!」


ダニエルはあまりのショックで大声を上げた。僕だって驚きだ。余りにも驚きすぎて言葉が出てこない。


「こんな話、嘘ついても仕方が無いだろう?だから俺が聖騎士としてこの門を守っている時は門番は俺1人で大丈夫だから他に仲間はいないんだよ。君達は本当に運が良かったな。僕が門番の日で。他の連中だったら追い返されるか、戦ってボロボロにされるかのどちらかだったと思うよ?」


「・・・・。」


僕達は開いた口が塞がらなかった。だってそうだろう?まさか魔族とのハーフが学院で聖騎士をやっているなんて、誰だって信じられるはずが無い。でも、このチャンスを逃す訳にはいかない。


「頼むっ!あんたにしか頼めないんだ!ジェシカを・・・ジェシカを救うために花を取って来てくれっ!」


ウィルが必死で懇願している。


「いいよ、花さえ見つかればすぐに戻って来れるから、それまで君達がここの門番をしていてくれよ。」


聖騎士はニコリと笑うと一瞬で姿を消した。・・・・恐らく今彼はこの門の奥で花をさがしてくれているのだろう。


 それから約1時間後・・・。

突然目の前に聖騎士が現れた。手にはしっかり七色の花が握られている。


「やったっ!これだ!この花で間違いないっ!」


レオは花を受け取ると踊りださんばかりに喜んでいる。


「ありがとう、本当に君のお陰で助かったよ。」

僕も素直に頭を下げるが、何故か聖騎士の顔が曇っている。


「何?何かあったの?」


ダニエルがその様子を不審に思ったのか尋ねた。


「いやあ・・・実は・・・・。」


聖騎士が言いかけた時、僕達の背後で女の声が聞こえた。


「マシュー・クラウド・・。貴方私から逃げられると思っていたの・・・?よくも私が管理している大切な花を盗んでくれたわね?」


 そこに現れたのは魔族の女だろうか?尖った耳、やけに露出の多い衣服からは水色の肌が覗いている。瞳の色は真っ赤なルビーのような色をしていた。

美人・・・ではあるけれど、その身体から溢れて来る負の魔力に押されてしまう。


「い、いやあ・・・。相変わらず綺麗だね?フレア。」


マシュー・クラウドと呼ばれた聖騎士は愛想笑いをして何とか胡麻化そうとしている。


「そんな事を言っても胡麻化されないわよ。さあ、そこの人間。お前が今手にしている花を返しなさいッ!」


魔族の女は強い口調でレオに命令する。


「た、頼むっ!どうか1輪でいいから俺達にこの花を分けてくれッ!」


必死で懇願するレオ。


「人間・・・その花を育てるのにどれだけ手塩にかけて大切に育ててきたのか分かるのか?大切な物を奪われる気持ちを・・。」


ユラリと全身から怖ろしい気を放つ魔族の女。


「やめろっ!フレアッ!今ある女性が毒によって死にかけているんだ。どうかその花を彼等に分けてやってくれっ!」


「そんなの私には関係ない・・・さあ、早く返せっ!」


「待ってくれっ!」

僕はレオの前に飛び出した。


「お願いだ!どうしても救いたい命があるんだ。僕に出来る事なら何だってする。だから・・・どうかこの花を僕たちに分けてくれっ!」


すると魔族の女の態度が軟化した。


「あら・・・貴方・・・よく見るとすごく私のタイプね。それにどこか心の中に闇を抱えている所も魅力的だわ・・・。それなら、貴方に免じて花は分けてあげる。ただし・・・貴方が私と一緒に魔界に来るのを条件にね。」


魔族の女はとんでもない条件を押し付けて来た。僕を魔界へ?でも・・・それでこの花を分けてくれる・・・ジェシカの命が助かるのなら・・。

「分かったよ。君の言うとおりにする。」


「ノアッ?!本気なのか?!」


ダニエルが驚愕の声を上げた。ウィルもレオも言葉を無くしている。


「ねえ・・君、本気で言ってるのかい?魔界に行ったら、人間界の人達の記憶から消えてしまうんだよ?」


流石に聖騎士も心配そうに声をかけて来る。


「いいんだよ、僕が魔界へ行く事でその花をもらえるなら・・・僕は喜んで魔界でもどこでも行くよ。」

そうさ・・・どうせ僕の家には僕の居場所は無いのだから・・・。


「ふふ。その潔さ、気に入ったわ。それじゃ行きましょうか?」


「ノアッ!待てっ!」


ダニエルの手を伸ばす姿を最後に、僕は魔族の女と魔界へ消えた—。












 















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