アラン・ゴールドリック ②
4
「アラン王子、先程のあれは一体どういうつもりだったのですか?」
ジェシカ・リッジウェイが従者と食堂を去って行く後ろ姿を見ながらルークが尋ねて来た。
「ああ、ほんの挨拶だ。」
「挨拶?アラン王子自らですか?」
グレイが驚いて目を見開いた。
「そうだ。何かおかしいか?」
「いやいや、だって今まで王子から先に挨拶した事なんか一度も無かったですよね?どんな相手だって、みんなアラン王子よりも身分が低い方達ばかりだったし、御令嬢に至っては、率先して挨拶に来ていたじゃ無いですか。しかもアラン王子はそれを煩がっていた様子だったし・・・。あ。」
グレイは咄嗟に口を押えた。流石に言い過ぎだと感じたのだろう。
「俺だって自分から挨拶する時位ある。」
腕組みをすると俺は椅子に寄りかかった。
「まあ、確かに物凄い美人でしたからね。」
ルークが何気なく言った言葉に俺は驚いた。何?お前今迄女性に興味など持った事無いじゃないか?それなのに彼女には関心を示すのか?
「ええ。それ以前に中々ユニークな人物でしたよね。本当にあんなんで公爵令嬢やっていけてるんでしょうか?」
グレイが疑問を投げつけて来た。確かに俺もそう思う。彼女が公爵令嬢という高い身分で無ければ、あれでは他の貴族の女性達に白い目で見られるのでは無いだろうかと余計な心配までしてしまう。
「あ、それより王子。そろそろ学校案内が始まるので講堂に移動しなければなりませんよ。」
ルークが腕時計を見ながら言った。
そうか、ジェシカ・リッジウェイを探すのに俺は随分時間を取ってしまっていたようだ。俺は新入生の代表だ。遅れる訳にはいかない。
少し遅れて講堂へ入ると、途端に女子学生達の黄色い歓声が沸き起こる。・・煩い女どもだ・・・。少しはそっとしておいて貰いたい。
それより、彼女だ。先程の女は一体何処にいるのだろうか・・・。
キョロキョロ探し回っても人が多すぎて見つからない。暫く周囲を探していると、突然遠く離れた場所に立っているジェシカ・リッジウェイとバチッと目が合った。
何と言う偶然!あの女も俺の事を探していてくれていたのか・・・?
思わず笑顔になるが、その瞬間俺の表情は凍り付く。
嘘だろう?
ジェシカ・リッジウェイは自分の従者とぴったり寄り添い、腕を組んでいるでは無いか。
あの女・・・先程の俺の態度でまだ分からないのか?お前に関心があると態度で表したと言うのに・・・。それならもう一度・・・。
ジェシカ・リッジウェイに向かって人混みを掻き分けて近づこうとすると、何故か酷く焦ったような顔をする彼女。
自分の従者に何事か話しかけると、あろうことか2人で逃げだして行くでは無いか。
ほう・・・いい度胸だ。王子であるこの俺からお前は逃げようとするのか?
しかし・・・
「どちらへ行かれるおつもりですか?王子。」
笑顔で言いつつも眉間に皺を寄らせたルークに肩を掴まれてしまった。その一瞬目を離したすきに完全に2人を見失ってしまった。
くそっ!何故俺から逃げる?何故・・・!
しかし相手が悪かったな、俺は手に入らない物ほど欲しくなるのだと言う事をお前はまだ知らないだろう・・・。
運はまだ俺を見放してはいないようだった。幸いなことに俺はジェシカ・リッジウェイと同じクラスになれたのだ。
これならいつでもお前を見張っている事が出来る。
クラス案内で移動の最中、俺はジェシカ・リッジウェイを見つけた。しかも幸いなことにあの邪魔な従者がいないではないか。
しかも何故か1人、腕組みをして頷いている。本当に見ていて飽きない。まるで小動物の様だ。いや、それとも思い通りにならない気まぐれな猫・・・とでも言うべきか?
だが、これはチャンスだ—!
背後からそっと忍び寄り、わざと俺は彼女の耳元で声をかけた。
「またお前は面白い真似をしている様だな。」
ビクッ!!
彼女の肩が面白いぐらいに跳ね上がる。そして俺を恐る恐る振り返ってみるその顔に・・・少なからず俺はショックを受けてしまった。
何だ?何故そのように露骨に嫌そうな顔をするのだ?俺は王子だぞ?少しでも俺を敬うような態度を取れないのか?
「これはこれはアラン王子様・・・。」
嫌々俺に挨拶をしているのが手に取るように分かる。しかし、これはチャンスだ。
こんな事もあろうかと、俺は先程邪魔なグレイとルークを追い払っておいた。
2人で話をする絶好の機会だ。
何とかジェシカ・リッジウェイと話を進めようと試みても、彼女の反応はどれも今一つ。しかも俺から離れたがっているのが手に取るように分かった。
そうだ、俺がどれだけ女性達から人気があるのか、この女にも分からせてあげた方が良いのかもしれない。
先程俺は大勢の女性達から囲まれたのだが、別に気にな女性がいると言って追い払ったばかりだったのだ。そう、その気になる女性と言うのはまさに今目の前にいるお前の事なのだが・・・。
しかし、ジェシカ・リッジウェイから出てきたのは意外な言葉だった。
「それなら私の事など気にせずに、どうぞその女性の所へ行ってさしあげて下さい。」
何?本気で言っているのか?この女は相当鈍いのだろうか?それともわざと気付かないフリをしているのか?こうなったらもうはっきりと告げるしかない。
「だからここへ来た。」
「はい?」
それでもこの女は首を傾げるだけだ。
何て鈍い女なのだ・・・!
「2度も言わせるな。だからお前の所へ来たのだ。」
ストレートに告げた時。
「はい、では各自それぞれ自分の教室へ入って下さい。」
教員の声が響き渡った。その瞬間、俺ははっきりと見た。
ジェシカ・リッジウェイが明らかにほっとした表情を見せるのを・・・。
そうか、お前はそれ程俺と会話をするのが嫌だと言う訳か?こうなったら俺も意地だ。
何としても・・俺に興味を持たせてやる。
そこで俺は去り際に彼女の肩に手を置くと言った。
「待たな、ジェシカ。」
一瞬驚いた様にこちらを見るジェシカ。そう、その顔だ。
俺は絶対にお前を逃がさないからな—。
5
その日の夜・・・。
俺はグレイとルークを説得し、1人で夜の学院を散歩していた。すると何という偶然か。食堂の窓際にジェシカが1人頬杖を付いて窓の外を眺めているでは無いか。
しかもあの銀の髪の優男もいない。
やったっ!ついに2人きりで話が出来るチャンス!試しにジェシカに向かって手を振ってみるも、全く気がついていない。くそっ!こうなったらこちらから出向くしか無いか。
何なんだ?この女は・・・。すぐ側に俺が立っているのに全く気が付く気配も無い。ここまで鈍い人間は今迄見たことが無いぞ?
そこで、俺はわざとガタンッ!と大きな音を立てて椅子に座った。
するとジェシカが笑顔で顔を上げる。
「マリウス。早か・・・・・・え?」
途端に顔が強張るジェシカ。何故だ?何故そこまで露骨に態度を変えるのだ?
またあの従者と一緒なのか?
「今外からお前の姿が目に入ったので手を振ってみたが気付いてくれなかったようだから寄らせてもらった。何だ。またあの男と一緒なのか」
苛立つ声で俺は尋ねた。
「そうだったのですか?気付かず申し訳ございませんでした。確かにマリウスを待っておりますが?」
ジェシカは俺に頭を下げるが、どうも釈然としない。
「いつも二人は一緒に居て飽きないのか?」
何故か俺は意地悪な質問をしてしまっている。
「アラン王子様は今も御1人なのですね。」
今、俺の質問をスルーしたぞ?
「ああ、この時間は自分のプライベートな時間だからな。」
するとジェシカは真っすぐ俺の顔を見ると言った。
「そうですね。私にもプライベートな時間が必要ですから。」
ほう・・・つまり、それは今はプライベートな時間だから俺が邪魔だと遠回しに言っているのか?
中々やるな・・・。
「それはそうだな。俺達気が合いそうだ。」
内心のイラつきを隠しつつ、わざと俺は笑顔で答える。
そんな俺をジェシカは不審そうな身で見て来るのだが・・・突然席を立ちあがった。
引き留めようとするも、マリウスとか名乗る従者の元へ行こうとしているのを聞いて、思った以上に俺はショックを受けてしまった。
挙句に従者を大事な人と言い切るジェシカ。やはり2人の仲は・・・?一気に全身の力が抜け落ちる気がした。
いや、俺は大国の王子だ。今まで手に入れられなかった物は無い。例え、それが女であっても同じことだ。こうなったら少し意地悪な事をしなければ俺の気が済まない。そうだ。期限切れのサロンのチケットを渡し、ジェシカがサロンで困っている所に俺が現れて、アルコールをご馳走してやれば少しは俺は意識してくれるようになるのではないか?
・・・あさましい考えであることは分かっていたが、俺は期限切れのフリーチケットをジェシカに渡した。
しかし、結局ジェシカは来ることは無く、俺は1人待ちぼうけを食う事になってしまった—。
翌朝、俺は教室でジェシカが登校してくるのを待っていた。早く、早く来い。
ようやく教室に現れたジェシカを見て俺はまた凍り付く。
またか、またあの従者と一緒なのか?いくら何でも2人は一緒にいすぎではないか?
主と従者の関係と言っても、所詮は男と女。いくらなんでもおかしすぎる。
しかもあのマリウスはジェシカに恋心を抱いているのは、お見通しだ。あれでは自分の立場を利用して、必要以上に彼女に付きまとう、只の男では無いか。
2人を引き離さなくては—。
そう思った俺はジェシカの方へ近づいて行くと、真っ青な顔になってジェシカは俺から逃げ出すでは無いか。
途端にカッと頭に血が上る。くそっ!逃がしてたまるかっ!
するとグレイとルークから羽交い絞めにされた。
「何処へ行かれるのですか!王子!」
「もうすぐ授業が始まるんですよ?!」
「は、離せっ!グレイッ!ルークッ!」
何とか2人を振り切って教室から飛び出したが、時すでに遅し。完全にジェシカを見失ってしまった。
「「アラン王子っ!」」
俺を追って来たグレイ、ルーク。俺は彼等を睨み付けると言った。
「グレイ、ルークッ!何としてもジェシカを見つけ出すぞっ!」
「「ええ~っ?!」」
迷惑そうな声を上げる2人。何を言ってるんだ?お前たちのせいでジェシカを見失ってしまったと言うのに・・・協力するのは当たり前だろう?」
・・・しかしとうとう、午前中はジェシカを見つける事が出来ず、俺達は授業をさぼってしまう事になってしまった・・・。
午後は剣術の練習試合だった。
女生徒達が見学する中、俺達男子生徒はチェインメイルを着て、模造の剣をそれぞれ手にしている。
ジェシカはいるだろうか・・・?
辺りを見渡してみると、女生徒達の固まりから少し離れた場所にジェシカは1人座って見ていた。彼女の視線の先にはマリウスがいる。
チッ!またマリウスか・・・。
だが、俺は王族。幼い頃から剣術を叩きこまれている。誰よりも強い自信があるのだ。ジェシカもきっと俺の戦いぶりを見れば態度も変わって来るだろう。
俺の対戦相手は見るからに弱そうな男だった。こんな男の為に俺が剣を振るうのは勿体ないと思うが、これも授業の一環なので仕方が無い。
適当にやって、さっさと終わらせるか・・。
ガキイィッーンッ!!
相手の剣を弾き飛ばす。・・・・弱い、この男あまりに弱すぎる・・・。
しかし、周囲の女生徒達からは黄色い歓声が飛び、皆俺の事をうっとりとした目つきで見つめている。
よし、肝心のジェシカの方はどうだ・・・?
なっ・・・!
何だ?あの退屈そうな目は?!俺の事等微塵も興味が無いように何処か遠くを見つめている。ま・・まさか俺の今の試合を見ていなかったのか・・・?
それなら・・・。
俺はジェシカに近寄って行くが、未だに俺に気が付く様子はない。
「どうだ?見ていたか?俺の試合を。」
「ええ、見ておりました。流石はアラン王子様。お強いですね。」
嘘をつくな!お前が俺を見ていない事等、とっくにお見通しだっ!くそっ!
気に入らない。だが気付かない振りをして俺は次の試合も応援してくれと頼む。
そうすれば嫌でも俺の事を意識してくれるだろう?
順調に勝ち進んで、最終試合。やはり俺が見込んだ通り、最期に残ったのはあの男、マリウスだ。
あいつにだけは負けたくない・・・と言うか負けられないっ!
そこで俺は再びジェシカの元を訪ねて、次の試合に勝てたら俺にお前の時間を分けてくれと頼んだ。
周囲の女生徒は大騒ぎするが・・・何だ?ジェシカ。その嫌そうな顔つきは・・・。
お前、この俺が誘っているのだから嘘でも演技とか考え無いのか?!
しかし俺に恥をかかせては悪いと思ったのか、嫌々承諾するジェシカ。
だが・・・何故ジェシカはここまで俺を避けようとするのだ?理由がさっぱり思い当たらない。
それじゃまたな、と言ってジェシカの傍を離れて遠くから様子をそっと伺っていると、案の定ジェシカは動き出した。
必死で誰かを探している。まさか・・・マリウスを探しているのか?
俺もジェシカの後をつける事にした。
ついにマリウスを探し当てたジェシカは、何か詰め寄っている。
近くに寄って聞き耳を立てていると、絶対この俺に勝ってくれと懇願しているでは無いか。
ああ・・・そうか、ジェシカ。それ程俺と2人きりで出かけるのが嫌なのか?
なら意地でもマリウスに勝って、俺がいかに素晴らしい男なのか分からせてやるっ!
しかし、結果は引き分け・・・。俺の目論見は失敗に終わった・・・。
6
ここ数日間、俺は流感にかかり療養病塔に入れられている。
グレイとルークが交互に見舞いにやってくるが、ここ最近2人の様子がおかしい。
ジェシカの事を話すと、何故か饒舌に話し出す。しかも、あのルークもだっ!
もしや、2人ともジェシカの魅力にやられてしまったのだろうか・・・?
いや、きっとそうに違いない。
俺が流感で臥せっている間にきっと何らかの出来事があったのだ。こうしてはいられない。
俺は2人にジェシカをこの部屋へ見舞いに連れてくるように命令した。
露骨に嫌そうな顔をするグレイにルーク。
ほう・・・お前たちはこの俺に逆らうつもりかとでも言わんばかりにジロリと睨み付けると、観念したのか2人は頷いた。
自然に笑みが浮かぶのを押さえる事が出来なかった。
よし、今夜は2人きりで甘い時間を過ごせそうだ・・・。
療養病室でジェシカと少し距離が近づけたかと思っていたのに、気が付いてみると彼女の周りには邪魔な男ばかりが増えていた。
マリウスを始め、グレイ、ルーク、生徒会長に副会長、おまけに俺達が合宿に行っている間にダニエルとかいう訳の分からない男迄出て来て、しかも恋人を名乗っている!
さらに追い打ちをかけるようにジェシカ達が謹慎室へ閉じ込められている間に親交を深めたのか、ライアンという生徒会役員まで出て来るとは・・・。
まさかここまでライバルが増えるとは思わなかった。
なのに肝心のジェシカは、俺達の事をどう思っているのか気持ちがさっぱり分からない。
分からないのだが・・・。何故か、俺と生徒会長にだけは特別冷たい態度を取っている気がする。
あまりに理不尽過ぎる。あの生徒会長がジェシカから嫌がられるのはよーく分かる。
なのに、何故この俺まで不当な扱いをされなければならないのだ?
みろ!グレイやルークには笑顔で話をしているのに、俺と話をしようものなら未だに表情が強張っているじゃないか?何故俺はここまでジェシカに煙たがられているのだ?俺が王族だから?近寄りがたい人間だと思っているのか?
俺の心に迷いが生じる。いつまでも自分に振り向いてくれないジェシカを追い回していていいのだろうか・・?
だから付け込まれたのかもしれない。
俺に近付いてくる2人の女に・・・。
仮装ダンスパーティーの夜、ジェシカを探していたはずなのに突然俺の前に現れたアメリアという女に強く興味を持ってしまった。
気の強いピンクの髪の女に引っぱたかれたアメリアを放って置けなくなった。
ハンカチを取り出し、甘い声で彼女に話しかける。
一体俺はどうしてしまったのだ?噴水のある広場に彼女を連れて行く。
そしてハンカチを水で濡らし、彼女の赤く腫れた頬にそっと当てて手当しようとすると自分で出来ると、戸惑う彼女。
決して美しい容姿をしている訳では無いのに、何故だろう。目が離せない。
愛しくてたまらない。そっと彼女に触れるとビクリとするが、ジェシカと違い拒もうとはしない。
俺はそっと彼女を抱き寄せるが、抵抗する素振りも無かった。
もっと、もっと彼女に触れたい。
俺は・・・・アメリアに口付けをした―。
そんな俺を受け入れてくれる彼女。
そしてこの日、俺は彼女と2人で朝を迎えた・・。
この時には既にジェシカの存在は俺の頭の中から消え去っていた・・・。
7
それから数日後・・・アメリアと会う機会が減って来てから、また再び俺の中で
ジェシカに対する恋情が深くなっていく事に気が付いた。
一体俺はどうしてしまったのだ?
あれ程ジェシカを恋い慕っていたのに、あの瞬間全ての思いが消し飛んでしまった。
いや、それは俺だけに言える事では無い。
生徒会長、副会長、そしてダニエルまでがそうだったのだから。
あの3人も俺と同じで一時の間、アメリアに心奪われていたのだが、俺とほぼ同時期に彼女に対する気持ちは嘘のように冷め、再びジェシカの事を日々思うようになっていた。
そこで今回に限り、俺達は手を組んでジェシカと話をしようと言う事に決めた。
午前中の授業が終了した後に全員でジェシカに許しを請う事にした。
「ジェシカ・リッジウェイ、俺達についてきてもらう。」
生徒会長がいきなりジェシカを威嚇するように命じた。
「な・・・何故ですか・・?」
「重要な話だ。お前に拒否権は無い。」
俺がそう告げると、今にも半泣きになりそうな顔でジェシカは俺達の顔を順番に眺める。
違う、俺はお前を怖がらせるつもりなど微塵も無いのだっ!ただ、話しがしたいだけなんだ。
しかし何を勘違いしたのか、ジェシカは突然俺達に頭を下げると恐ろしい事を告げた。
この学院を早々に退学し、この地を去った後はどこか辺境の地へ赴いて、もう永久にあなた方の前に姿を現さないのでどうか許して欲しいと。
顔を上げたジェシカの目には涙が溜っている。
え?何を言っているんだ?この学院を辞めるだって?二度と俺達の前に姿を現さない?そんなの認められるかっ!お前が居ない人生はもう俺にとって終わりも同然。
結局、ジェシカの勘違いを正し、俺達は誠心誠意を込めてジェシカに謝罪をしたのだが・・彼女から返ってきた返事は「良いお友達でいましょう」宣言だった。
この一言で俺の恋は終わった―。
あれからどれくらい経過したのだろうか・・・。
俺はすっかり学院生活での希望を無くし、授業に出る事気力すら無くしてしまった。
まさか、これ程深くジェシカの事で傷ついていたとは我ながら驚きだ。
何とか学期末の試験は受けたが、散々たる結果だった。
もう終わりだ・・・俺はこの学院を辞めさせられ、国元へ戻り二度とこの学院に帰って来ることはないのだ・・・。
貼り出された成績を見た後、俺は朦朧とした意識の中、ふらふらと外へ出て行った。
一体俺は何処へ行こうとしているのだろうか・・・。俺の足は無意識にある場所へと向かっていた。
そこは俺とジェシカが初めて出会った場所。
確か・・・「見晴らしの丘」と呼ばれていたような気がする。俺はジェシカを始めて見た時を思い出し、彼女と同じ姿で横たわってみる。こうすれば同じ風景を見る事が出来るのではないか・・?
いつの間にか小雪が舞い降りて来ていた。身体も随分冷えてきている・・。
もういっそこのまま・・・・。
その時だ。誰かが俺の名前を呼んでいる・・・・。
薄っすら目を開け、俺は信じられない光景を目にした。ジェシカが心配そうに眼を見開き、俺を見つめているでは無いか。
ジェシカは俺の名前を呼ぶと、安堵したのかその場にへたり込んでしまった。
「ジェ・・ジェシカ・・・か・・?これは・・夢じゃないのか・・?」
するとジェシカは天使のように微笑むと言った。
「夢じゃありませんよ。アラン王子。」
「本当に・・・夢じゃないかどうか確かめたい・・。抱きしめさせて貰っても・・いいか・・?」
恐る恐る尋ねると、ジェシカは黙って頷いてくれた。そっとジェシカに触れると俺は彼女の背中に腕を回した。
温かい・・・。俺の腕の中にすっぽりはまってしまう程小さな体のジェシカは、すごく温かかった。そのぬくもりをもっと感じたくて、俺は強く彼女を抱きしめた。
「ジェシカ・・・ジェシカ・・ッ!」
俺は子供の様に泣きじゃくった。彼女の髪に顔を埋め、いつまでもいつまでも・・。
誰にも俺の居場所等探せないと思っていたのに、ジェシカはすぐに俺を探し出して、上着も着ないでここへやって来てくれた。
この時、俺は初めて自覚する。
これは恋なんかじゃない・・・・。俺はジェシカを愛しているのだと・・・。
だから、初めからやり直したい、と切に願った。
それにジェシカにも何か事情があるのか、俺に学院に辞めて貰っては困ると言ってくれた。
だから俺はジェシカに頼んだ。
「ジェシカが帰省するまでの間・・・俺の側にいてくれたら、もっと元気になれるし、安心して眠る事が出来る。それに食事もとれるようになれると思うのだが・・・駄目か?」
色々と横やりが入って来たが、晴れて俺とジェシカは同じ時間を過ごす事が出来るようになった。
夢にまでみたジェシカと2人きりの時間・・・。
今度こそ彼女に幻滅されないようにしなくては—。
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