第4章 5 朝の出来事
翌朝—
びっくりした。誘拐されてさぞかし自分自身が動揺しているかと思っていたのに、熟睡してしまうなんて・・・。
今朝も昨晩同様レオが私を起こしに来たのだが・・・。
「おい。ジェシカ、朝だぞ。起きろよ。」
誰かが私を揺すっている・・・。
「早く起きないとキスしちまうぞ?」
その言葉で一気に覚醒して目が覚める。パチッと目を開けると、またまた至近距離でレオが私を見つめているでは無いか。
「お?やっと眠り姫が目を覚ましたか?」
「・・・・。」
私はレオの顔を見つめ・・・
「!」
布団を頭から被った。
「え?おい?また寝る気か?」
頭上でレオの声が聞こえ、私は布団の中で言った。
「な、何してるんですか?!レオさん!ひ、人が眠っている部屋に・・幾ら何でも勝手に入って来るなんて・・・!非常識だと思いませんか?!」
「いやあ・・だって、とっくに朝食の時間は過ぎてるし、一応俺はジェシカのお世話係だからなあ・・。」
私は布団をはねのけると言った。
「お世話係なんて結構です!私は自分で自分の身の回りの事位出来ますから!」
「まあ、そう言うなって・・・。ボスの命令は絶対なんだからさあ。」
レオはお道化たように肩をすくめると言った。
はあ・・・全く・・・。所で・・・。
「あの・・・レオ・・。」
「ん?何だ?」
「私、着替えをしたいんですけど・・・何か私でも着る事の出来る服はありませんか?」
着の身着のまま、誘拐されてしまったのだ。しかも彼等は気が利かない?事にホテルにあった私の荷物すら持って来ていない。
「ああ、着替えねえ・・・。女性物の服がある事はあるんだが・・・・。」
レオはどこか困ったように頭をポリポリかきながら言った。
「え?あるんですか?だったら貸して下さいよ。昨日からずっと部屋着のままで着替えたいんです。」
「う~ん・・・。まあ仕方が無いか。」
レオは溜息をつくと、部屋の中にあるクローゼットを開けた。
「ほら、ここから好きな服を選ぶといい。多分・・・似たような背丈だし・・・着れるだろう?」
私はレオの背後からクローゼットの中を覗き込んだ。物凄い数の洋服がハンガーにかけられていた。
「うわあ・・・凄い!」
思わず感嘆の声をあげてしまう。どれも仕立てが良く上品なデザインで、私好みの服ばかりだった。
目に留まったのは白いブラウスに丈の短い紺色のジャケットにロング丈のフレア―スカート。うん、これなんか良さそうだ。
「あの、この服を着ても大丈夫ですか?」
「その服は・・・っ!」
一瞬レオは驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの表情に戻ると言った。
「ああ、いいぜ。着てみろよ。」
しかし、レオは出て行こうとしない。
「あの・・・レオ。」
「何だ?」
「私、着替えたいのですけど。」
「ああ、着替えると良い。」
「あの?ですから部屋を出て行って頂けますか?」
「ん?俺の事なら気にするなって。」
「いやいや、気にするのは私の方なんですけど。」
「お、おい?ジェシカ?そんなニコニコしながら燭台振り上げてどうするんだ?ま・・まさか・・どわっ?!投げつけるなよっ!」
私は問答無用でレオに向かって燭台を投げつけた。チッ。外してしまったか。
「レオさん、避けないで下さいよ。当たらないじゃ無いですか。」
「あ~・・・びっくりした・・って、本当に俺にその燭台をぶつける気だったのか?おい、貴族の御令嬢がするような事じゃないぞ!とんでもないじゃじゃ馬だなあ。」
レオは胸を撫でおろすように言った。
「レオが悪いんじゃないの。着替えたいって言ってるのに部屋から出て行かないのでやむを得ずの行動です。」
私は口を尖らせて言った。もうこんな男に敬語は使うのやめにしよう。
「わ、分かった。悪かったよ、ほんの冗談のつもりだったんだよ。それじゃ俺は部屋を出てるから、着替え終わった呼んでくれよ、」
今度こそレオが部屋から出て行くと、私はすぐに着替える事にした。
「わあ・・・。こうして着てみると、ますます素敵な服だって分かるわ。」
クローゼットに貼り付けられている鏡に全身を映してみると、我ながら良く似合っていた。
「あ、そうだった。レオさんを待たせていたんだっけ。」
私は部屋の外で待たせているレオの事を思い出した。
「お待たせ、レオ。」
部屋のドアを開けると、レオは壁に寄りかかって立っていた。そして私を見るなり、一瞬呆気に取られた顔をする。
「レオ・・・?」
何だろう?彼の反応は・・?
「あ、い・いや。つい姫さんの姿に見惚れちまって・・・。良く似合っているぜ?」
照れ臭そうに言うレオ。一体どうしたというのだろう・・・・。彼の反応が気になったが、問い詰めるのは辞める事にした。
「それじゃ、ボスが一緒に食事しようと待ってるから行くぞ。」
私はレオに連れられて、昨日と同じ部屋へ連れて行かれた。
「ボス、入りますよ。」
レオはドアをノックすると、返事も待たずにドアを開けた。ねえ、幾ら相手が子供でもそんな失礼な事してちょっと無礼なんじゃ無いの?大丈夫なの?と心の中で突っ込みをする私。
「ああ、来たか。」
ウィルは既に席に座っていたが、私を見ると目を見開き固まってしまった。
「ウィル?どうしたの?」
突然のウィルの様子が変わったので私は心配になり、ウィルに近寄って声をかけた。
「ウィル・・?」
彼の肩に手を置く。ウィルの口から小声で何かを呟く声が聞こえて来た。
「・・・さん・・。」
「え?」
もっとよく声を聞き取ろうと、ウィルの傍にしゃがみ込んだ私に、突然ウィルが首に腕を絡めて抱き付いて来た。
「母さんっ!良かった・・・生きていたんだね・・・。」
え?母さん?私の事を言ってるの?余りの突然の出来事に戸惑う私に尚も縋りつくように何度もウィルは母さん!母さん!と呼び続ける。
「ま、待って。ウィル!私は貴方のお母さんじゃ・・・。」
何とかウィルを宥めようとするが、彼はますます私に強く抱き付いてくる。
「ボスッ!落ち着いて下さいよっ!その人は奥様じゃありませんよっ!」
流石に見兼ねたレオが私からウィルを引き離した
「ほら、よく見てくださいっ!この人は奥様なんかじゃありませんよ!ジェシカですって!」
「え・・・・ジェ、ジェシカ・・・・?」
そこでようやく我に返ったのか、ウィルは私から恐る恐る身体を放して私を見つめた。
「ウィル・・・?」
私はウィルから目を逸らさずに名前を呼んだ。一体先程の彼は・・・?私に見つめられ、途端に顔を真っ赤にさせるウィル。
「な、何だっ?!ジェシカ・・・。お、お前だったのか!な・なんで・・・その服を着ているんだよっ?!」
口元を腕で隠す様にして、顔を真っ赤に染めたウィルはバッと私から離れると言った。
「え・・?レオさんから許可を頂いたから、この洋服を借りたのだけど・・・まずかったかしら?だったら、いますぐに別の服に着替えて来るけれども・・・。」
「い、いや。別に着替えなくたっていいさ・・・。良、良く似合ってるし。」
ウィルは私に背中を向けると言った。だったら、私もここは素直に礼を言っておくべきだろう。
「ありがとう。」
ニコリとほほ笑んだ言った。
「フ、フン。大体お前は起きるのが遅すぎだ。いつまで寝てるんだよ。」
ウィルは腕組みをすると、ドカッと椅子に座る。
「ごめんなさい。」
一応私は人質の身。ウィルを懐柔する為に極力歯向かうのは辞めておこう。
見ると何故かレオも一緒になって食卓に着く。
すると昨夜と同じ元海賊シェフがやってきた。
「お早うございます。ウィリアム坊ちゃん。今朝のメニューは坊ちゃんの大好きなフレンチトーストですぜ。」
言いながら、料理の乗った蓋を開けると、きつね色にこんがり焼け、蜂蜜のかかった見るからに美味しそうなフレンチトーストが現れた。
「わあっ!美味しそうっ!」
思わず感嘆の声を上げてしまった。
「そりゃそうさ、うちのコック長の腕前は素晴らしいんだぜ。」
ウィルは誇らしげに言う。レオも私と同じ食卓に着いた。
コック長は3人前の料理をテーブルに並べると、部屋を出て行った。
「レオも一緒に食べるの?」
「ああ、ジェシカを待っていたら食いそびれちまったからな。」
「そうなんだ・・・。それ程待たせちゃったんだね。ごめんなさい。」
レオにも反抗的な態度を取ってはまずいだろう。素直な気持ちで謝っておこう。
「何だ?さっきとは違って随分しおらしいなあ。」
レオは面白そうに私に言う。
「さっき?一体何があったんだ?」
そこへウィルが口を挟んできた。
「ええ、私が着替えをしようとしているのに彼がちっとも出て行こうとしないので、ちょっとその辺にあった燭台を彼に投げてぶつけようとしただけよ。」
さらりと言うと、これに驚いたのはウィルの方だった。
「な・・何だって?!レオッ!お、お前・・・な、なんて事をしようとしてたんだっ?!」
「まあまあ、ボス。落ち着いて下さいよ。ほんの軽いジョークですって。」
レオは軽いノリで言うが、ウィルは少しも気が収まらない様だ。
「い、いいか?!お、男が女の着替えを覗こうなんて、さ・最低な行為なんだからな?!」
「やっぱりまだまだお子様ですね~ボスは。」
食事を口に運びながら言うレオ。
「そんなんじゃ、いつまでたっても大人になれませんぜ?恋人だって作れませんよ?」
「う・煩い!黙れっ!よ、余計なお世話だっ!」
何故かムキになって起こるウィル。
う~ん・・・どんどん話はおかしな方向へずれていくなあ・・・。
私はこの2人の事は無視して、食事に集中する事にした―。
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