第3章 11 私が傷つけた?

 私とマリウスはホテルの部屋の前のドアで互いに見つめあっている・・・と言うか、私が睨み付けている。

それを頬を赤らめて見つめるマリウス。・・・このシチュエーションは久々かもしれない。

「・・・ねえ、マリウス。貴方は男子寮に帰ってくれる?」


「何故ですか?だってお嬢様は1人になるのが怖くて、このホテルに泊まる事にしたのですよね?」


マリウスは首を傾げながら言った。


「そうよ、だからもう大丈夫なの。だから貴方は帰って。」


ドアを開けて中へ入り、マリウスを締め出そうとしたのだが・・・。


ガッ!


マリウスは手と足でドアが閉じるのを防ぐと、スルリと部屋の中へ入って来てしまった。


「ち、ちょっと、マリウスッ!何やってるのよ!出て行ってったらっ!」

私の声が聞こえていないのか、マリウスはボストンバッグを置くと、部屋の中をキョロキョロと見渡す。


「素敵なお部屋ですね、お嬢様。でもいささか1人で宿泊するには広すぎるお部屋だと思いませんか?その証拠に見てください。あのベッドはダブルサイズではありませんか。2人で寝ても大丈夫な広さですね?」


意味深な笑みを浮かべるマリウス。


「はあ?!」

またマリウスが何やら恐ろしい事を言って来た。駄目だ、この男はやはり危険過ぎる。こんな発情期男と等一緒に泊れるはずが無い!


「じ、冗談はやめてよっ!いいから早くマリウスは寮に戻りなさいってば!こ、これは主としての命令よっ!」

ビシイッと言ってやるが、あっさりマリウスに拒否された。


「それは無理ですね。私は旦那様からお嬢様をお守りするように言われているのです。何人からもお嬢様をお守りするのが、この私の役目。ここは寮ではありません。お嬢様の身の安全を守る為にも私はこの部屋にいるのが務めです。」


 そして恭しく頭を下げる。だがしかしっ!マリウス。貴方が今の私にとって一番の危険人物。貴方がいっしょだと、私の身の安全を守れないのですけど?!

しかしマリウスは私の考えを他所に、持参して来たボストンバッグから何やら荷物を取り出して、整理を始めた。

・・・駄目だ、この男は完全にこの部屋に泊る予定だ。ならもう諦めて、これだけは伝えておこう。


「ね、ねえマリウスっ!」


「はい、何でしょう?お嬢様。」


「どうしてもこの部屋に泊るのなら・・・条件があるからね。」

私は腕組みをすると言った。


「条件とは?」


「貴方はこのソファを使ってよ。絶っ対に!ベッドには入って来ないでね!」

私はベッドを指さすと言った。


「ええ~そんな・・・。あれだけ広いベッドなのですから、私も休ませて頂けないでしょうか?」


悲しみの表情を浮かべるマリウス。思わずその顔に感情がグラリと傾きそうになったが、首を振った。いけない、マリウスに騙されては。あの男は策士だ。


「そんなにベッドで休みたいなら寮に戻ればいいでしょう」

ズバッと切り捨てるように言った。


「はい・・・承知致しました。お嬢様の仰せのままに致します・・・。」


項垂れるマリウス。少しだけ心が痛んだが、これはマリウスの魔の手から自分を守るための手段なのだ。



「お嬢様、昼食はどうされるのですか?」


荷物整理が終わったマリウスが私に尋ねて来た。


「う~ん・・そうだな・・・。」

そう言えばこのホテル、マイケルさんが教えてくれたんだっけ。お礼を伝えるついでにラフトを食べに行こうかな?その為には・・。


「ねえマリウス。今日はお互いに別行動を取る事にしましょう。」

マリウスをマイケルさんの所に連れて行けば、またどんなトラブルを起こすか分かったものでは無い。


「お嬢様・・・。」


マリウスがユラリと立ち上がって、私の方へと近づいて来た。

あ、マズイ・・・。何だか黒いオーラが立ち込めている気がするよ・・・。


ツカツカと足早にマリウスは私に近付いてくるので思わず後ずさり・・・足を滑らせ、床に転びそうになった。

いけない、転ぶ—!


「!」

マリウスが咄嗟に私の左腕を掴み、転びそうになったところを間一髪助けてくれた。

「あ、ありがとう・・・。」

礼を言うと、何故かマリウスが顔をクシャリと歪めて泣きそうな表情になった。

「マリウス・・・?」

次の瞬間私はマリウスの腕の中にいた。そしてマリウスは私を強く掻き抱くと、熱に浮かされたかのように呟き始めた。


「何故ですか・・・?ジェシカお嬢様。何故貴女は私を遠ざけようとするのですか?特定の男性達は受け入れるのに・・・!以前のお嬢様は・・・貴女みたいな方では無かったけれど、私だけのたった1人のお嬢様だった・・・。でも、私が強く惹かれるのは今のお嬢様なんです・・・!だから・・どうか拒絶しないで下さい・・・っ!」


 マリウスは酷く震えていた。私にはマリウスの言っている意味の半分は理解出来なかったけれども、ひょっとすると、私が別人である事にマリウスは気付いているのでは無いだろうか?

だけど・・マリウスの締め付ける腕の力が・・・。

「マ、マリウス・・離して・・・く、苦しい・・・。」

必死で声を絞り出す私。


その声に気が付いたのか、慌てて私から離れるマリウス。


「申し訳ありませんでした・・・。」


マリウスは項垂れて謝罪した。


「い、いえ・・・。」

私もかしこまった返事をする。何だかマリウスに酷い事をしているようで罪悪感で一杯だった。私はそれ程までにマリウスを今迄傷つけてきたのだろうか?


「少し・・・頭を冷やしてきます。昼食は・・・お嬢様の仰った通り、別々にとる事に致しましょう。」


そう言うと、私が止める間もなくマリウスは足早に部屋から出て行ってしまった。


「マリウス・・・。」


私は暫くの間、マリウスが出て行った部屋のドアを見つめていた―。



「やあ、お嬢さん。ラフトを食べに来てくれたのかい?」


あれから約1時間後・・・私はマイケルさんの屋台にやってきた。マリウスが出て行った後、ひょっとすると彼が戻って来るのでは無いかと、暫く部屋で待っていたのだが一向に戻る気配が無かったので、仕方なくマイケルさんの屋台にやってきたのだ。


「マイケルさんのお陰でいいホテルに泊まれる事になりましたよ。」


「そうかい、それは良かった。はい、焼き立てラフトお待ちどうっ!」


私はジュウジュウに焼けたラフトをお皿で受け取ると、屋台用のテーブル席へ移動して、フウフウ冷ましながら口に運んだ。

「うん、美味しい!・・・マリウスにも・・食べさせてあげれば良かったかな。」

ポツリと呟く。

最期に見たマリウスの寂しげな顔がどうしても頭から離れずにいた。

「マリウスには・・色々お世話になってるしね・・・。部屋に戻ってきたら親切にしてあげないと・・ね。」


 帰りに何かマリウスにお土産でも買って行ってあげようかな・・・。でもその時になって私は彼がどんなものを好きなのか分からないことに気が付いた。

一応読書が好きなのは聞いていたが、買って来たとしても同じ本を持っていたらまずいし・・・。ん?待てよ・・・?

考えてみたらこの世界は私が書いたファンタジー小説の世界では無いか。

マリウスはどんな設定キャラで書いていたっけ・・・?


 しばし、頭の中を整理する。

・・・そう言えば、マリウスは銀細工のアクセサリーが好きだった。どこかで売っていないかな・・・?


 私はラフトを食べ終えると、マイケルさんに尋ねる事にした。


「ご馳走様です、今日もとっても美味しかったです。」


「ありがとうな。また来年も是非来てくれると嬉しいね。」


爽やか笑顔で言うマイケルさんに私は尋ねてみた。

「すみません、この近くで銀細工のアクセサリーが売っているお店を知りませんか?」


「なら、この屋台村の外れの方に銀細工のアクセサリーを扱っているお店があるよ。」


「ありがとうございます!」

私は喜び勇んで、銀細工の屋台のお店に行って・・・・十字架のネックレスを一つ買った。

「これ・・・クリスマスプレゼントがわりに贈ればいいよね?」

独り言のように呟くと、私はポケットに包んで貰ったネックレスを入れて、ホテルへと戻って行った。


「マリウス・・・遅いな・・・。」

私は頬杖を付きながら椅子に座ってマリウスの帰りを待っていた。

あれから何時間も経過し、時刻はもうすぐ7時になろうとしている。

「私、そうとう傷つけてしまったのかな?」

溜息をつく。

「お腹も空いたし・・・食事に行こう。」

立ち上り、ホテルの部屋から出ると1階のレストランへと向かった。

メニューはグリルハンバーグステーキをチョイスする。


・・・すごく美味しかった!やはり料理が最高と言われているだけの事はあるかもしれない。

満足して部屋に戻るが、未だにマリウスの姿は無し。


「もしかして・・・男子寮へ戻ったのかな?」

そう思った私は、それならさっさとお風呂に入って身体を休めようと思い、入浴の準備をした。


「あ~、このお風呂、大きくて足が延ばせて最高っ!」

久々にゆっくり大きなお風呂に浸かった私は満足してバスルームから出て来る。

時計をチラリと見ると、時刻はそろそろ9時になろうとしている。


「マリウス・・・どうしたんだろう・・。」

これ程待っても帰ってこないと言う事は、やっぱり男子寮へ戻ったのだろうか?私はテーブルの上に置かれた包み紙をじっと見つめた。プレゼント・・・どうしようかな?


「そうだっ!」


紙とペンを持って来るとマリウスに向けて短い手紙を書いた。



少し早いけどクリスマスプレゼントです。

今日はごめんなさい。


それだけ書くと、メモ紙の上にプレゼントを置いて私は眠りに就いた・・。



 













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