第3章 3 パニック

「今夜は私の我儘に付き合ってくれてありがとう。それじゃ、また来学期に会いましょう。元気でね。グレイ、ルーク。」

私はアラン王子に叱責されないようにわざと言うと、グレイとルークの交互に握手をした。

「それではアラン王子様、失礼致します。」

頭を下げて、歩き始めるとアラン王子から声をかけられた。


「待ってくれ、ジェシカ。」


振り向くとアラン王子は何やら思い詰めた顔をしている。

「何か御用でしょうか?アラン王子様。」


「お願いだ・・・少し・・・ほんの少しの時間でも構わないから、話をさせて貰えないか?」


切羽詰まったように声をかけてくるアラン王子。一体何だと言うのだ?私にはもうアラン王子と話したい事等一切無いのに。

だが・・・仮にも一国の王子。無下に断る事等出来ない。

「そうですか・・・ご命令とあれば、お受けします。」


「命令・・・?」


何故か酷く傷ついた顔をするアラン王子。そんな私達をハラハラした様子で眺めるグレイとルーク。


「い、いや・・・命令と言う訳では・・・・。」


困ったように目を伏せるアラン王子。何だかそんな姿を見ていると私が酷い事をしているような罪悪感が募って来る。仕方が無い・・・。


「アラン王子様、お食事はお済ですか?」


「い、いや。まだだ。」


「そうですか・・・。外は寒いので、お話なら何処かのお店に入ってしませんか?風邪でも引きましたらいけないので。」


「え?い、いいのか?」


途端に明るい表情になるアラン王子。




 そして今、私達はサロンへ来ている。アラン王子は軽食とワイン、私はスパークリングワインを頼んだ。

そう言えば、今までに何回もサロンへ来ているが、アラン王子と2人で来るのは初めてだなあ・・・等と考えていると、カウンター席の隣に座るアラン王子から声をかけられた。


「何を考えているんだ、ジェシカ?」


「え?」

私は顔を上げてアラン王子の顔を見つめた。


「いえ、特に何も考えてはいませんでしたが。」


「そうか・・・。」


再び目を伏せるアラン王子。


「それより、私に何かお話が合ったのでしょう?どうぞ、話して下さい。アラン王子様も明日は早くご出発されるのでしょう?」

時計を見ると、既に22時を過ぎている。


「あ、ああ。そうだな・・・。早く帰って休まないと明日に響くからな・・・。」


私はアラン王子の前に置かれているサンドイッチに目をやる。・・・が、殆ど手付かずのままだ。


「お食事・・・召し上がらないのですか?」


「ああ。この所、あまり食欲が無くて・・・な。」


アラン王子の横顔を見ると、以前にもましてやつれてしまったようにも見える。

「お食事は・・・きちんと摂られた方が良いですよ。お国の方々も・・・心配されると思います。」


「すまない・・いや、すまなかった。」


いきなり謝罪してくるアラン王子。


「それは・・何に対しての謝罪ですか?お食事を摂れていない事の?それとも・・・本日の出来事についてですか?」


しかし、それには答えず私を見つめるアラン王子。


「俺が贈ったネックレスは・・・もうつけてくれないのか?」


え?ネックレス?そう言えば・・・あの日以来付けるのをやめていたんだっけ。


「ええ、そうですね・・・。思い出の品として箱に入れてしまってあります。」


「思い出の品・・・か。」


自嘲気味にフッと笑うアラン王子。


「俺が、どうしても会って話がしたいと言ったのは・・・分かり切っているとは思うが、他でもない。ソフィーの事なんだ。」


ああ、やはりそうか。と言うか、その話以外にあり得ないだろう。

「ええ・・・そうでしょうね。だと思いました。」

私はスパークリングワインを飲むと答えた。


「彼女がお前に乱暴な真似を働いて、助けてやれなかった事を謝らせて欲しい。」


頭を下げるアラン王子。


「お待ちください。アラン王子様から私に謝罪して頂く義理は一切ありませんので、どうか頭を上げてください。」

確かに太いつららが何本も自分目掛けて飛んで来たり、平手打ちされたのは痛かったが、全部それはソフィーがやった事。アラン王子には何の関係も無い。


「俺は・・・正直、ソフィーがあそこまで酷い女だとは思っていなかった・・・。生徒会長やダニエル・ノアはもうすっかり嫌気が差したと言って彼女の傍から離れて行ったよ。だが、俺は・・・。」


 アラン王子はそこで言葉を切って黙って俯く。

やはりそうか。

ソフィーの元々の狙いはアラン王子。生徒会長はさておき、ノア先輩やダニエル先輩にはそれ程強く固執していなかったと言う訳だ。

私はもう確信している。

ソフィーは私と同様、魅了の魔法を使えるか、強い催眠暗示でアラン王子の心を縛り続けているのだろう。

 可哀そうなアラン王子。

この世界のソフィーが私が小説の中で書いたソフィーの様に優しい心の持ち主だったらアラン王子も幸せになれるのに・・・。

 

「俺は・・・今日のソフィーを見て、心底ゾッとした。どこまで彼女はあさましいのだと思った。あんな人間は絶対受け入れてはいけないと頭の中では分かっているのにどうしても・・・あの目、あの声を聞くと抗えなくなるんだ・・っ!」


 アラン王子は両手で頭を押さえて俯く。何て気の毒なのだろう。

でも、アラン王子の心配ばかりしている場合では無くなってきた。

生徒会長達はソフィーの呪縛から逃れることが出来た。けれどもアラン王子は?

心の中では彼女を嫌悪しているにも関わらず、離れることが出来ない。となれば・・

私が夢で見たあの時の状況が現実となってしまうのではないだろうか?

どうしよう、どうすればいい?

ソフィーによって囚われたアラン王子の心をどうすれば解放する事が出来るのだろう?

 ああ、もう!お酒に逃げたくなってしまうっ!

気が付けば私はスパークリングワインを2本も空けてしまっていた。

グラリ。

私の頭が大きく傾く。

アラン王子も食事には殆ど手を付けずにワインばかり飲んでいる。


やがて・・・すっかり酔いが回ってしまった私はうつらうつらしながらアラン王子の話を聞いていた。


「ジェシカ・・・。俺を助けてくれないか?このままでは俺の心は本当にソフィーによって囚われてしまいそうだ。あの女は・・・まるで魔女だ。」


気が付けば、私はアラン王子の肩にもたれるように座っていた。

「助・・ける・・?」


「ああ・・。俺を助けられるのは、もうジェシカしかいない。」


アラン王子の声に熱が籠っている。きっと王子も相当酔っているのだろう。


「どう・・・やって・・・?」

私しかアラン王子を助けられない?でもソフィーによってアラン王子の囚われそうな心を救う事が出来たなら、自然と自分の不幸な未来を回避できるのであるとしたら・・・。

でも何故私しか出来ないと言うのだろう?

「わ・・私には・・他の人達のように・・魔法を使えないのに・・?」

駄目だ、酔いが回る。やっぱり飲みなれない種類のお酒は飲むべきじゃ無かったかも・・・。


「ああ、ジェシカにだけしか出来ない。何故なら俺が本当に心惹かれた女性はジェシカだから。お前なら俺の呪縛を・・きっと解けるはずだ。」


何故か抱き寄せられたかのような感じを抱いた。

そうか、それなら・・・。

「わかり・・・ました・・。」

でも、どうやって・・・?

そこから先の記憶は覚えていない—。



翌朝—


私は見知らぬ部屋でパニックを起こしていた。

う・・嘘でしょうっ?!

何で何で何で?!

目が覚めた私は自分が何も服を着ていない事に気が付いた。そして隣には私と同様の姿でスヤスヤと眠っているアラン王子。


震える手で床に落ちているシーツで身体を包むと、自分の服を探す。

みるとご丁寧にテーブルの上に畳まれて置かれているではないか。

服を掴み、バスルームを捜した。

あっ!あった! 

バスルームに駆け込むと大急ぎで服を着る。

着替え終わると、そっとベッドルームを伺う。

アラン王子はぐっすり眠っているようだ。

い、今のうちに・・・。

私は逃げるように部屋を飛び出した。


どうしようどうしようどうしようーっ!!

頭の中はパニックを起こしていた・・・。















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