第3章 1 ピンチ
午後5時に女子会はお開きとなり、皆とにこやかに手を振って私達はそれぞれの自室へ戻った。
荷造りはほぼ終わっている。セント・レイズシティへ自分の不要になった衣類やアクセサリーをかなりの量売ったので、大分私の手持ちの荷物はすっきり片付いた。
トランクケースでおよそ2つ分。これだけが今回私が実家へ持って帰る量。
私はベッドに寝転がると天井を見上げた。
つい最近までは帰省中に遠い地へ逃亡を企てる事しか考えていなかった私だが、今日の出来事で、完全にその気持ちは揺らいでしまった。
改めて友情の絆が深まった、エマ・リリス・クロエ・シャーロット・・。
そして新しく出来た友人のミリア・ハンナ・クレア。
彼女達とはどうしても別れがたい。
「やっぱり、学院に戻って来ようかな・・。今日の出来事でアラン王子達がソフィーを見る目が大分変ったような気がするし。」
最期にあの場を去る時に私は一度だけ、ソフィー達の方を振り返った。アラン王子達はソフィーに付き添っていたが、彼等の目はとても冷たい視線に感じた。
もしかすると、アラン王子達はもうソフィーに興味を無くしてしまったかもしれない。
だとしたら・・・自分の運命を変えることが出来のでは無いだろうか?
しかし一番気がかりな事がまだ残っている。
それはアラン王子だ。
私が初めて見た予知夢?では生徒会長達は私を庇ってくれた。只、アラン王子だけはソフィーに言われるままに私に罰を下したのだ。
更に2回目に見た夢では私が必死で逃亡している所をソフィーと共に馬に乗って捕まえにやってきた。
アラン王子は今もソフィーの事を好きなのだろうか?もし未だに彼女に心奪われているとしたら、彼女の言うがままに私を悪女に仕立てて捕らえる事等造作も無いだろう。・・・国に帰る前に確認しておかなければ安心出来ない。状況によってはやはり私は冬の休暇の間に逃げなくてはならくなってしまう。
どうする?男子寮まで行って、グレイかルークにアラン王子の事を尋ねてみようか・・?でもそんな事をして知り合いに見つかれば何かと厄介だ。
「そうだ、私が誰か分からないように変装していけば・・・。」
確か以前に仮装ダンスパーティーで使用した小道具があったはず。
恐らくマリウスは忙しいと言っていたのでばったり出会う事は無いだろうし、ここはあの時の変装で出かける事にしよう。
数分後―。
「よし、完璧。」
鏡の前で自分の姿を写してみる。
シルバーの髪を結い上げたヘアスタイルに、変装用の眼鏡。
そして白いエプロンを付けた黒いロングワンピース。
「これなら私がジェシカだってばれないよね。」
鏡の前でクルリと一回転してみせる。私はグレイとルークに今夜7時に女子寮付近で会いたいとメッセージを書き、男子寮へ向かった。
「それではこちらの手紙をグレイ・モリス、ルーク・ハンターの部屋に届ければ良いのですね?」
男子寮に駐在する守衛の男性はメモを受け取ると私の姿をジロジロと見つめる。
う・・・何?この男性の目踏みするような眼つきは・・・。
「は、はい。よろしくお願いします!」
頭を下げると私は逃げるように男子寮を後にした。ふう・・・一体今のは何だったのだろう?
女子寮へ向かって、トボトボ歩いていると突然背後から声をかけられた。
「おい、そこのメイド。こんな所でなにをしているのだ?」
ビクッ!!
そ、その声は・・・・。
恐る恐る振り返ると、ああ・・やはりそこに立っていたのは生徒会長だった。
何と答えれば良いか分からず、愛想笑いをすると再び同じ質問を受けた。
「一体こんな場所で何をしたいたのだ?他のメイド達はもう仕事が終わり、宿舎へ戻って行ったぞ?ん?それとも新人か?迷子になってしまったのなら俺が送って行ってやるぞ?」
そ、そんな親切な事しなくて大丈夫だってば!
「い、いえ。大丈夫ですので。どうかお気になさらずに・・・。」
慌てて踵を返し、足早に立ち去ろうとして私はワンピースの裾を踏んづけてしまった。
いけない、転ぶ―!
ガシッ!
背後から腕を掴まれ、私は転ぶのを免れた。恐る恐る見上げると生徒会長が私の両腕を支えて転ぶのを抱きとめてくれたのである。
「危なかったな、気を付けるんだぞ。」
生徒会長は私から離れると言った。
「は、はい。ありがとうございます・・・。」
お礼を言って立ち去ろうとすると、再び生徒会長に呼び止められた。
「おい、待て。」
も~っ!一体何なのよ?
「はい、何でしょう?」
眉間にしわがよりそうなのを必死に我慢しつつ、私は返事をすると生徒会長は言った。
「お前の顔・・・何処かで見たことがあるな・・・?」
生徒会長は顎に手をやりつつ、私の顔をマジマジと見つめる。
う・・・ま、まずい・・・!
「さ、さあ?気のせいではありませんか?何処にでもある顔ですから。」
一歩後ずさると私は言った。
「いや!お前のような顔立ちの人間が何処にでもあるはずは無い!そうだな・・よし、俺が思い出すまで少し付き合え。」
言うと生徒会長は私の左腕を掴むと、大股で歩き出す。
や、やだ!離してよっ!焦る私。このままでは正体がバレてしまうかもしれない。それどころか、グレイとルークの待ち合わせに間に合わない可能性も・・・!
何、この状況。
私は今生徒会長とカフェに来て、丸テーブルに向かい合わせに座らされてた。
暴君生徒会長は黙ってホットココアを飲んでいる。
どうして私は今、ここにこうしておっかない生徒会長と一緒にいるのだ?
じっとテーブルの上のコーヒーを見つめていると、声をかけられた。
「どうした?飲まないのか?冷めるぞ?」
不思議そうな顔で私を見つめる生徒会長。
ここで不審な態度を取ればますます疑いの目で見られてしまうに決まっている。
「い、いえ・・・では頂きます。」
カップを手に取り、一口飲む。ゴクリ。うん、美味しい。
「う~む・・・しかし、見れば見る程誰かに似ている・・。」
相変わらず無遠慮にジロジロ見つめて来る生徒会長。普段はポンコツのくせに、たまに妙に勘が鋭い時があるので困った男だ。もうこうなったらさっさとコーヒーを飲んで退散しよう。
私は一気にコーヒーをあおると、言った。
「それでは飲み終えたので、私はこれで失礼します。」
席を立とうとしたのに止められた。
「まあ、いい。俺の良く知っている人物に似ているお前に聞いて欲しい事がある。」
あの?私、失礼しますと言ったんですけど?
「実は俺はある女生徒と入学式の時に運命的な出会いを果たした。」
はいはい、それは私の事ですよね?
「彼女は俺の運命の相手で間違いは無いと一目見た時に直感でそう思った。生涯の伴侶となる女性がまさか突然目の前に現れたのだから、これほどの衝撃は今迄感じた事が無かった。」
生徒会長は遠くを見るような眼つきで語る。一方、私の心境は穏やかではない。
何?何寝ぼけた事言ってる訳?こ・・怖すぎる・・っ!あまりの恐怖で震えを押さえるのがやっとだ。駄目だ、この男はあまりに妄想癖が強すぎる。こんな事なら強引に病院へ連れて行き、脳の検査を受けさせるべきだった—!
「おや?どうした?先程から顔色が悪いようだが・・・?」
生徒会長は私の顔色が青ざめているのに気が付いたのか、声をかけてくる。
「い、いえ。大丈夫です・・・お気になさらずに・・・。」
言った後で激しく後悔した。
ああっ!私の馬鹿!気分が悪いとでも言えばこの場を解放して貰えたかもしれないのに・・・!
「俺は一生懸命彼女を愛でようとしたが、照れ屋の彼女はいつも俺から逃げようとしていた。そこがまた可愛いのだが・・・。」
いいえ、照れて逃げていたのではありません!心底、嫌だったから、逃げていたんですっ!
「だが、ある日・・俺は別の女性に恋してしまったっ!俺だけじゃない、彼女に横恋慕していた他の男共も、突然にだ!」
アメリアの事を言ってるのかな・・・?
「その女性には一緒にいる意地の悪いピンクの髪の女がいつも付きまとっていて・・・何かと俺達に熱烈にアプローチしてきたが、俺を含めて他の男共も、最初は誰も相手になどしてこなかった・・・・はずだったのに、気が付いてみると俺達はピンク髪の女の虜になっていたのだっ!」
何故か悔しそうに語る生徒会長。やはり、ソフィーの取り巻きになったのは自分の意思では無かったのかなあ?
「そして、今日決定的な事が起こった!俺の愛を取り戻そうと彼女が戻って来たのだ!」
生徒会長は恍惚の表情を浮かべると叫んだ。
え?ちょっと待ってよ。愛を取り戻す?一体何の事?
「彼女は見事にピンク髪の女の悪事を友人達と暴き、再び俺達の前から姿を消してしまった・・・・。」
がっくりと項垂れる生徒会長。
別に私は愛を取り戻すとか、悪事を暴く為にあんな事をしたわけでは無い。でも弁明するのも面倒だし、このままでいよう。
でも今の話しぶりだと、恐らくはソフィーに対する気持ちは冷めている。
まあ、それだけ聞ければこの時間も無駄では無かったのかも・・・。よし、今度こそ帰ろう。
「お話は済みましたね?それでは失礼します。」
「おい、まだ俺の話は・・・。」
生徒会長が何か言いかけたが、私は逃げるように席を立つと急ぎ足でカフェを出て行った。
「ふう・・・危ない所だった・・。」
「おい!待て!そこのメイド!」
何と生徒会長が追いかけてきている。に、逃げなくてはっ!
私はスカートの裾をまくると走り出した。
「お、おい?何故逃げるっ?!」
それでも無視して走り続けたが、体力のないジェシカの身体。
あっという間に生徒会長に回り込まれてしまった。
「何故、俺から逃げた?」
ジロリと睨み付ける生徒会長。う・・・そ、それは・・・。
「も・・・門限が・・門限が近いからですっ!」
咄嗟に嘘をつく。
「何だ、そんな事か。だったらそう言えばいいのに。」
言いながら私の前にイヤリングを差し出す。
「ほら、落とし物だ。」
あ・・・いつの間に・・・。
「あ、ありがとうございます。」
受け取った私に生徒会長が何かに気付いたかのように言った。
「おい、随分髪型が乱れているぞ?」
そう言って私の頭に手を伸ばし・・・
ズルリ。
カツラが完全に外れてしまい、私の栗毛色の髪の毛がバサアッと広がる。
し、しまった—!
生徒会長の顔が驚愕の表情を浮かべる・・・。
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