第2章 10 悪夢

「お嬢様、お酒を作っている間に入浴でもされてこられたらどうですか?」


マリウスがバーカウンターの中でソファに座っている私に突然声をかけてきた。


「ふえッ?!お、お風呂へ?!」

し、しまった・・・驚きの余り変な返事をしてしまった。一体この男は何を言い出すのだ?私にお風呂に入って来い等と・・・!


「クックッ・・・何ですか?今の返事は。」


マリウスは氷をアイスピックで割りながら肩を震わせて笑っている。


「む、無理よ!だって着替えとか持って来ていないもの!」

私はわざと強気な態度で言う。駄目だ、絶対に私の動揺をマリウスに知られてはいけない!


「大丈夫ですよ。お嬢様。私がちゃんとバスルームにご用意させて頂きましたから・・。さあ、どうぞお入りになってきて下さい。」


 言われてみれば確かに今日は色々な事があり過ぎたのでシャワーを浴びてすっきりしたいのは山々だ。それにこの部屋でマリウスと2人きりでいると、今にも息が詰まりそうだ。それなら・・・バスルームへ行って来た方がましだ。

「ワ、ワカリマシタ。」

う、台詞が棒読みになってしまう。


私はすぐに立ち上がると、逃げるように部屋を後にした。ところでバスルームはどこだろう・・・?場所が分からないのであちこち部屋のドアを片っ端から開けてみる。

それにしても何て広い部屋なんだろ・・・っ!

私は今自分が明けた部屋を見て、心臓が飛び上がりそうになった。

な・・・何なのよ・・こ、この部屋は・・・・っ!

そこは薄暗い部屋で不自然なほどに大きなキングサイズのベッドが置いてあり、小さなサイドテーブルがあるだけの部屋だった。

灯り取りの為か、サイドテーブルにはランタンが置かれている。床には分厚いカーペットが引かれ、窓には豪華なドレープカーテンが付いた、いかにもな雰囲気がありありと漂っている部屋である。

ま、間違いない・・・こ・この部屋は・・・っ!

心臓がバクバクしてくる。ま、まさかそんな事は無いよね?!だってマリウスは私に指1本触れない約束をしたのだから・・。

よし、ここはマリウスを信じ・・よう!


 私は逃げるようにその部屋を後にし、ようやくバスルームを見つけた。

そこでも私は衝撃を受ける事になる。


「フウ~・・・気持ち良かった。」

私はバスタオルで濡れた髪を拭きながらバスルームから出てきた。

ここの部屋のお風呂は最高だった。バスタブはコックを捻ればあっという間にお湯が溜まるし、備え付けの石鹼などのアメニティも泡立ちよし、香りよし、全てが最高で、肌がすべすべになった気がする。

「それにしても・・・。」

私は着替えのナイトウェアを見て呟いた。

「これって・・・マリウスが用意したのかな・・?」

着替えようとして棚に置かれた足首まである純白のナイトウェアはまるでウェディングドレスのように襟元や袖、裾の部分にふんだんにレースがあしらわれている。

普段ネグリジェ等着て寝ない私にとっては何とも動きにくいし、足元が心許ない。

おまけに何故か用意された下着はサイズがピッタリである。

どこまでマリウスという男は恐ろしいのだろう・・・・。


でも他に着る物が無い私はやむを得ず、用意されたナイトウェアを着ると、髪の毛を乾かして、バスルームから出てきた。

先程までいた部屋に戻ると、マリウスは私の姿を見て歓喜した。


「ああ!お嬢様、最高です!本当によくお似合いです。まるで花嫁のようにも見えますよ。少しの間だけ、お嬢様と腕を組んでもよろしいでしょうか?」


マリウスがいそいそと私の傍へとやってきたが、私はすげなく言った。

「却下。」


「はい・・・。」

すごすごと引き下がるマリウス。


 時刻は深夜1時を回ろうとしている。こんな時間にお酒なんて不健康なのかもしれないが、何もせずにマリウスと2人きりでこの空間にいるのは耐えられない。

私は窓際の椅子に座ると、何をする事も無く星空を眺めながら、夜が明けた後の予定について考えていた。

う~ん・・早く起きれる自信が無いから、とりあえずは11時を目安に寮へ戻ってその後は最後のトランクケースを売りに行って・・・。

その時、マリウスに声をかけられた。


「ジェシカお嬢様、お嬢様が大好きなカクテルを作りましたよ。どうぞこちらへいらしてください。」


マリウスに呼ばれ、私はバーカウンターに座った。


「さあ、どうぞ。」


マリウスはスッと私にカクテルを差し出す。それは・・・

『ロングアイランドアイスティー』だった。


「マリウス・・・貴方ねえ・・。」

私は無理やり笑顔を作ってマリウスを見る。


「はい?お嬢様?」


しらばっくれているのかマリウスは至って真面目な顔で返事をする。


「ふ・・ふざけないでよっ!なんで、よりにもよって!こんな部屋でこのカクテルを作ったのよ!」

そう、このカクテルはアイスティーみたいで飲みやすい、けれども度数はかなり高いお酒で男性が女性を酔わせるためのカクテルとも言われている魔性のお酒だ。

このカクテルを私に作ったと言う事は・・・っ!


「こんな部屋とは?いったいどんな部屋の事を言ってるのですか?」


あくまでしらばっくれるマリウス。駄目だ、隙を見せてはいけない!


「どうされました?飲まないのですか?お嬢様。」


「の・・・飲むわよ!」

こうなったらやけだ。飲んでやろうじゃ無いの。でも一人だけ飲んで酔ってしまうのも癪に障るので言った。

「そ、そうだっ!マリウスも同じの飲んでよね?!」


「ええ。お嬢様がそうおっしゃるのであるば。」


そこから私とマリウスの飲み比べが始まった。しかし、マリウスは強い。私と同じお酒を飲みつつ、カクテルを平然と作るのだから。

それにしても気に入らない。何故よりにもよってこの男は度数の強いカクテルばかり作るのだ・・・?

徐々に酔いが回って来る私。


「お嬢様?大分酔いが回られたのではないですか?寝室でお休みになられた方が良いですよ?」


朦朧としている私にマリウスが耳元で悪魔のような囁きをする。


「な・・・何言ってるの・・よ・・。私はまだまだ大丈・・・夫・・。」

そこで私の意識は完全に途切れた—。



私は夢を見ていた・・・。

そこはマリウスと訪れたテラス。空は雲一つない青空だ。そして目の前にはマリウスがいる。

マリウスが感情をあらわに、私に激しく訴えているが何を言ってるのか、全く聞き取れない。

そして私も負けじと何かを叫んでいるのだが、まるで他人事のように内容がさっぱり聞こえない。

そしてついには何を思ったのか、テラスのレンガ造りの壁を掴むとよじ登る。

風が強く吹く中、私はそこに座ってマリウスと対峙する。

青ざめたマリウスが懇願するように訴えているが、私は聞く耳を持たずにヒステリックに叫んでいる。その時だ—。

突然強い風が吹き、それに煽られてジェシカの身体がグラリと後ろに傾く。

マリウスが慌てて駆け寄り、手を伸ばすが間に合わずに私はそのまま地面へと落下していく。

マリウスの顔が絶望に満ちた後、一瞬口元に笑みが浮かぶのをはっきり私は見た。

そして激しく地面に叩きつけられる。けれど痛みは全く感じない。

やがて・・・自分の身体から温かい血がゆっくりと流れ出していくのを感じ・・・

私の視界は闇に堕ちた―。

最後に私はジェシカの意識を感じた。

ああ・・・私は死ぬのか・・・と。



「!!」

私はあまりの強烈な夢で一気に意識が覚醒した。ベッドに横たわったまま、見知らぬ天井を見つめる。うっすらと額には汗を掻いていた。

「ゆ、夢・・・。」

ああ・・・そうか、昨夜は私・・マリウスとこの部屋でお酒を飲んで・・・。

ん?

その時に何故か私は違和感を感じた。何だろう?すぐ側で誰かの気配を感じる。

恐る恐る気配のする方向を見ると、私は心臓が止まりそうになった。

何と、私はマリウスの腕枕で眠っていたのだった―!





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