第2章 7 流星群の下で

 医務室は開いていたが、誰もいなかった。

ルークは傷だらけのグレイをベッドに横たわらせると私に言った。


「ありがとう、ジェシカ。お前が来てくれなかったら、マリウスを止める事が出来なかったよ。グレイの奴・・・体調が悪いのに何故マリウスとの決闘を受けたのか訳が分からない。」


ごめんなさい、それは全部私のせいです。グレイの体調が悪かったのも昨晩無理やりお酒を飲ませたからで、マリウスが決闘を申し込んだのも私がマリウスに余計な事を言ってしまったから・・・それが原因ですっ!もうこうなったら謝るしかない。

「ごめんなさい!私のせいなんです!」


「え?何故ジェシカが、謝るんだ?」


ルークは訳が分からないと言わんばかりの顔つきだ。


「それは・・・。」

そこまで言いかけた時、アラン王子が咳払いした。


「アラン王子・・・。」

私は声をかけたが、アラン王子は何故か視線を合わそうとしない。ああ、きっとあの日の夜の事を気にしているのか。もう終わった事だからいいのに。


「?」

ルークは不思議そうな顔で私とアラン王子を交互に見ている。そうか、ルークは何も事情を知らないのだな。


「ルーク、ありがとう。グレイをここまで運んでくれて・・・。そしてアラン王子。」


ビクリと肩を震わせてアラン王子は恐る恐る私を見た。う~ん・・・何もそんなにビクビクしなくてもいいのに。でもマリウスの魔の手からグレイを守ってくれようとしたのだからお礼を言わなくては。

「アラン王子、グレイを守ろうとして下さってありがとうございました。」


「え?」

アラン王子は意外そうな表情で私を見た。


「ジェシカ、俺は・・・。」


アラン王子が何か言いかけた時、グレイがうめき声を上げて、薄目を開けた。


「グレイ?!」

私は声をかけた。


「気がついたのか?」

ルークが覗き込む。


「おい、大丈夫か?」

アラン王子も心配そうに話かけた。


「アラン王子、ルーク、それにジェシカ・・・?」


グレイは私達の顔を見渡した。そして私を見ると言った。


「ジェシカ、お、俺は・・・。」


「待って。グレイ。」

私はグレイに言うと、アラン王子とルークに言った。

「すみません、私とグレイの2人きりにさせて頂けますか?」


「え・・・?」

ルークは何か言いかけたが、アラン王子に止められた。


「行くぞ、ルーク。」 


おや?俺様王子が珍しい事だ。少しは大人になれたのかな?


「ありがとうございます。」

私は2人に礼を言った。アラン王子とルークが医務室を出ると、私とグレイの2人きりとなった。


「待ってね、今傷の手当をするから。」

私は消毒薬や打撲用の軟膏等を探して持ってくると、無言で怪我の治療を始めた。

それにしても酷い怪我だ。骨が折られていないのは幸いだ。マリウスめ・・・ここまでグレイを痛めつける必要があったのだろうか?

 グレイも黙ったまま傷の手当てを受けている。

カチカチと時計の音だけが静かな部屋に響き渡っていた。

一応、一通り怪我の治療を終えると私はグレイを見つめるが、何故か視線を逸らしている。

私はグレイの右手にそっと手を置くと言った。

「ごめんなさい、グレイ・・・。」


「え?」


グレイは驚いた様に私の顔を見る。

「昨晩、あんなにお酒を飲ませて体調が悪かったのに・・・私がマリウスに余計な事を言ってしまったばかりに決闘を申し込まれたんでしょう?私のせいでグレイを傷つけてしまう事になって、本当にごめんなさい。」


グレイは少しの間、黙ってベッドのシーツを握りしめていたが・・・やがて言った。


「ジェシカ・・・何故謝るんだ?謝らなきゃならないのはむしろ俺の方だ。俺は酒に酔った勢いでお前に無理やりキスをして、ソファに押し倒してしまったんだぞ?」


酷く憔悴しきった顔で私にポツリと言うグレイ。

え?もしかして昨夜の事・・・そんなに気にしていたの?

だから私は言った。

「あれは、全部私が悪いんだから貴方が何故謝る必要があるの?だってグレイを酔い潰してしまったんだから。あれは・・・そう、お酒のせいよ。だから気にしないで。そんな事より。」

私は傷だらけになったグレイの頬にそっと触れた。一瞬ビクリと身体を強張らせるグレイ。

「ねえ、どうしてマリウスの決闘を受けたりしたの?マリウスの事なんか放って置けば良かったのに。こんなに傷ついてまで・・・。」


「お、俺は・・・。」


グレイは顔を伏せると言った。


「マリウスに言われたんだ。俺みたいな男にはジェシカは相応しくないって。二度とおかしな真似をしないように徹底的に痛い目に遭わせてやるって・・・。」


私はグレイの言葉を聞いて、ますますマリウスに対して怒りが湧いて来た。私にとってはマリウスの方が一番危険人物だ。あのM男の出る幕では無い。


「私に相手が相応しいか相応しくないかは、私自身が決める事だから。マリウスの言った事なんて全然気にしなくていいからね?」


「え・・?それじゃジェシカは俺の事怒っていないのか?」


グレイは真剣な表情で私に問い詰めてきたので、黙って頷く。


「それじゃ・・・嫌っても・・いない・・?」


「勿論、嫌う訳無いでしょう?」

でも、もうすぐお別れだけどね・・・。とは口に出せなかったが。


「ごめん、ちょっといいかな?」


そこへ突然ジョセフ先生が医務室へと入ってきた。


「あ、貴方は・・・。」


グレイはジョセフ先生を見て少し意外そうな顔をした。


「ジョセフ先生・・・っ!ごめんなさい、流星群ですよね?」


私は椅子から立ち上がると言った。


「流星群?」

グレイは首を傾げている。


「そうか、君は知らなかったのかな?今夜は流星群が見れるんだよ。」


先生は穏やかに言う。でも・・・こんな大怪我を負ったグレイを置いて先生と流星群を見に行く事は出来ない。


「先生・・すみません。折角流星群を見る約束していたのに・・・私、グレイを置いて行けません。」


私は頭を下げた。そして驚くグレイ。


「え?え?ええっ?!ジェ、ジェシカッ!お・お前・・・この目の前にいる教師と一緒に流星群を見る約束をしていたのか?!」


う~ん・・・やっぱり驚くよね、普通は。


「うん、そうだよ。僕はリッジウェイさんが好きだから彼女を誘ったんだ。」


ニコリとほほ笑みながら言う先生。

ああああっ!ついに言っちゃったよ!私はグレイをチラリと見た。

グレイは顔色が真っ青になっている。完全にドン引きされている様だ。


「あ、でも安心していいよ。リッジウェイさんからの返事は貰っていないし、僕は一緒にいられれば、それで十分だからさ。」


グレイは打ち上げられた魚のように口をパクパクさせている。


「でも・・・。」


ジョセフ先生は私の方をチラリと見ると言った。


「出来れば僕を選んで欲しいかなとは思っているけどね。」


「な・・・何だってえ~っ?!」


医務室にグレイの声が響き渡った・・・。



 その後、グレイを車椅子に乗せ、ルーク、アラン王子、ジョセフ先生、そして私の計5人で学院の屋上に登り、そこから皆で流星群を見る事にしたのだ。


 流石にこの段階でアラン王子もルークもジョセフ先生の事を怪しみ始め、グレイがアラン王子達に先生が私に好意を寄せている事を暴露してしまったらしい・・・。

そんなわけで、私は3人の痛い位の視線を流星群が始まるまで向けられていた。


 今、私はアラン王子達とは少し離れた場所でジョセフ先生と流星群を見ている。

どうも私と2人きりで大事な話があるらしい。

満天の星空の下で、時折放射状に落下していく星々の天体ショーに私は見惚れていた。


「先生・・・とっても綺麗ですね!こんな感動初めてです。」

私は白い息を吐きながら寒さも気にせず、流星群に見惚れていると、突然ジョセフ先生が私の方を見た。


「リッジウェイさん。もうすぐ帰省するよね?グラント君と一緒に帰るのなら・・・どうか、彼には気を付けて―。絶対に気を抜かないようにね。いいかい?これは忠告だよ。」


いつになく真剣な表情でジョセフ先生は言う。


「え?先生、それは・・・どういう意味ですか・・?」


けれどジョセフ先生はそれには答えずにポケットからイヤリングを取り出して私に差し出した。


「いいかい?これはリッジウェイさんの身を守ってくれるマジックアイテムだよ。何か危険を感じたら、このイヤリングを外して床に投げつけるんだ。1つ目で閃光を放つ。2つ目で自分以外の時間を5分だけ止める事が出来る。きっとこのイヤリングが君を助けてくれるはずだよ。」


「先生、一体どういう事ですか?マリウスが・・・何をすると言うのですか?」

私は先生に掴みかかるように尋ねた。


「それは・・・。」


そこまで先生が言いかけた時、マリウスが屋上に現れた。


「皆さん。こんばんは。今夜はとても素敵な夜ですね。」


そして美しい笑みを浮かべて私達を見つめた—。










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