第2章 8 マリウスの挑発
「皆さん。こんばんは。今夜はとても素敵な夜ですね。」
突如として現れたマリウスはそう言うと私の所に歩み寄り、いきなり抱きしめてきた。
私は愚か、その場に居た全員が固まってしまう。
「お嬢様、こんな寒空の下で流星群を眺めていたのですか?ああ・・こんなに身体が冷え切って・・。さあ、温かい部屋の中で私と一緒に流星群を見ましょう。」
そして私を胸に埋め込まんばかりに抱きしめる力を強くしていく。く、苦しい・・。
「マ・マリウス・・・。く、苦しいから離して・・よ・・。」
必死で逃れようとしても、ちっとも腕の力が弱まらない。
「グラント君、リッジウェイさんが苦しんでいるじゃ無いか。その手を放しなさい。」
普段の穏やかな話し方とは比べ物にならない位、冷たい声でマリウスに話しかけるジョセフ先生。
「マリウス!ジェシカを放せっ!」
アラン王子がマリウスに近付き、声をかけた。私はマリウスに抱きしめられ、視界が塞がっているが、どうやらマリウスの肩に手を置いたようだ。
「アラン王子、その手を放して頂けますか?」
マリウスは口の中で何か小さく呪文を唱えた、途端に壁際まで弾き飛ばされるアラン王子。
「グッ!」
何かが崩れ落ちる音とアラン王子の呻き声が聞こえる。何かあったのだろうか?!
「アラン王子っ!」
グレイの叫び声が聞こえる。
「グラント君!君・・なんて事をっ!」
珍しくジョセフ先生の焦りの声を聞いた。
「アラン王子っ!マリウス・・・ッ!貴様・・・っ!」
ルークの声だろうか?いけない、今のマリウスに手を出しては・・・。かくなるうえは・・・。
ドスッ!ドスッ!
私は必殺技?でマリウスの両足の甲を踏みつける。
「うっ・・・!」
痛みで腕の力を緩めるマリウスから逃れると私は周囲を見渡した。アラン王子は一体どこに・・?
「ぐ・・・。」
アラン王子の呻き声が背後から聞こえてきた。慌てて振り向くと壁が崩れ落ち、そこに倒れ込んでいる王子の姿があった。
「アラン王子っ!」
私は慌ててアラン王子に駆け寄ろうとする所をマリウスに腕を掴まれた。
「どちらへ行かれるのですか?お嬢様。」
マリウスは冷たい光を宿した目で私を射抜くように見ている。思わず身がすくみそうになったが・・・所詮、マリウスは私の従者。ここは勇気を振り絞って・・。
「その手を放しなさい、マリウス。主の言う事が聞けないの?」
冷たい瞳で睨み付ける。そう、それこそドライアイスのように触ると火傷する位—!
「・・・。」
マリウスがたじろいで、後ずさる。・・・しかし、こんな場面でも相変わらずだ。僅かに頬が染まり、口元が嬉しそうに笑っている。
全身に鳥肌が立つが、私は表情を崩さずに再度睨み付けると瓦礫の間にうずくまっているアラン王子に駆け寄った。
「アラン王子、大丈夫ですか?しっかりして下さいっ!」
邪魔な瓦礫を取り除くと、私はアラン王子に声をかけた。
「あ、ああ・・・。大丈夫だ。」
アラン王子はよろめきながら立ち上がると、マリウスを睨み付けて対峙した。
「マリウス・・・貴様・・っ!グレイを痛めつけただけでなく、一方的にジェシカを連れ出そうとしたり、挙句の果てにこの暴挙・・・ゆ、許せん・・っ!」
「ほう、それではどうなさるおつもりですか?アラン王子。」
マリウスは腕組みをしながら余裕の表情を浮かべている。
まずい!このままでは、何とか場を治めなくては・・・っ!
「やめなさいっ!マリウスッ!アラン王子に手出しをしようものなら許さないわよっ!」
私はマリウスから庇うようにアラン王子の前に立ち塞がった。・・・流石のマリウスでも私に攻撃を仕掛けてくることは・・恐らく無い・・だろう。と信じたい。
「グレイとアラン王子に謝りなさいっ!これは命令よっ!」
「・・・ただでは聞けません。」
「「「「はあ?」」」」」
私達全員の声がハモった。何?何なの?この場において、ただでは聞けないって?ちょとあり得ないんですけど!
「ねえ・・ただでは聞けないってどういう事?」
落ち着け、冷静に話を聞くんだ私。
「そうですねえ・・・私と一緒に温かい部屋の中で流星群を見てくれるのであれば、謝罪でも何でも致しますよ。そうでなければ・・・ここにいる方全員を痛い目に遭わせなければ私の気が済まないかもしれません。」
マリウスは天を仰ぎながら言う。
「マリウスッ!貴様・・まだそんな事を言うのか?!」
ついに我慢の限界なのか、アラン王子が私の前に立ち、マリウスを怒鳴りつけた。
「ああ・・アラン王子。お怪我はされていないようですね・・。流石は私が認めただけあって、お強いようですねえ・・・。でもお嬢様の事が絡んでくると、私も理性が抑えられなくなるので、手加減出来ないかもしれませんよ?」
ええ?嘘!あれで手加減していたと言うの?どうやら私はマリウスの力をみくびっていたようだ・・・。
「お嬢様、どうか私の元へ戻って頂けませんか?お嬢様の事が無ければ、私だってこんな事はしたくは無いのです。ジェシカお嬢様が私の元へ戻って頂けるなら、謝罪だってなんだって致します。どうかお願いですから。」
懇願するようなマリウス。私がマリウスの元へ行かなければ、何をしでかすか分からないと言うのであれば・・・怖いけど、行かなければ。
「・・分かったわ。マリウスと・・一緒に行くから。」
「ジェシカ?!」
グレイが悲痛な声をあげる。
「駄目だっ!マリウスの言う事は聞くなっ!」
ルークが私に駆け寄ろうとすると、マリウスが魔法弾を放ち、ルークの足元に穴を開けた。
「ルークッ!」
私は悲鳴を上げた。
「リッジウェイさん・・・。」
「行かせると思うのか?」
アラン王子が身構えたその時。
「アラン王子、こちらにいらしたのですね?」
聞き覚えのある声。一斉に振り向く私達。現れたのはやはり、アメリアとソフィーだった。
しかも彼女達と一緒にいるのは生徒会長、ノア先輩にダニエル先輩まで揃っている。
「あ、ああ・・・ソフィー。」
え?今アラン王子はアメリアでは無く、ソフィーの名前を呼んだ?私は背中がゾクリとするのを感じた。
良く見ると、生徒会長達もアメリアでは無く、ソフィーに寄り添っているようにも見える。
彼等の目にはソフィーしか映ってはいないのだろうか・・・?何処か目も虚ろだ。
そんな私を他所にソフィーはアラン王子に話かけた。
「さあ、アラン王子様。向こうに流星群を見るのに最適な場所を用意しました。この様なへんぴな場所はアラン王子様には似合いません。一緒に参りましょう?」
「あ、ああ。そうだな。」
アラン王子はフラフラとソフィーの元へと歩いてゆく。
ソフィーはニコリと笑みを浮べると、アラン王子達を引き連れて背を向けて歩き始めた。
私や、グレイ、ルーク、それにジョセフ先生は呆気に取られてその様子を見ていたが、マリウスだけは違った。
突然私に足早に近づくと、私を自分の腕の中に囲い込み、彼等に語りかけた。
「皆さん、お待ち下さい。少しよろしいですか?」
マリウスの声にソフィー達は足を止めて振り返る。
「いいですか?今後一切あなた方は私の大切なお嬢様に近づかないで下さいね。何よりそちらにいる女性を選ばれたのですから・・・。」
まるで挑発するような言い方をした。マリウス、一体なにを考えているのよ?
「・・・。」
すると何故か目を伏せるアラン王子に生徒会長。ノア先輩やダニエル先輩は何か言いたげに私を見つめている。
「え・・・?」
私が彼等に注目したその時、マリウスが私をクルリと自分の方を向かせた。
「マ、マリウス・・・?」
まただ、また非常に嫌な予感がする・・・っ!
マリウスは私の前髪をかきあげ、額にキスをすると言った。
「今夜はこれで我慢しておきましょう。」
「な・・・っ?!」
私は焦ってマリウスを見た。
グレイ、ルーク、ジョセフ先生は呆気に取られた表情をしているし、アラン王子達は何故か青ざめている。
「ジェ、ジェシカッ!」
突然我に返ったかのように私の名前を呼ぶダニエル先輩。
「マリウス、ジェシカから離れろっ!」
ノア先輩は私に向かって駆け寄ろうとし・・・。
マリウスは私を連れて、転移した─。
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