第1章 5 喧嘩はやめて
学院が冬の休暇を迎えるまでの5日間をアラン王子の望み通りに一緒に過ごす事になった私達。
初日の本日はアラン王子からセント・レイズシティの雪祭りに誘われていたので出かける準備をしていると、ドアが激しくノックされた。
「ジェシカさんっ!大変よっ!」
私は慌ててドアを開けると、息を切らしながらそこに立っていたのはエマだった。
「ど、どうしたの?エマさん。そんなに慌てて。何があったの?」
「ジェシカさん、アラン王子と生徒会長達が門の所で騒ぎを起こしているのよっ!どうも誰かがジェシカさんとアラン王子の事をあの3人に話してしまったらしくて。」
エマにはアラン王子が国に帰るまでの間、2人で一緒に過ごす事になった事を事前に説明しておいたのだ。
初めにその話をしたときはエマは大反対したのだが、学院内で偶然アラン王子を見かけたらしく、そのあまりの変貌ぶりに驚き、ようやく今回の件を納得してくれたという訳なのだが・・・。
「ええ?!」
何となくアラン王子との事は生徒会長達にばれてしまうのでは無いかと思っていたのだが、まさか騒ぎにまで発展するとは・・・。でも噂の出どころは誰なのか、おおよその検討は付いている。きっとばらしたのはマリウスに違いない。
私は心の中で舌打ちした。全く厄介な事をしてくれる男だ。この件が片付いたら、覚えていなさいよ。
私が門の前へ行くと、物凄い剣幕で怒鳴り合うアラン王子に生徒会長、そしてそれをオロオロしながら見守るグレイにルーク。そしてノア先輩とダニエル先輩が静かに傍観している。
何、あれ。どうして大の男が4人も揃ってアラン王子と生徒会長の口論を止めない訳?まるで今にも喧嘩が始まりそうな勢いだというのに。
「アラン王子っ!」
私が大きな声で呼びかけると、彼等が一斉に振り向いた。
「ジェシカッ!」
アラン王子が笑顔で私の名前を呼ぶ。途端に険しい顔で私を見る生徒会長。
ノア先輩とダニエル先輩は驚いたようにこちらを振り向いた。
「やめて下さいよっ!こんな人目の付く所で・・・物凄く目立ちまくってますよ!皆さん恥ずかしくは無いんですか?」
私は全員を見渡しながら言った。
「おい、これで分かっただろう?ジェシカは今日から休暇に入るまで俺と一緒に過ごす事になったというのが。」
何故か私の肩に腕を回しグイッと自分の方へ引き寄せながら生徒会長に言うアラン王子。あの、勝手に触らないで欲しいのですけど。
「おい!勝手にジェシカに触るな!」
そこで文句を飛ばす生徒会長。いやいや、貴方にとやかく言われる筋合いは無いのですが・・・。
「ジェシカッ!何故アラン王子は良くて僕は駄目なんだ?!」
悲痛な声で訴えるノア先輩。あ、なんかヤバイ。ノア先輩の目に少しだけ狂気の色を感じるのは気のせいだろうか・・・・。
「可哀そうにジェシカ。アラン王子に脅迫されたんだろう?もう僕の気持ちは二度とぶれないから、もう一度初めからやり直さないかい?」
何故か私の前に両手を広げているダニエル先輩。いやいや・・・もう恋人の振りをするのはとっくに終わっていますよね?
「うるさい!お前ら!ジェシカは今回俺を選んでくれたのだ。今更お前たちが出て来た所で無駄だ。」
そしてアラン王子は、これみよがしに私を腕に囲いこむ。ちょ、ちょっとっ!何するのよ!この俺様王子め。
「アラン王子!ジェシカに必要以上に触れないで頂けますか?」
その時、強い口調でルークが言った。それを聞いて、私はギョッとした。
何言ってるの?ルーク!相手は仮にも貴方の主君、王子様でしょう?そんな事言って首が飛んだらどうするのよ!
この言葉に流石のアラン王子も私を離すとルークを見た。
グレイも驚いてルークを見る。勿論生徒会長達も一瞬固まってしまった。
「ルーク・・・お前、王子であるこの俺にそんな口を聞いてもいいのか?」
アラン王子が怒りを抑えた口調でルークを睨み付けながら言った。
「お、おい・・。ルーク、流石に今の台詞は・・ほら、王子に謝れ。」
グレイも焦りながらルークに言う。
「・・・・。」
それでもルークは何も答えない。
「へ~え・・・これは面白い展開になってきたね。」
ノア先輩だけは楽しそうに言った。本当にこの先輩は相変わらずだ。
「ふん、仮にも主である王子に逆らうとはな・・・。」
生徒会長、貴方はこれ以上その愚かな口を塞いでください。
正に一種即発の状態だ。ここは私が何とかしなければ・・・っ!
「さ、さあ!アラン王子。早く出かけましょう?2人でセント・レイズシティの雪祭りを見に行くの楽しみにしていたんですよ。」
私はアラン王子の手を繋ぐとわざと楽しそうに言った。
「え・・?ほ、本当か?ジェシカ。」
アラン王子は目を見開いて私を見た。
「え、ええ。勿論ですよ!だから、皆さん!」
私はその場に居た男性陣を見渡すと言った。
「絶対に、今後(残り5日間)は私とアラン王子の邪魔はしないで下さいね。」
それを聞いた彼等は皆一斉に凍り付いた―ような気がした。
「では、皆さん失礼しますね。早く行きましょう、アラン王子。」
これ以上私は揉め事が起こる前にと思い、アラン王子の手を引くと逃げるように門の向こうをくぐったのである。
門をくぐると私は後ろを振り返った。
どうやら誰1人私達の後を追ってくる人物はいない様だ。
「ふう・・・。」
私は溜息をつき、アラン王子の手を放そうとしたのだが・・・。
「あの、アラン王子。そろそろ手を放して下さいませんか?」
私の右手はしっかりとアラン王子にホールドされている。
「何故だ?」
心底不思議そうに私を見つめるアラン王子。
「いや、何故って・・・。私は確かに休暇までの5日間はアラン王子と一緒に過ごす事を約束しましたけど、不必要な接触はしない約束でしたよね?」
「これは必要な接触だと思うがな?ほら、こんなに大勢の人々がいるのだ。途中ではぐれてしまったらどうするのだ?」
「まあ、確かにそうではありますが・・・。」
言い淀むと、アラン王子はより強く私の手を握りしめて人混みを縫うように歩きながら白い息を吐いて嬉しそうに笑った。
確かにアラン王子が言うように、セント・レイズシティはいつにもまして多くの人々で賑わっている。町中には至る所に可愛らしい木製のらんたんが飾られている。おそらく夜になるとこの中のロウソクに火が灯され、幻想的な美しい光に町が包まれるのだろう。・・・どうせなら夜に来てみたかったな。
さらに町の中の街路樹は美しい装飾が施され、クリスマス一色に染まっている。
日本にいた頃とはまた違った町並みの美しい光景に私は目を奪われていた。
「そうだろう?何処に行こうか?ジェシカの行きたい場所があるならどんな所だっていいぞ?」
私の手を引きながら歩く今のアラン王子はまるで別人のようだ。
王子のあまりの変貌ぶりに私はただ驚くしか無かった。本当にあの俺様王子っぷりはいったいどこへいってしまったのだろう?ひょっとするとアラン王子がここまで変わったのは・・・。
「アラン王子・・・随分性格が穏やかになられましたね。」
私は失礼を承知で言った。
「そうか・・・?」
アラン王子は立ち止まり、私を振り返った。
「これもひとえに・・・アメリアさんのお陰でしょうか?」
「な!な、何故・・・そこでアメリアの名前が出てくるのだ?!」
アラン王子は心底驚いたような素振りを見せた。あれ?やはり図星だったのかな?
「いえ、何となくそう思っただけですが・・・。」
「ち、違うっ!それは絶対に無い!俺は・・・ジェシカに嫌われたくは無いから・・だから・・女性の心理・・・と言うのを勉強して・・・。」
後の台詞はゴニョゴニョと口籠るだけで何を言っているのかは聞き取れ無かったのだが、今まで自分の事しか考えてこなかった俺様王子としては、人間的にかなり進歩したのかもしれない。うん、これなら・・将来的にアラン王子はソフィーとの仲も良くなり、いずれは恋愛関係に至る事が出来るかもしれないな。私は1人納得するのだった。
「で、どうする?ジェシカ。これから2人で何処へ行こうか?」
アラン王子の問いかけに私は言った。
「それよりもアラン王子、まずは2人でゆっくり話が出来る静かな場所へ行きたいのですが・・・。」
何せ、アラン王子には色々と質問したい事がある。取りあえず落ち着いた場所で話を聞かない事には何も始まらない。
私の言葉に、何故か顔を真っ赤にする王子。
「ジェ、ジェシカ・・・お前、本気でそんな事言ってるのか・・?」
「はい?そうですが?」
「わ、分かった・・・行こう。」
アラン王子は私の手を強く握りしめると、早足で歩き始めた。
はて?一体何処へ行くつもりなのだろう・・・・?
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