第9章 7 ここに私のいる意味
魔法を自在に操る―
それはこの学院に入学してきた学生なら普通は容易に出来るもの。
セント・レイズ学院の入学選考は学力もさることながら、一番の選出基準は魔力の強さ。この魔力が一定基準を満たしていなければいくら学力が高くても入学試験を受ける事すら出来ない、いわばエリート集団のみが入学を許される学院である。
そして、当然この小説の主人公ジェシカも高い魔力保持者と言う設定だったのだが
私はジェシカがどのような魔法を得意とするのかは作中の中で一切触れる事はしなった。その為なのか・・・。
ジェシカが使いこなせる魔法が何一つ無い!
他の学生なら当然できるであろう、水を作り出す魔法、火を出現させる魔法、風を巻き起こす魔法・・・ありとあらゆる魔法が私には何一つ出来なかった。
もう何度目の失敗になるだろうか・・・。
目の前のアルコールランプに道具を使わずに火を灯す事が出来ず、ただブスブスと黒い煙を吐き出させるだけで終わってしまった。
教授と私は溜息をついた。
「ジェシカさん・・・・。また駄目でしたね・・。」
魔法の補講訓練を受け持ってくれた女性教諭がうんざりしたように言った。
「はい・・すみません・・。」
私は下を向いて俯くばかり。ここまで失敗の連続になると、本当にジェシカは魔法を使えたのかどうか怪しいものだ。
小説の中のジェシカはとにかく男に手が早かった。気に入った男を見つければ次から次へと声をかけ、深い関係になった男も数知れず。そしてより、高条件の相手が見つかれば、それまで関係のあった男性陣をバッサバッサと切り捨てる冷血感。
このセント・レイズ学院に通う学生はいずれもエリート揃い。ここで最も素晴らしい男性をモノにする為に本当は魔力等無いのに、不正な手を使って、潜り込んだのでは無いだろうか・・・?
「どうしたのですか?リッジウェイさん。」
急に黙り込んでしまった私を見て、先生が、声をかけてきた。
「いえ・・ただ、ここまでやっても魔法が使えないと言う事は、もしかすると私には魔力が無いのかなと思いまして。」
でも仮にそうだとすると、恐らく私は退学になるだろう。でも退学になればこの先私にの身に降りかかる災いからは逃げられるかもしれないだろう。しかし、私が恐れているのは不正入学をした罪で裁かれてしまう可能性があるかもしれない事だ。
「リッジウェイさん・・・。少し休憩してきなさい。息抜きをしたらまた30分後に再開しましょう。」
先生はポンと肩を叩くと、教室から出て行った。
「はあ〜・・・私って駄目だなぁ・・・。」
机に突っ伏すと呟いた。大体ここは私のいた世界ではないし、本来は存在してはいけない人間だ。もしかするとそのせいで魔法も使えないのかも知れない。
「帰りたい・・・。」
気が付けば私は、呟いていた。目を閉じれば
高層ビルの谷間を忙しそうに歩く人の集団。電線が張り巡らされた空。そして便利な生活・・・それら全てが懐かしい。
そして思い出されるのは健一の姿。
本当に好きだったのに。私を裏切り、捨てていった彼。
「健一・・・。」
私が最後に見た光景、本当に彼は私とやり直したくて、後を追って来たのだろうか・・?
「コーヒーでも飲んでこよ。」
私はわざと声にだし、立ち上がった。どうも落ち込むと日本での暮らしに思いを馳せてしまう。
校舎の外に出ると、いつもは大勢の学生で賑わっている敷地内は嘘のように静まり返っている。
しかし、数名の学生達とたまにすれ違う事もあった。恐らく来週の仮装ダンスパーティーのイベント準備で居残りした学生達なのであろう。
私は手近なカフェに入り、カフェオレを注文すると、窓際の席に移動してぼんやりと外を眺めていた。すると近くのテーブルに見知った顔の人物が本を読みながらコーヒーを飲んでいる姿が目に止まった。
あ、あの姿は・・・?
その時偶然にも、相手も私の視線に気付いたのか顔をあげて読みかけの本を閉じると話しかけてきた。
「あれ?リッジウェイさん。どうしたの?君は今日出かけなかったの?」
「はい、ジョセフ先生。実は今日は魔法の補講授業を受けているんです。」
そう答えたが、先生は私の元気の無い様子に気付くと、立ち上がり私に近づくと言った。
「一緒に座ってもいいかな?」
「はい、どうぞ。」
簡単に返事をすると、先生はありがとうと言い、向かい側の席に座った。
「先生、今日はどうされたんですか?授業はお休みですよね?何故学院に残っているのですか?」
「うん。調べ物があったし、今日はあまり1人で家にいたい気分にはなれなかったんだ。」
そして先生は首から下げているネックレスをギュッと握りしめた。ネックレスの先には銀色のリングが付いている。
大切な物なのだろうか・・・?
「魔法・・・もしかて上手く使いこなせていないのかな?」
突然先生は話しかけてきた。
「はい・・・。私だけ未だに何も魔法が使う事が出来ないんです。」
「そうなんだね。」
先生は黙ってそれ以上の事は尋ね無い。
「もし、魔法がこの先も使えないとしたら・・・私、退学になるかもしれませんね。それどころか、不正入学をしたと言われて処罰されるかもしれません。」
「それは無いと思うけど・・・リッジウェイさんの気持ちはどうなの?魔法が使えないのが負い目で学院には残りたくないって気持ちがあるのかな?」
先生の思いがけない質問に私は言葉に積まつてしまう。私はどうしたいのだろう・・・。
「少なくとも君の周辺にいる彼等はリッジウェイさんがこの学院を去るとしたら全力で止めるだろうね。僕の目から見たら、リッジウェイさんは彼等ととても良い関係を築けてると思うよ。」
関係を築けてる?少なくともジョセフ先生にはそんな風に見えるのだろうか?
「そうでしょうか・・・?」
「リッジウェイさんは気付いていないかもしれないけどね、君は人を引きつける魅力を持っているんだよ。この世界にはね、魔法を使う事は出来なくても、人を魅了する魔力を持つ人物もいるんだよ。君は・・・ひょっとしたらその力を持っているんじゃないかな?かつて僕の知り合いにもリッジウェイさんの様な人がいたよ。」
何故か少し悲し気に言う先生。過去に何かあったのだろうか。
それにしてもジョセフ先生は随分抽象的な事を話していると私は思った。
「先生、もしかして私を元気付ける為に言ってるんですか?」
冗談めかして私は笑みを浮かべて言った。
「別に冗談で言ってる訳じゃ無いけどね。」
あくまでジョセフ先生は真面目だが・・・
「私的には、今日は私が先生を元気付けたい気分ですけどね。人には誰しも自分の苦しみや悲しみの胸の内を明かせない時もあります。たわいない話で、先生の気が紛れるならいつでも私がお話相手になりますから・・・だから、先生も私が困ってる時は、相談に乗って下さいね。」
私の言葉を聞くと、先生は驚いたように私を見た。先生の顔は分厚いメガネのレンズに隠され、表情は、うかがい知ることは出来ないが・・・。少しは元気付けてあげる事が出来ただろうか?
「それじゃ、先生。私そろそろ行きますね早目に戻って訓練してきます。」
椅子から立ち上がると、私は深々と頭を下げた。
「待って。」
突然先生が私を呼び止めた。
「どうしましたか?」
訝しんで私が問いかけると、先生は言った。
「実は僕の家には、どんな魔法が使えるのかを調べる事が出来るマジックアイテムが有るんだ。良かったら、魔法の補講の後に僕の家に来て調べてみないかい?」
それは思いがけない話だった・・・。
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