第8章 11 ヒロインの噂話
「ねえ、ちょっと待ってよ、ルーク!」
無理矢理私の腕を引っ張って女子寮へと向かって歩くルークに声をかけるが、私の声に耳を貸さずに黙って前を向いたまま、私を引きずるように歩き続けるルーク。
「待ってって言ってるでしょ!」
私は思い切り腕を振り払うと、ようやくルークが立ち止まってこちらを見た。
文句の一つでもいってやろうとしたが、あまりにもルークの顔色が悪いのを目にし、言葉を飲み込んでしまった。
「ジェシカ・・・ごめん。悪かった。」
今にも消え入りそうな声で謝るルーク。その様子を見ると、何と声をかけたらよいのか分からなくなってしまった。
「もう女子寮はすぐそこだから、俺はこのまま帰るよ。じゃあな。」
私の返事を聞かずにくるりと背を向けたルークを思わず私は呼び止めた。
「ねえ、ちょっと待って。」
「・・・悪い、1人にさせてくれ・・。」
こちらを振り向きもせずに去って行くルークを黙って見守るしか無かった。それにしてもライアンにはまた酷い事をしてしまった。楽しかった雰囲気をぶち壊してしまったし、挙句に食事をご馳走するなんて言っておきながらお金を払うどころか、置き去りにして帰って来てしまったのだから。
「今度会ったら、きちんと謝罪してお金払わなくちゃ・・・。」
溜息をつくと夜風にブルリと震え、急いで寮の中へと入って行った。寮に戻ると時刻はもう夜の9時半をさしていた。冷えた身体を温める為にバスルームへ行くと、コックを捻り、バスタブにお湯をはりながら明日の準備を始めた。
「あ・・・明日は苦手な魔法の実践授業だ・・・。」
途端に憂鬱になる。実は未だに簡単な魔力を持つ者なら誰でも使える魔法すら、私は今だに出来ないのだ。いくら頑張ってもこれはもうどうしようもない。一体どうすればいいのだろう・・・。誰が一番魔力が強いのか?最近エマは倶楽部活動で忙しいし、私自身ライアンから見たらお邪魔虫?に囲まれているから魔法の訓練どころではない。一時は本気で彼等から魔法の訓練を受けさせて貰おうかと考えたこともあったが、それはそれでまたトラブルが起きそうだったので断念する事にしたのだ。
「そうなると、やっぱり教授に特別訓練を受けさせて貰うしか無いかな・・?」
そこまで考えた時、バスタブにお湯をはっていたのを思い出し、慌てて見に行って見ると丁度頃合いで良い具合にお湯が溜まっていた。
「ふう~温かい。」
バスタブに身体を沈めて、手足を伸ばした。本当は大浴場に行ってのんびりお風呂に入りたいのだが、万一ソフィーに会った時の事を考えると、やはり行く事を躊躇してしまう。しかも何故かここの学院の女生徒達は大浴場へあまり行きたがらない。何故だろう?すごく広くて気持ちいいのに。
「今度エマ達を誘ってみようかな?」
そして私は目を閉じてささやかなバスタイムを楽しむのだった・・・。
翌朝—
私はエマ達とホールへ朝食を食べに下の階へ降りていくと、女生徒達の会話はもうすぐ開催される仮装ダンスパーティーの話でもちきりだった。
「ねえ、私今年はフェアリーの衣装を着て参加するつもりなの。」
「あらやだ、私と同じじゃ無いの。まさか衣装まで同じじゃ無いでしょうね?」
「私は今回薔薇のようなドレスを着るわよ。」
等々・・・。
「皆すごく盛り上がってるわね。」
リリスが朝食の乗ったトレーをテーブルに乗せて座ると言った。
「それはそうですよ。だって1年に一回の大イベントですもの。どれ程すごいイベントかこの学院に入る前から耳にしていたもの。」
クロエはサラダを食べながら言う。
「私も早く婚約者に会いたいわ・・・。」
エマはうっとりと目を閉じた。
「ジェシカさんは本当にメイドの恰好をするつもりなんですか?」
突然シャーロットが私に話を振って来る。
「え、ええ・・・まあ。一応は。」
そうよ、私は所詮元は平民の日本人。日本ではメイドの恰好なんて人気なんだからね。そう言えば・・前から一つ疑問に思っていたことがある。このセント・レイズ学院は学生で夫婦のカップルもいるし、子供がいるカップルもいるはずだ。それなのに一度も会った事が無いのは何故だろう?小さい子供がいればパーティーに参加するのも無理なのでは無いだろうか?
私は疑問に思い、皆にその話をしてみると、意外そうな顔をされた。
「え・・?もしかしてジェシカさん知らなかったんですか?」
クロエが言う。
「え?ええ・・。」
頷くと一斉に彼女たちは目を見開いた。そしてエマが説明を始めた。
「ジェシカさん、セント・レイズ学院は姉妹校があるんですよ。結婚したカップルはそちらの姉妹校に移動して教育を受けるようになっているんです。勿論子供が生まれた場合はちゃんと保育所もあるので、そこで授業を受けている間は預けておけますし、ファミリー向けの間取りの部屋に住めるんですよ。学院同士は門で繋がっているので、行き来は出来るのですが、あまり交流する事は無いですね。あるとしたら交代で魔界を閉ざす門を守る時くらいでは無いですか?」
そうか・・・だから今まで学院内で一度も会った事が無かったのか・・・って何を言ってるのよ、私!自分で小説の中で書いておきながら、そんな細かな設定をしてこなかったんじゃないの!でも実際小説の世界に紛れ込んでみると、うまい具合に設計されていたので驚いた。
それじゃあ、きっと彼等は家族で仮装パーティーに出席するのだろうな。可愛らしい衣装を着た幼児たち・・きっとすごーく可愛いんだろうな。ああ・・是非この目で見て見たい・・・。
よし、念の為に聞いてみよう。
「あの・・・ちなみに、そこの姉妹校の人達と合同で仮装パーティーは行われるのかしら?」
「それはないですね・・・あちらは小さいお子様たちが多いので、パーティーを開催する時間帯がそもそも違うので。」
リリスが説明してくれた。
「そうですか・・・無理なんですね。」
あ~あ・・・がっかりだ。私は小さい子供が大好きで、一時は保育士を目指したことがあった位なので残念で仕方が無い。
でも1年に1度だけ交流会があるようなので、その時は小さい子供達にも会う事が出来るらしいので、今から楽しみにしておこう。
その時、ふと別のグループの会話が耳に飛び込んできた。
「それにしても、一大イベントに準男爵家まで集まるのは嫌だわ。」
「そうよね~あの人たち、マナーが悪いから嫌だわ。」
「全くその通りよ。大体身分がすごく低いくせに、高位貴族の男性達に色目を使ってくるのがすごく不快だわ。」
「ほんとにその通りよ、ほら。最近ここのホールに食事に来ていた準男爵の子がいたじゃない。」
「ああ、あの女生徒でしょう?確かソフィーとか・・・。」
え?ソフィー?!突然耳に飛び込んできた名前に私は驚き、彼女たちの会話に耳を傾ける。
「そうそう、最近伯爵家以上の爵位の男性ばかりにあちこち声をかけているのよ。」
「知ってるわ!しかも声をかけた学生は生徒会の役員が多いそうじゃないの。」
「嫌だわ・・・何を考えているのかしら・・・。」
その後の彼女たちの話題はそれきりで、後は違う話に切り替わってしまった。
残念。もっと色々話を聞いてみたかったのに・・・。
でも彼女たちの話が事実だとしたら、きっとソフィーは今度の仮装パーティーの時に何かしらの行動を起こすはず。高位貴族ばかりに声をかけているのだとしたら、彼女の一番のターゲットになる相手はアラン王子に違いないのだから—。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます