第8章 10 これは誤解です

 私は今、ライアンと一緒にサロンへ来ている。二人でカウンター席に着くと彼が言った。


「ジェシカには色々、世話になったからな。一度ちゃんと会ってお礼をしたかったんだ。でも、いっつもお前の周りには誰かしら男がひっついていたから、なかなか2人で会うチャンスが無かったけど、今夜は運が良かったよ。だからここは俺の奢りだ。好きなだけ飲んでくれよ。」


笑顔で言うライアンだが、むしろ巻き込んでしまい怪我を負わせてしまったのは私の責任だ。


「いやいや、それじゃあかえって悪いですよ。だって私に係わらなければライアンさんはあんな病院送りにされるような酷い怪我をする事無かったんですから。」


「まあ、いいから。大体今夜誘ったのは俺なんだし、奢らせてくれよ。」


ライアンもなかなかひかないので、私は言った。

「それならこういうのはどうでしょう?ライアンさんはまだ食事をしていないんですよね?ここで私が食事を御馳走させて下さい。その代りライアンさんにはお酒を奢ってもらう・・・と言うのは?」


「う~ん・・。お前がそう言うのなら・・・。じゃあ、ご馳走になるかな。」


「はい、好きなのをどうぞ。」


 ライアンは厚切りベーコンとウィンナーにサラダのセットメニュー、それにフライドポテトを注文して食事をしている。


「あの・・・もしかして私に気を使って、安いメニューを選んでませんか?」

私は頼んだマティーニを飲みながら尋ねた。


「え?何でそう思うんだ?」

ライアンはワインを飲むと不思議そうに言った。


「だって・・・そのメニュー一番安いじゃないですか・・。」


「ハハッ。お前って変わってるよな。何て言うか・・男みたいな考えだ。第一、男に女が奢るなんて聞いた事も無いし、初めての経験だよ。」


ふ~ん・・・この世界ではそんなものなのだろうか?日本では割り勘等は普通の事なのに。


「でも、それって男の人にとって不公平だと思うんですよね。やっぱり男女平等じゃないと・・。」


「まあ、お前にはお前の考えがあるんだから別に良いんじゃないかな?それに勘違いするなよ?俺はこれが食いたかったから注文しただけなんだから。そういうお前も俺に遠慮せずにもっと飲めよ。」


ライアンは私にメニュー表を渡してきた。

「それでは、お言葉に甘えて・・・。」



 何杯目かのカクテルを飲み終えた頃にはライアンも食事を終えており、今はウィスキーを飲んでいる。


「なあ、ジェシカ・・・。サロンにはよく来るのか?」


「いいえ?まだ3回目ですけど?」

私は指を3本立てて言った。


「へえ?意外と少ないんだな。ちなみに・・・3回とも誰かと来たりしたのか?」


「う~ん・・・。どうなんでしょうねえ。それがちょっと微妙でして。」


「え?何だよ?微妙って。その言い方気になるな。」

何故か食いついてくるライアン。


「え?気になりますか?」


「あ・ああ・・まあな。」


まあ別にいいか、隠す事でも無いし。

「初めて来たときは1人で来たんですよ。でも・・・ちょっとノア先輩に絡まれてしまって・・・当時、私ノア先輩が苦手だったんですよ。でもそんな私を助けてくれたのが丁度1人で飲みに来ていたルークだったんです。だからその後二人で少しだけ飲み直したのが1回目です。あ、でも別に今はノア先輩の事苦手とか思って無いですよ?」


「そうか。で、2回目は?」


「2回目は普通にダニエル先輩に誘われて来ただけですよ?」

まあ、そこでどんな会話をしたかは言う必要も無いだろうし、その後の出来事は人前でおいそれと話すべき事ではないだろう。



「へえ。それじゃ俺とで3回目か?」


意外そうに言うライアン。


「そうですよ。何も毎晩飲みに来てるわけじゃ無いです。大体回数制限だってあるじゃないですか。」


「でも、お前は成績優秀なんだろう?有名な話だぜ。」


「まあ、それはそですけど・・・。」

あの後も学院内では何度も様々な小テストが行われているけれども、いずれも私は成績トップでアラン王子と並んでいた。


「でも、いいんですよ。自分の部屋で1人飲みしてるので、それほど飲みに来なくても。」

私はストロベリー果実酒を飲みながら言った。


「ふ~ん・・・それは勿体ないな。・・・・のに・・。」

ライアンが小声で言った。


「え?勿体ないって何がですか?」

最期の方の言葉は小さすぎて聞き取れなかったので、私はグイと顔をライアンに近付けて尋ねた。


「うわっ!ジェシカ!顔を近づけるなって!・・・お前、酔ってるだろう?」

ライアンが私から距離を置くように言った。


確かに・・・今のアルコールは度数が強かったのかな?急に酔いが回ってきた気がする。この間みたいな失態は繰り返したくないので、この辺でお酒を飲むのはやめておこう。


「そうですね・・・。ではライアンさん。私はもうそろそろ帰らせて頂きますね。

あ、食事の伝票だけ頂いて行きます。はい、ちょっと失礼しますね・・・。」

私は2人の間に置かれた伝票立てから伝票を抜き取ろうとして、グラリと足元が揺れ、思わずドサリとライアンの胸に倒れ込んでしまった。


「お、おい・・!大丈夫か?ジェシカ!」


私を支えながら、明らかに動揺しているライアン。


「へーき、へーき。これ位大丈夫れすよ。」

ありゃ?舌が上手く回らない。その時、私の後ろで声が聞こえた。


「おい・・・一体何をやっているんだ?」

若干怒気を含んだような声。ん・・?何処かで聞き覚えがあるような・・?


「おい、お前・・。何か俺達の事、勘違いしてないか?」


 私を支えたままのライアンが誰かと話をしている。一体、誰と会話をしているのだろう?ライアンの腕の中にいた私は何気なく後ろを振り返ると、そこに立ってたのは何とルークだった。しかも何やら怖い顔をしている。


「あれ・・?ルークがいる・・。どうしたのお?怖い顔して・・。」


「ジェシカ・・・お前、酔ってるな?」


そしてライアンから引き剥がすように私の腕を掴むと自分の元へと引き寄せた。


「お、おい・・酔ってるんだから、あまり乱暴にするのは止めろよ。」


ルークを咎めるように言うライアン。


「何言ってるんですか?貴方がジェシカを酔わせたんじゃないですか?しかも生徒会指導員のくせに。」


益々語気を強めていくルーク。どうしたのだろう?いつも冷静沈着なはずのルークが・・・らしくもない。

でも流石にライアンもカチンときたようだ。


「ああ、確かに誘ったのは俺だ。俺を襲った犯人を見つけ出してくれたお礼にサロンへ誘ったんだ。いつもお前らがジェシカの側に張り付いていて、中々ジェシカが1人になる機会が無かったから今迄誘えなかったけど、今日はラッキーだったぜ。お邪魔虫がいなかったからな。」


「何・・?俺達がお邪魔虫だと・・・?」


う、何?この淀んだ空気は・・・。流石の私も酔いが一気に冷めていく。ここは何とか2人を止めないと・・・。


「あのね、違うのよ。ルーク、誘われたのは確かだけど。ライアンさんがお礼にお酒を奢ってくれるって言う物だから、調子に乗って飲みすぎちゃっただけだから・・。悪いのは私なんだってば。」


「ジェシカ、お前この男を庇うのか?忘れたわけじゃ無いだろう?こいつらが俺達を罪に陥れたんだぞ?」


「違う!確かに俺は組織の人間ではあるが・・・俺は関与していない!」


ま、まずい!このままでは喧嘩になりかねない。

「待ってよ、落ち着いて、ルーク。ライアンさんのお陰で私達、謹慎室から出られたのよ?しかも私達のせいでライアンさんは大怪我までしたんだからね?」

私がルークの瞳を覗き込むように話すと、ようやく冷静になれたのか、ルークの表情から険しさが消えた。


「悪かった・・ジェシカ。どうもお前が絡むと冷静になれなくて・・・。」


溜息をつくとルークは素直に頭を下げた。


「すみませんでした、失礼な事を申し上げてしまって。」


「あ、ああ・・。分かったならそれでいいが・・・。」

ライアンも納得したようだ。


「それじゃ、俺が責任を持って寮まで彼女を送り届けるので。」


ルークは私の腕を取ると、歩き出そうとする。その後ろをライアンの声が追った。


「お、おい!誘ったのは俺だから俺がジェシカを寮まで送る!」


立ち上りかけたライアン。だが、ルークはそれを言葉で制した。


「いいえ、貴方は部外者ですからここは俺に任せて下さい。」


「・・・っ!何だよ・・その部外者って・・!」


苦し気に言うライアン。余程今の言い方が癪に触ったのだろう。

「ライアンさん、ごめんなさい。今夜は誘って下さってありがとうございます。」

ルークの代わりに私は謝罪した。


「いや・・・お前が謝る事じゃないよ。またな、ジェシカ。」


悲し気に手を振るライアン。


はもうありませんよ。」


冷たく言い放つとルークは強引に私を連れてサロンを出た—。


あの・・・お金支払っていないんですけど・・・・。











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