第8章 7 マリウスはギャップが激しい

 一体、今の騒ぎは何だったのだろう・・・。でもアラン王子達が居なくなってくれたのは好都合だ。



「ねえマリウス。朝の話の続きをしてもいい?」

食事を終えた私は食後の珈琲を飲んでいる。ちなみにマリウスが飲んでいるのはミルクティー。う・・・何だかマリウスの中に私には無い乙女を感じる。でも、これならいけるかもしれない。


「はい。あの・・・・アラン王子を誘惑するっていうお話ですよね・・・。」


途端に表情が曇るマリウス。まあ確かに仕方が無いか。マリウスにはMっ気はあるが、女装癖も無いし、男に興味があるとも思えない。私は一度だけ生徒会長を男色家と勘違いしてしまった事はあるけれど・・。少しマリウスには気の毒かもしれないが、ここは協力してもらうしかない。


「ところで、お嬢様。その話をする前に私から質問してもよろしいですか・・?」


「え?う、うん。別にいいけど?」

いささか元気が無い様子で私に尋ねて来るマリウス。一体どうしたのだろう?


「ジェシカお嬢様は・・・私に女装をさせて、それで別のどなたかと仮装パーティーに参加されるのですか・・?」


悲しげに、最期の方は消え入りそうな声だった。


「え?私が?まさか!ドレス姿で私が参加するなんてあり得ないでしょう?第一ダンスなんか踊れないもの。」


意外そうに言う私にピクリと反応するマリウス。あ・・何か余計な事を口走ってしまった気がする・・。


「ダンスを踊れない・・・?」


一瞬、マリウスの声色が変わった気がする。が、しかしすぐに元に戻った。


「ああ、そうですよね。お嬢様は記憶喪失になられているのですからダンスだって当然忘れてしまいますよね?でも安心しました。お嬢様は仮装パーティーに出席しないという訳ですね?」


何故かぎこちない笑みを浮かべるマリウス。何かマズイ事でも言ってしまっただろうか・・?


「う、うん。勿論そうだけど?」


「ではどうされるのですか?お1人で参加するという方は殆どいらっしゃらないと思いますが・・・?」


 本当は女友達以外には内緒にしておきたかったのだが、マリウスには黙っている訳にはいかないかもしれない。(なにせ女装をして貰い、アラン王子を誘惑するという大役を任せるのだから。)

私はぐいと身を乗り出し、マリウスの耳元で囁いた。瞬間、マリウスの身体がビクッとなる。

「誰にも、絶対言ったら駄目だよ?」

何故か耳まで真っ赤にしてコクコクと頷くマリウス。

「私ね、メイドの恰好するの。」


「え・・・?」


マリウスの身体から離れた私だが、彼の目が点になっている。


「聞こえなかったの?だから、私はメイドの恰好をするのよ。」


「お嬢様・・・な、何故メイドの恰好をするのですか・・?」


明らかに動揺しているマリウス。


「何故って、変装してメイドになってパーティー会場に紛れ込めば、誰も私だと思わないし、ダンスに誘われる事も無いでしょう?」


平然と答える私だが、マリウスは非常に焦っている様だ。


「お嬢様。本気で言ってらっしゃるのですか?仮にも名門リッジウェイ家のお嬢様がメイドとしてお客様に飲み物をお配りする仕事をするおつもりですか?」


「勿論、そんなの当然じゃない。それがメイドのお仕事でしょう?」

一体何を言い出すのかと思えば・・・。私は学生時代はずっとファミレスでアルバイトをしたいたのだ。接客業務などお手の物。


「やはり、お嬢様は・・・入学されてから・・変わりましたよね・・。」


「そ、それはそうよ!記憶喪失になってるって話はしてるよねえ?」


マリウスには初めて出会った時に記憶喪失になって、何もかも覚えていないと言う事は説明してあったのに、何故今頃そのような事を言ってくるのだろう?何だろう・・

今日のマリウスはいつもと違う感じがする。


「と、とに角、仮装パーティーまでもう日にちが無いから、今度の休暇に町へ行ってドレスを買ってきてよね。」


コーヒーを飲み終えた私は席を立つと、マリウスに尋ねた。


「ねえ・・・身長を小さくする魔法って・・・あるの?」



 今、私とマリウスは臨時教員室の入り口に立ってい居る。

マリウスに身長を小さくする魔法があるかどうか確認してみたのだが、彼にも分からなかったので、臨時教員室にいるジョセフ先生を尋ねたのだ。何せジョセフ先生はマジックアイテムのエキスパートだ。先生ならきっと何か良いアイテムを知っているかも知れない。


コンコン。

私がドアをノックすると、中から男性の返事があり、ガチャリとドアが開かれた。


「あれえ?どうしたの?君達。」


部屋から出てきたのはジョセフ先生本人だった。



「ふ~ん・・・。身長を低くするマジックアイテムか・・・。」


ジョセフ先生はまだお昼を食べていないとの事だったので、私達は今カフェに来ている。先生はサンドイッチを注文し、私とマリウスはそれぞれハーブティーを注文した。


「身長を小さくするマジックアイテムは無いけどね、もっと面白いアイテムならあるよ?」


ジョセフ先生はいたずらっ子のように笑っている。


「面白いアイテムですか・・・?あの、それは一体どういうものでしょうか?」


マリウスは真剣に聞いている。でも、それは当然かもしれない。何せ実際にマジックアイテムを使うのはマリウス本人なのだから。


「それはね、性別を一定時間変えるアイテムだよ。」


「「え?!」」

同時に声を上げる私とマリウス。ま、まさか性別を変えるアイテムが存在するだなんて・・・。


「そのマジックアイテムってセント・レイズシティにも売っていますか?!」

これは是非買わねば!何としてもそのマジックアイテムでマリウスを女にしてみたい。きっと、とんでもない美女になるに決まっている。


「お嬢様・・・何だか楽しんでいませんか・・・。」


マリウスが恨めしそうにこちらを見ているが、ここは見なかった事にしよう。


「べっつに!それで、ジョセフ先生。マジックアイテムって同じの売ってますか?」


「うん、多分売ってると思うよ。今日店によって取り扱いしてあるか確認してきてあげるね。それで・・・使用するのは誰なんだい。」


「はい、マリウスです。」

即答する私。


「ああ、君が使うんだね。実はこのマジックアイテムは男性用と女性用で違う品物になるからね。確認しておきたかったんだ。」


「そうなんですか・・・。でも何故、性別を変えるアイテムが存在するのでしょうね・・・。」


「「・・・・・。」」


私もジョセフ先生もマリウスの素朴な疑問に答える事が出来なかったのは言うまでもない—。


 

 午後の予鈴が鳴った。

私とマリウスはジョセフ先生と別れてあまり人通りのない裏道を通って教室へと向かって歩いていた。


「あの・・・お嬢様。」


遠慮がちにマリウスが声をかけてくる。


「なあに?」


振り向いた時に、突然強い風が吹き、私の長い髪の毛が勢いよく舞い上がる。

「キャッ!」

私は思わず目を閉じると・・・。

え?

いつの間にかすぐ目の前にマリウスが立っていて、私の髪の毛がなびかないうように両手で押さえつけている。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「う、うん。だ・大丈夫・・・・。」


しかし、何故かマリウスは突然私の手首を掴むと自分の方へ強く引き寄せた。

「!」

自然にマリウスの身体に倒れ込む形になる。すると突然私の背中に両腕を回し、強く抱きしめてきた。


「マ、マリウス?!どうしたの?」


何?一体マリウスは何をしているの?

「は、離れてってば!」


しかし、幾ら言ってもマリウスの耳に私の声が届かないのか抱きしめる腕の力が一向に弱まらない。


「良かった・・・。」


やがてマリウスが口を開いた。


「え?」

一体何が良かったのだろう?マリウスは私からゆっくり身体を放すと、言った。


「お嬢様が誰とも仮装パーティーに参加する意図が無いと言う事を知る事が出来て、本当に良かったです・・・。だって、私と参加して下さらないのなら、いっそ誰とも参加して欲しくなかったから・・・。」


「マリウス・・・・。」

これだ・・時々、マリウスはギャップが酷くて困る。どうせならいつものようにMっ気全開でいってくれればいいのに、時々こんな風に真面目モードに入るから、こちらだって対応に困ってしまうのだ。

でも、寂しげに笑うマリウスは、こちらとしても見ていたくはない。だから言った。


「当たり前でしょう?マリウスを女装させておいて、仮装パーティーを楽しむなんて事する訳無いでしょう?」

と―。










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