第8章 2 生徒会長は猫が好き

 私は生徒会長から頼まれたカフェ『ドルチェ』のアップルパイを持って、彼が軟禁されている謹慎室のドアの前に立っている。

ああ・・・憂鬱だ。あの強面の生徒会長に呼び出されるなんて。

溜息を一つつき、大きく深呼吸すると、ドアをノックした。


コンコン


「ジェシカか?!」


 部屋の中から嬉しそうな声が上がり、ガチャリとドアが開かれた私の目の前には満面の笑みを浮かべた生徒会長が立っていた。そんなにここの店のアップルパイが食べたかったのね・・・。


「こんにちは、お久しぶりですユリウス様。手紙に書かれていた通り、17時までにカフェ『ドルチェ』のアップルパイをお持ちしました。」

私は事務的に話すと、手に持っていた紙袋を生徒会長に押し付けるように渡した。


「では失礼します。」

一礼して、立ち去ろうとすると明らかに狼狽した生徒会長。


「え?お、おい、ちょっと待てジェシカ。一体何処へ行こうとするのだ?」


私の左腕をガシイッと掴む生徒会長。・・・腕が痛い・・。


「何処って・・・?寮に帰るのですが・・・?」


「な、何だと?何故帰ると言うのだ?」


ギリリイ・・・私の腕を掴む指に力が入って来る。ち、ちょっと!痛いですってば!私は痛みで顔を歪める。

「ユ、ユリウス様。腕が痛いので離して頂けますか?」


「あ、ああ。すまなかったな。ジェシカ。」


ぱっと私の腕から手を放す生徒会長を恨めしそうに見ながら言った。


「あの、まだ何か私に用があるのでしょうか?ユリウス様のお手紙では私にアップルパイを持って来るように書かれていただけだと思いますが?」

もうお使いは済んだのだから早く寮に戻らせて欲しい。こんな上から目線の強面生徒会長と2人きりで部屋にいると息が詰まりそうだ。


「まあ、そう言うな。今お前の為に飲み物を入れてやるから。」


何故かウキウキしながら言う生徒会長。でも私は先程破った手紙が制服のポケットに入っているので気が気じゃない。ま、まずい。もしあの真っ二つに破れた手紙が万一この生徒会長の目に触れたら・・。


「さあ、ジェシカ。どんな飲み物がいいか?言っておくが俺は少々飲み物にも煩い。

甘いアップルパイに合う飲み物として、俺がお勧めするのはやはりダージリンだろうか?そこにレモンを絞って入れるとまた風味が出て、甘いアップルパイにはお勧めなんだ。あ、でもお前はコーヒー派だったか?そうだな・・・コーヒーだとしたらやはりじっくり焙煎された・・。」


 生徒会長が飲み物に対して、うんちくを述べている間に私は生徒会長のいる部屋を眺めた。え?何よあれは・・・。猫のぬいぐるみ?それに隣にあるのはクマのぬいぐるみにも見える。さらに部屋の中を見渡せば、夜寝るときに履くのだろうか?スリッパは可愛らしい星の模様、え?あのハンガーにかかっているのは・・・?淡いクリーム色のパステルカラーのフワフワしたガウン?!

部屋の至る所がファンシーグッズで溢れているでは無いか。・・・もうすっかりここの部屋を私物化している。いっそ、このままずっとこの部屋の主になったらどうだろう?


「おい、ジェシカ。どうした?」


生徒会長が私に声をかけてきた。


「あ・・・いえ、何だか凄いお部屋だなあと思いまして・・・。」

私が曖昧に答えると、生徒会長はその意味を好意的に受け取ったのか、さらにテンションが上がって来た。


「そうか、やはりジェシカもそう思うか?やはり可愛らしい物に囲まれていると疲れ切った心も癒されるという物だ。普段から生徒会長という重い責務を課せられた俺には心を穏やかにする時間が必要だ。その為にこの子達を傍に置いて癒してもらっているのだ。」


 生徒会長は手近にあったぬいぐるみを5、6個掴むと抱きしめて頬を摺り寄せる。

ゾワゾワゾワッ!背中に悪寒が走る。今ぬいぐるみ達をこの子達って言ってたよね?こ、怖い・・気色悪い・・・別の意味でマリウスとは違う恐怖を感じる。しかしここまでおかしな趣味嗜好を私の前でひけらかして良いのだろうか・・・?


「ん?どうした、ジェシカ。何か言いたい事があるようだな?」


不思議そうに尋ねて来る生徒会長。よし、ならば言ってやろう。

「あの・・・・生徒会長・・もとい、ユリウス様。私の前で、このような少女趣味的偏愛をひけらかしても良いのですか?」

丁寧な言葉で、なるべく嫌みな言い方で言ってやった。


「ああ、その事か。確かに他の者の前ではあまり見せてはいけない姿なのかもしれないな。」


何と!自分の趣味がおかしいという事に自覚があったのか!


「だが、しかし!ジェシカ、お前の前では嘘偽りない自分を見せようと決めたのだ!」


あ~・・・そうですか・・はっきり言って大迷惑なんですけど。生徒会長の話はまだ続く。


「やはりお前と俺の仲は他の誰にも無い深い絆で結ばれている。そうだろう?ジェシカ?」


ガシイッと私の両手を握りしめ、顔をグググッと近づけて来る生徒会長。だから、距離が近すぎるって言ってるじゃ無いの!


「わ、分かりましたから、離れてください。確かお茶を入れて下さるんですよね?それを飲んだらもう私はおいとましますので。」

生徒会長の両手を振りほどいて言った。


「あ、ああ。そうだったな。今回は俺とお揃いの紅茶にしよう。ほら、こんな時の為にお揃いのティーカップセットを買っておいたのだ。」


自慢気に言う生徒会長は私の前に紅茶の入ったティーカップテーブルを置いた。


え?今何と言った?お揃いのティーカップセットだあ?私は目の前に置かれたカップをよく見る。カップの側面にはそれぞれ色違いの可愛らし猫のイラストが描かれていた。


「どうだ?可愛らしいだろう?以前町へ出た時に雑貨屋でこのお揃いのティーカップセットを見つけ、即買いしたのだ。」


私はかろうじて冷静さを保ちつつ、生徒会長に言った。


「ユリウス様・・・。」


「ん?どうした?」


「猫がお好きなんですか?」

生徒会長のもはや個室と化した謹慎室は、よく見ると猫グッズで溢れている。


「ああ、ジェシカ。お前に出会って猫が好きになった。」


へ?私に出会って?一体どういう意味なのだろう。


「ほら、よく見て見ろ。」


生徒会長は1体のリアルな猫のぬいぐるみを手元に引き寄せた。


「この茶色の美しい毛並みは、まるでお前の髪の毛の様だし、少々釣り目な所もお前に良く似ている。そして一番の特徴は、その性格だ!」


ビシイッと私を指さした。だから、人の事を指さしてはいけないんですってば。

「せ・・性格・・・ですか・・?」


「そう、その気まぐれな性格がまるで猫なのだ!だから俺は猫を愛でる事が好きになったのだ。」


そう言うと生徒会長は猫のぬいぐるみに顔を埋め摺り寄せた。

き、気色悪い・・・!もうこうなったらさっさと紅茶を飲んでこの部屋から出て行かなくては。何だか空気まで淀んでいるような気がする。

私は返事もせずに紅茶をグイッと一気飲みをすると席を立った。


「それではユリウス様。ごきげんよう。」



「お、おい!もう帰るのか?ケーキはどうした?食べないのか?!」


慌てた生徒会長は私に声をかける。そこで言った。


「ユリウス様、よく袋の中をご覧になって下さい。アップルパイは元々私の分は買ってきておりません。アップルパイを届けたら部屋に入らず、すぐに寮へ戻る予定でしたので。」


「な、何だと?!俺の分しか買ってきていなかったのか?一体何故だ?そんなに早く帰ろうと思っていたのか?!な・何という事だ・・。ジェシカ、お前はそれ程迄、この俺と話をする気は無かったと言う事か?!」


 出たよ。またまた大袈裟なリアクションでよろめく生徒会長。もういつまでも生徒会長という役職にしがみ付くのは止めにしたらどうでしょう?どうせ貴方は他の役員からは信用されていないお飾り生徒会長なのですから、いっそ演劇部に入部してはいかがですか?きっと人気が出るかもしれませんよ?私は心の中で毒づいてみたが、口には出さずに胸の内にしまっておくことにした。そして、コホンとせきばらいをすると生徒会長に向き直った。


「ユリウス様。今ご自分の置かれた立場をご存知ですか?ライアンさんを襲撃した現場を目撃した学生達の話では皆さん、ユリウス様が犯人だと仰っているのですよ?

今、私を含めアラン王子達が真犯人を探している最中です。なのでユリウス様とのんびり過ごす時間は取れないのです。お分かりいただけましたか?」

何て半分ほんとで、半分は帰る口実なのだけどね。


 しかし、私の話を聞いた生徒会長は感動したのだろうか・・・。目を輝かせて私を見つめている。う・・な、何その目つきは・・。


「ジェシカ・・・そこまでお前は俺の事を思っていてくれたのだな?!よし、確かにお前の気持ち、受け取った。では、早く寮に戻って事件解決への糸口を見つけて来るのだ!」



 こうして面会時間ぎりぎりで私は生徒会長の元から去る事が出来た—。









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