第7章 11 意識が戻った彼
「え・・・・と・・?不当な扱いってどういう意味かな・・?」
不思議そうに言うジョセフ先生。うっ!確かに突然そんな事を言われたら誰だって面食らうかもしれない。まさか先生の生活があまりに貧しそうで切迫した状態に置かれているように見えたからなどと失礼な話など出来る訳が無い。
「そ、それは・・・。」
答えに窮する私。そんな私の様子を見たジョセフ先生はクスリと笑うと言った。
「それじゃ、病院へ行こうか?」
セント・レイズ総合病院は町の中心部にあった。ジョセフ先生の家から路面電車を乗り継ぎ、到着した私はその病院が思っていた以上に小さかったので少々驚いてしまった。どうも日本に住んでいた時の感覚が抜けられないのかもしれない。
3階建ての建物が4棟並んでいる総合病院はこの規模の町にしてみれば大きい方・・・なのかな?
「どうかしたの?」
私が病院の入り口でボ~ッと立っているのを見たジョセフ先生が声をかけてきた。
「あ、あの。私実は病院を見ること自体・・お恥ずかしいながら初めてなのですが規模的には大きい方なのかな~と思いまして。」
「うん、そうだね。確かに大きい方だと思うよ。診療所と魔法薬師の治療院で大体殆どの病院や怪我は事足りるからね。でもここに運び込まれたと言う事は・・・余程彼の怪我の具合は酷かったのかもしれないね。」
神妙そうな面持ちで言うジョセフ先生。どうしよう、ますますライアンの事が心配になってきた。そんな私の不安を感じ取ったのか、先生が言った。
「まあ、ここにいてもしょうがないから取り合えず病院で彼の面会を出来るか聞いてみる事にしようか?」
病院側はジョセフ先生がセント・レイズ学院の関係者だと分かると、すぐにお見舞いを承諾してくれた。私も付き添いでと言う事で快諾してもらえたので面会の許可が下りたので安堵した。
病室は205号室で今朝がた、ライアンの意識が戻ったらしい。
看護師?のような女性に案内されて私達は205号室の前に着いた。
コンコン。
女性がドアをノックする。
「はい・・・。」
ドアの奥から弱々し返事が返ってきた。あの声は・・ライアンだ。
「シュタイナーさん、セント・レイズ学院の方々がお見舞いにいらしてますよ。お通ししてよろしいですか?」
そうか、ライアンのファミリーネームはシュタイナーというのか。
「え?セント・レイズ学院から・・・?」
明らかに戸惑った様子の声が聞こえてくる。でもそれはそうだろう。きっとライアンの中では誰が面会に来ているか等恐らく想像もついていないのだろうから。
「あ、はい。どうぞ・・・。」
一瞬躊躇した後ライアンの返事があったので、先にジョセフ先生が病室へ入って行き、私が後から続いた。
「!ジェシカ・・・ッ!」
ライアンからは明らかに驚愕の表情が見て取れた。私が来ているとは思いもしなかったのだろう。彼は身体の至る所を包帯で巻かれ、まだあまり顔色が良くなさそうだった。
「ライアンさん。良かった・・・意識が戻って・・。」
不覚にも私は嬉しさと安堵で涙が滲んでしまい、咄嗟に手で拭った。
「ジェシカ・・・。そんなに俺の事心配してくれていたのか・・?」
動揺しているのか、言葉を詰まらせながら話すライアン。
「何言ってるの。当たり前じゃないですか?だってライアンさんが怪我をした原因を作ったのは私なんですよ。心配して当然じゃないですか?もし怪我が重すぎて死んでしまったりしたらどうしようって、ずっとずっと不安に思っていたんだからね。」
私の言葉を聞いて何故かみるみる頬が赤くなるライアン。
「あの・・・君達2人はもしかして恋人同士だったのかい?それに君は僕に天体観測のスケッチを持ってきた学生さんだよね?」
おずおずと声をかけてきたのはジョセフ先生。
「「は?」」
2人ではもる。
「あ、そ・それは・・・。」
何か言いかけるライアンよりも前に私が返事をした。
「いいえ、違いますよ。彼は私を無実の罪を晴らしてくれた生徒会の恩人なのです。」
「無実の罪・・・?」
ますます訳が分からないと首を傾げるジョセフ先生に私はこれまでの経緯を全て先生に説明する事となった・・・。
「そうだったんだ。随分大変な目に遭ったんだね。」
気遣うように言うジョセフ先生。
「でも、ここにいるライアンさんやマリウスのスケッチブック、それにアラン王子が私達の為に奔走してくれたから無実が証明されたんです。本当に皆さんに感謝ですよ。」
そして私はライアンに向き直って質問した。
「ねえ、ライアンさん。一体その怪我は誰にやられたんですか?」
「いや・・実はそれが分からないんだよ・・・。」
「分からないってどういう事ですか?」
「ああ、実はあの日心当たりのある生徒会の連中2人を体育館へ呼び出したんだけど、そこへ向かう途中でいきなり背後から魔法弾を打たれて・・後は倒れた所を何度も何度も俺が気を失うまで攻撃が続いて、それきりさ。」
ライアンは溜息をついた。
「実は生徒会長が今犯人に仕立て上げられているのですが・・・。」
私の話にライアンは驚いたように目を見開いた。
「生徒会長が?いやまさか。それは絶対にないな。あの日俺は体育館へ向かう途中で焼却炉でゴミを燃やしている生徒会長に会ったんだ。こんな所で何をしているのかを尋ねると、他の役員達に不要になった書類を焼却処分するように言われたから、今それをやっている所だと話していたからな。」
そうか、やはりあの生徒会長は他の生徒会員達のパシリ扱いを受けていたのか。
恐らく役職だけは立派なポストについているが、あくまでそれは肩書だけ。実権は何一つ握っていないお飾り生徒会長だったと言う訳だ。その事に気が付いていないとは哀れな・・・。
「他に何か生徒会長では無いと断言できる証拠はあるのかい?」
黙って聞いていたジョセフ先生が質問した。
「ええ、ありますよ。だって相手は2人いたんですから。正体は見ていないけれども魔法攻撃が左右から飛んできたので俺を襲った相手は2人組に間違いは無いです。」
「そうすると君が犯人を見ていないのなら、何か生徒会長が犯人ではないという証拠を見つけないとならないね・・・。」
真剣に考え込むジョセフ先生。でも私的には生徒会長は色々と人間的に欠陥が生じているので、自分の日頃の行動を顧みる為に暫くは謹慎処分を受け続けて貰いたいのが本音なのだが(おまけに煩わしい)、そんな事ライアンやジョセフ先生の前では絶対に言えない。
その時病室にあった鳩時計が鳴り、午後4時を知らせた。
「あ、ごめんなさい。ライアンさん。私そろそろ学院に戻らないと・・・。」
病院が用意してくれた椅子から立ち上ると私は言った。
「そうだね、それじゃ僕も御暇しようかな。」
ジョセフ先生も立ち上がる。
「あ、ああ。ごめん、悪かったな。わざわざお見舞いに来てくれて・・・その、嬉しかった。」
少し照れながら言うライアン。私は少し笑うと言った。
「ライアンさん、今度の休暇の時にまたお見舞いに来ますね。お大事にして下さい。」
そして病室を出てから私は気が付いた。しまった!お見舞いの品を何一つ持って来るのを忘れていた・・・。
病院を出た私達はまた路面電車を乗り継ぎ、ジョセフ先生の家へと向かった。そのまま真っすぐ学院へ戻ろうとした私は何故再度先生の家へ戻るのか理由を尋ねたのだが、先生の答えは着いてからのお楽しみという事だった。
辺りはすっかり夕暮れになっている。市街地から離れた先生の自宅は小高い丘の上にあり街灯も無く、点在した家々と木々が黒いシルエットとなって月明かりに照らされ、まるで影絵のように見えた。背景には輝く星々。まるで昔子供の頃に見た影絵「銀河鉄道の夜」を少しだけ思い出させた。
「どうかな?この景色。」
背後でジョセフ先生の声が聞こえる。振り向いた私はジョセフ先生が子供の様に無邪気な笑顔で美しい風景に見惚れているのが見て取れた。
「君に、この景色を見せてあげたかったんだ。何故僕がこんな場所に住んでいるのか不思議がっていたからね。・・・僕は確かに臨時教員なんて立場にいるけど、学院側からは満足のいく給料をもらっているし、他の教員達は立派な部屋に住んでいる人もいるよ。でも僕はここの景色が好きだから、ここに住んでいるんだ。その事を君には知っておいて貰いたくなってね・・・。」
ゆっくり語る先生の口調は聞いていると穏やかな気持ちにさせてくれる。だから私は答えた。
「はい、確かに教授の仰る通りここは素敵な場所ですね・・・。」
と―。
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