第7章 6 情報の対価

 ナターシャを抱いた・・・・。ここまでくれば何があったのかは嫌でも分かる。


「先輩は、ひょっとして私の話を聞く前からナターシャさんを疑っていたのではないですか・・・?。それで真実を話させる為に・・・?」

 私は先輩の顔をじっと見つめながら一語一句、ゆっくりと語った。

黙って私の話に頷くノア先輩。その顔はまるで叱られて泣きそうになっている子供の様な顔だった。


「僕を・・軽蔑するかい?でも仕方が無かったんだ。だって僕は今迄こうやって生きてきた。こんな生き方しか知らないんだ!」


「ノア先輩・・・。」


「ナターシャは僕が誘ったら喜んでついてきたよ。でもその前に白状させたんだ。本当の事を教えないと、二度と君を誘わないと。」


私は目を逸らさずに黙って先輩の話を聞いている。


「それを言ったら、ナターシャはペラペラと喋りだしたよ。今まで自分は一度も大浴場に行った事などないってね。だから下着だって盗まれるはずは無いって。寮母が盗み見たメモの件もそうだ。受け取った時間もジェシカ達に疑惑を向けるために偽って報告したし、メモの内容もマリウスがジェシカを呼び出す内容だったと寮母が話していたらしい。」


ノア先輩はそこまで話すと息を吐いた。


「先輩・・・ソフィーさんは?彼女の件については何か話していましたか?」


「そうだね。ナターシャはソフィーの事は徹底的に庇っていたよ。メモを見た寮母がソフィーに連絡を入れたらしいんだ。こんな夜更けに2人は逢引するようだから、何か弱みになるような証拠写真が撮れないか、2人を監視してくれないかと寮母がソフィーに頼み込んだってナターシャは言っていたよ。強引にソフィーに頼み込んだのは自分と寮母の2人だから、どうかソフィーの罪は問わないで欲しいと懇願してきたしね。」


ノア先輩は溜息をつき、少しの間口を閉ざしていたが・・・やがて決心したかのように言った。


「そして、一応僕は・・・ナターシャからの自白を聞きだしたから・・・約束通りに

ナターシャを・・抱いたよ。本当は途中で彼女の気が変わるのを僕は願っていたのだけどね・・。僕を軽蔑する?ジェシカ・・・?」


自嘲気味に言うノア先輩の顔には後悔の念が強く刻まれているように見えた。

私はノア先輩が気の毒に思えた。こういう形でしか手段を選べなかったノア先輩。

だから・・私は首を振って答えた。

「大丈夫です。私はノア先輩の事を軽蔑なんてしませんから・・。」


「ありがとう・・・。」

 

ノア先輩は私を見て、寂しげに笑みを浮かべる。


 それにしても、私はノア先輩の話を聞いてソフィーの事を考えた。絶対に首謀者はソフィーに決まっている。何故か私はこの世界のソフィーに物凄く嫌われている・・というよりは憎しみの対象にされている気がする。でも何故そこまでして彼女に憎まれなければならないのだ?

 そこで、ある事に気が付いた。あれはいつの時だったか―そう、ダニエル先輩と2人でカフェテリアにいた時、ソフィーがあの場に現れて、ダニエル先輩に親し気な態度を取ろうとしていた。そして私達が食事に行くと言った時に何故かついてこようとしたソフィーをにべもなく冷たく断ったダニエル先輩。

さらにその後私たちが去り際に、ソフィーが私に向けて言った言葉・・『ジェシカさん・・・。貴女ダニエル様にまで・・・?』

確かにそう言った。あれは一体どういう意味だったのだろうか・・?


「もしかすると、ナターシャは強い暗示をかけられているのかもしれない。」


突然ノア先輩が気になる事を言った。


「え?暗示?」


「ソフィーを庇うように話をしていた時のナターシャのあの目・・・まともじゃなかった。暗示で無ければ、もしかして脅迫か弱みを握られているのかも。」


 ノア先輩の言う通りかもしれない。そもそもあのプライドの高いナターシャが準男爵であるソフィーと友達は愚か、上下関係などになるはずもない。でも・・・脅迫か。私には思い当たる節がある。でもそれをノア先輩に言うべきなのだろうか。


「どうしたの?ジェシカ。何か知ってる事があるなら僕に隠さないで教えて貰えないかな?」

 

 不安そうに揺れるノア先輩の目・・・。でも話せばきっとノア先輩は傷つく。だけど黙っていてもいずれは耳に入るかもしれない。他の人からこの話を聞かされるくらいなら私から話したほうがノア先輩の心の傷も少なくて済むのではないだろうか?

私は覚悟を決めた。


「ノア先輩・・・・。実は・・ノア先輩とナターシャさんが2人で町を訪れた時、誰かは分からないのですが、ナターシャさんがノア先輩に振られたところを見ていたらしく・・その次の日から彼女の立場が悪くなったんです。もしかするとそれを見ていたのがソフィーさんで、ナターシャさんの事を脅迫していたとしたら・・・?」


私の話を聞いて、顔色が青ざめていくノア先輩。


「それじゃ・・・今回の件を引き起こしたのは、全て僕の責任だったのかもしれないって・・事?」


「それは違います!」


私は自分でも驚くぐらい、大きな声で否定していた。でもはっきり言わなければけない。ノア先輩のせいではないって。


「ナターシャさんが今回の件を引き起こしたのはノア先輩のせいではありません。以前から何故か私はソフィーさんに目の敵にされていました。ノア先輩は知らないかもしれないですが、以前ソフィーさんが落とし穴に落ちて足を怪我したという、ちょっとした事件がありました。それすら私が彼女を突き落としたと言われたんですよ?

でもある人がそれをはっきり否定してくれたし、学院側からも私に何の通達もありませんでした。いずれにしろ、私は何らかの形でソフィーさんの罠に落とされていたと思います。それに、この先だって・・。」


 そこまで言って私は口を閉ざした。しまった、言い過ぎてしまった—。


「何?この先って一体どういう事なの?もしかして今後またジェシカの身に何かが起こるかもしれないって事?」


ノア先輩は私の両肩を掴むと、私の顔を覗き込むと言った。


「そ、それは・・・。」

駄目だ、絶対にこの話はしてはいけない。だって私が見た夢は不確定未来の話だ。普通の人にこんな話をしても、そんなの只の夢だろうと一喝されてしまうのがオチだ。

それに余計な話をしてここにいるノア先輩や他の皆に心配かけさせてはいけない。


「ジェシカッ!僕には何も話してくれないのかい?そんなに僕が信用出来ないっていうの?!それとも・・・僕がこんなだからやっぱり受け入れてくれないの?」


そう言うと、私の事を強く抱きしめてきた。ノア先輩の身体は小刻みに震えている。


「嫌だよ・・。僕を嫌わないで・・。ジェシカに嫌われたら僕は何もかも失ってしまう・・・。」


 ノア先輩は必死で私に縋りついている。それはまるで13歳のあの時の子供のままに感じられる。やはりノア先輩の心の成長はあの日の夜で止まってしまっているのだろうか?

 だから私はノア先輩を安心させる為に言う。

「大丈夫です、私はノア先輩を嫌ったりなんかしません。安心して下さい。」


「本当に・・・?」


ノア先輩は私を抱きしめる腕を緩めると、泣きそうな顔で私を見下ろして尋ねて来た。

「はい。本当です。」

私が笑いかけた、その時・・・。


「ノア・シンプソンッ!!俺のジェシカから離れろ!!」

バタンッと大きくドアが開かれた。・・・何だかものすごーく嫌な予感がする。

私とノア先輩がドアを振り向くと、そこに立っていたのは・・・


俺様王子

マリウス

グレイ

ルーク

ダニエル先輩

・・・が勢揃いしていたのだ。

ああ、益々話がこじれていきそうだ・・・。

でも熱血生徒会長がいないだけ、マシ・・・かな? 








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