第5章 9 口付け

「ダ、ダニエル様。お待たせしてすみません。」

私はハーハー息を吐きながら先輩の側に駆け寄った。


「・・・・。」


所が何故かダニエル先輩は返事をせず、口をポカンと開けたまま私を見ている。

「あの、ダニエル様?」

あー言いにくいなあ。ついつい先輩って言いそうになっちゃうよ。


「あ、い、いや。その・・・すごく良く似合ってるよ。その服・・・。」


顔を真っ赤にして余所見をして言うダニエル先輩。う、こういうの反則だ。つい胸がときめいてしまう。

「あ、ありがとうございます・・・。」

ついつい私も顔が赤くなってしまう。う~これではまるで付き合いたての高校生のようなレベルじゃ無いの。我ながら恥ずかしくなってしまう。


「そ、それじゃ行こうか?」


ダニエル先輩はスッと左手を差し出した。これは・・・手を繋ごうという意味なのかな?私は右手を出すと、ダニエル先輩はがっちり、恋人繋ぎをしてくるではないか。おお、恋人ごっこをする気満々だ。私は隣を歩く先輩を見上げると、ダニエル先輩は耳まで赤く染めている。・・・ピュアな人だ。


「ところでダニエル様。何処で食事をするのですか?」

私は疑問に思って尋ねた。確かにここの学院の学食は味も一流だが、デートの食事としては首を捻ってしまう。他に何処か食事出来る場所なんてあったかなあ・・・?


 するとダニエル先輩が言った。


「あれ?君は知らないの?この学院には完全予約制のレストランがあるんだよ。

メニューも学食とは違ってコースメニューで出て来る特別な店なんだけど。」


ええ?!これまたびっくり。一体私の小説は何処まで進化を遂げるのだろう。


「そうなんですか~。今から楽しみです。」


「う、うん。楽しみにしていて。」


ダニエル先輩は顔を赤らめて言った。



 ここのレストランは確かにダニエル先輩が言っただけの事はあり、本当に素晴らしかった。前菜から始まり、最後のデザートまで何もかもが美味しくて、もし星幾つ付けますか?と聞かれたら私は迷わず、星5つ上げていただろう。

 美味しい料理ですっかり楽しくなった私は饒舌になりダニエル先輩に色々な話を聞かせた。最も私が話す事と言えばマリウスやアラン王子に生徒会長、グレイにルーク・・・他の男性の話ばかりだったので、最初はダニエル先輩もあまりいい顔をしていなかった。

けれど私がマリウスのおかしな性癖を暴露してしまったり、俺様王子や生徒会長が実はスイーツ好きな乙女心を持っている事等を話すと目に涙を浮かべてダニエル先輩は笑い転げていた。

 今頃きっと彼等は合宿所で訳の分からないくしゃみを連発していたに違いないだろう。あー楽しいなあ。


 レストランを出た私たちはすっかり仲良くなって、自然に手を繋いで歩いていた。


「ところでダニエル様、映画って何処で観るんですか?」


「うん、実はその映画って言うのは実は外で上映するんだ。今夜は月に1度の上映会の日なんだよね。とても素晴らしい映像を観る事が出来るから、是非君と一緒に観に来たかったんだ。」


ダニエル先輩は今迄一度も観たことが無いような笑顔で言った。ああ、この人はこんな風に笑う事があるんだ—。


 上映会場はまるでコロシアムのような形をしていた。円形の形に階段になっているかのような座席・・・。

そしてぽっかりと空いた空間には直径30m程の大きな球体がどういう原理なのかは知らないが空中に浮かんでいる。それだけでも私には十分不思議な光景だった。


 観客の殆どはカップルばかりだったが、中には友人同士や1人で観に来ている学生もいた。


「ほら、もうすぐ始まるよ。」


ダニエル先輩が私の耳元で囁く。

すると、次々と周囲の明かりが消えてゆき、ついには辺りが真っ暗になった。

そして―映画が始まった。


 映画の内容はこの世界の物語だった。門を隔てて人間と魔族が住むこの世界・・・門はお互いの種族が行き来できないように人間側と魔族側とで管理している。それをある日、門を破ってこちら側に侵入し征服しようとした魔王を、このセント・レイズ学院の生徒達が戦って勝利を治め、再び世界は平和になったという・・・。


 私はとても感動していた。自分の作った小説の世界が、このような幻想的な美しい映像として見られたと言う事に・・・。今まで訳も分からないまま、一人突然この世界に放り出され、しかも私のポジションは悪女として裁かれて最後は流刑地へと送られてしまう、救いようのない役どころ。そんな境遇に置かれたこの世界から早く抜け出す事ばかり考えていたけれど、この映像を観て初めてここに来れて良かったと思えた。

 私は全く気が付いていなかったのだが、ふと隣に座っているダニエル先輩が何故か私を驚いたようにじっと見つめている。


「え・・・?ど、どうしたんですか?」


「ジェシカ・・・君、泣いてるの・・?」


「え?あ!」

ダニエル先輩に言われて私はその時初めて自分が泣いている事に気が付いた。健一に振られたときも、会社を辞める時も、そしていきなりこの世界に放り込まれ、自分が悪女としての役割を与えられてしまった事に気が付いた時も、一度も泣いた事等なかったのに、この映像を観てまさか自分が泣いてしまっていたなんて・・・。


「あ・・あれ・・?私、どうしちゃったんでしょうね。何だか、すごくこの映画に感動しちゃって・・・。」

それでも何故か私の目から涙がポロポロ出てきて止まらない。いつから自分はこんな泣き虫になってしまったのだろう。


「ジェシカ・・・。」


ダニエル先輩が私の頬に手を当てた。その瞳は切なげに揺れている。

もしかして先輩は泣いてる私に同情してくれてるのだろうか・・・?


そして、気付くと私は口付けられていた・・・・。



映画を観終った帰り道―

私とダニエル先輩は無言で寮に向かって歩いていた。何か言わなければ・・・そう思ったものの、何と声をかけて良いか分からない。


「・・・ごめん。」


突然ダニエル先輩から話しかけてきた。


「え?」

私は顔を上げて先輩を見る。月明かりのせいで先輩の顔が逆光になっている為にその表情はうかがい知れないが、何故か酷く傷ついているように感じた。


「突然・・・あんな事して、驚かせてしまって。本当に・・・ごめん。」


何だかその声は泣きそうに聞こえた。

「ダニエル様・・・。」

どうしよう、何て声をかけてあげれば良いのだろう。大丈夫です、気にしていませんとでも言えば良いのだろうか?いや、それでは余計に先輩を傷つけてしまいそうな気がする。私が返答に困っていると、再びダニエル先輩が話始めた。


「これじゃ、ノア先輩の事何も言えないね。と言うか、僕が一番最低な男かもしれない。だってジェシカの周りには色々な男がいるのに、こんな事してしまったのは僕以外にいないんだから。」


ダニエル先輩の声が震えている。きっと・・・泣いているんだ。

私は深呼吸すると先輩の手を自分から握り、言った。


「ダニエル様、寒くなってきましたね。ほら、手を繋げば温かいですよ。」


先輩の手は震え、戸惑っていたが・・・やがて私の手をギュっと握り返してきた。

私は歩きながら月を見上げて言った。


「ねえ、見てください。あの月を。まるでさっき見た映画のように美しいですよ。」


そして私は先輩の顔を見上げて言う。

「今夜は素敵な映画を観せて頂いて有難うございます。ダニエル様のお陰で・・・涙もとまりました。一緒に来れて本当に良かったです。また、明日から・・よろしくお願いしますね。」

そう言ってほほ笑んだ。


私の事を唖然として見ていたダニエル先輩も・・・微笑み返してくれたのだった―


















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