第5章 7 私と彼の演技力

 ダニエル先輩の提案で恋人同士(仮)になった私達。でも本当にこれで良いのだろうか?いくらお互いにメリットがあるからと言って、周囲の人達を騙すような真似をして。


「何?また考え事してるの?もしかして僕と恋人のフリをするのが嫌になったの?でも今更もう無理だよ。だって僕はさっきソフィーにも、クラスメイトにも君が僕にとって特別な相手だという事を見せつけてしまったんだからね。君だってノア先輩に狙われるのは怖いだろう?」


「ええ。それはまあそうですけど。」

私は率直な気持ちを伝えた。でも、ソフィーだって私にとっては十分脅威的な存在なんですけど・・・・。女の嫉妬程怖いものはないからなあ。何と言ってもソフィーの元のキャラは、私にとって天敵とも言えるあの一ノ瀬琴美なのだから。


私の返事を聞いて納得したのか、ダニエル先輩は言った。


「まあ、いいか。僕はこれから授業に出なくてはならないから、そろそろ行かないと。君も授業があるんだろう?」


ダニエル先輩が立ち上がったので私も腰を上げた。


「いえ、私今日は授業をお休みする事にしたんです。顔色が悪いから今日は休んだ方がいいとクラスメイトに言われて。」


「ふ~ん・・・。その割には今顔色が良さそうだけど?」


ダニエル先輩は私の顔を覗き込み、じ~っと見つめると言った。やはりマリア先生の特製ハーブティーが効いたのかな?


「ええ、医務室でハーブティーを頂いたので。」


「へえ。そうなんだ、でも良かった。それなら今夜映画に行けそうだね?」


「ええ、まあ・・・。」

私の覇気の無い返事にダニエル先輩が少しムッとした表情になる。


「何?それ。僕と一緒に映画を観るのは嫌なの?」


「い、いえ。決してそのような意味では無く・・・何故2人で映画なのかなと思いまして。」

私は手をブンブン振って否定した。


「何故って・・・?だって恋人たちの定番デートと言ったら映画じゃないの?」


不思議そうに言うダニエル先輩。確かに言われてみれば日本にいた時もデートと言えば映画だったかもしれない。


「まあ、確かにそうかもしれませんね。分かりました。では何時に何処で待ち合わせしましょうか?映画を観るのは初めてなので今から楽しみです。」

私の話に少し気を良くしたのか、ダニエル先輩は笑みを浮かべると言った。


「そうだな・・・。あ、僕たちが初めて会った場所に夕方6時に待ち合わせがいいかな。何処かで食事をした後に映画を観に行く事にしようよ。」


初めて会った場所・・・私はあの時の出会いを思い出した。そうだ、確か南塔から美味しそうな焼き芋の匂いがしてきて・・そこでお芋を焼いているダニエル先輩に会ったんだっけ。うん、ついでに焼き芋の話も聞いてみようかな?


「分かりました、先輩。では6時に南塔前の庭で。」

しかし、何故かダニエル先輩は不機嫌だ。腕を腰に当て私をじっと見つめている。

「あの・・・?先輩・・?」


「あのねえ・・・ジェシカ。」


あ、また名前で呼んだ。この先輩は時々私の事を名前で呼んだりするんだよね。


「はい、何でしょう?」


「仮にも今の僕たちの関係は恋人同士なんだから『先輩』って呼び方はどうかと思わないの?」


溜息をつきながら言う先輩。


「は、はあ。言われてみれば確かに・・。では何とお呼びすれば良いですか?」


「それは決まってるじゃない。『ダニエル』だよ。」


おお、即答した。もしかしてずっと頭の中で名前の呼び方を考えていたのかな?


「分かりました。ダニエル先輩。」


それでもまだ機嫌が悪いダニエル先輩。一体どうしろと言うのだろう?


「先輩もいらない。名前だけで呼んで。」


やれやれ。不機嫌だなあ・・・。今はツンツンモードなのかもしれない。でも、そんな状態なのに先輩の美貌は損なわれない。イケメンは本当にどんな顔をしてもイケメンだ。

「はい。ダニエル様。」

これでどうでしょうか?私は顔を上げた。

え?その時見てしまった。ダニエル先輩が口元を押さえて顔を赤らめて横を向いているのを。もしかして・・・照れている?


「あ、あの・・・もしかして・・照れています?」


「う・・・うるさいな!いちいちそういう事は普通は言わないものだと思わない?」


 未だに顔を赤らめて言うダニエル先輩。自分で話を振っておいて何だろう。流石はツンデレキャラのダニエル先輩。でもそのギャップも中々良いかもしれない。何を隠そう、実は私はツンデレキャラが大好きなのだ。


「そ、それじゃそろそろ僕は行くけど、いい?周囲の、特にソフィーとノア先輩の目を騙す為に恋人同士のフリをするんだから、きちんとそれなりに演じて貰うからね?分かった?」


何故か念押しするダニエル先輩。はいはい、分かっていますってば。ソフィーの嫉妬も怖いけど、今はノア先輩の方が私にとっては脅威なのだから。本当にこの学院に入ってからは気の休まる時があまりない。


「はい、分かりました。精一杯演技させて頂きます。」


「そう、ならいいけど。」


そして私を何故かじ~っと見つめるダニエル先輩。一体何だろう?

「?」

私が首を傾げた瞬間。

突然ダニエル先輩は私の左腕を掴んで自分の方へ引き寄せると、ギュッと強く私を抱きしめてきたのだ。え?え?ち、ちょっと待って。まさか今から恋人ごっこをするつもり?いきなりの出来事で焦る私。


「あ、あの・・・せ、先輩・・・?」


「・・・違うでしょ・・・・?」


言うとますますダニエル先輩は私の顔を自分の胸につよく押し付けるように抱きしめてきた。先輩の心臓が驚くほど早鐘を打っている。うわ・・・こっちまでつられて心臓がドキドキしてくる。落ち着け私、これはフリなんだから。必死で冷静さを取り戻すように私はダニエル先輩に尋ねた。


「あ、あの違うって・・何が・・?」


「だから、こ・これは恋人同士の演技の練習、そして僕の事は名前で呼ぶように言ったでしょう?!」


ええ?この先輩の心臓のドキドキも演技なの?な、なら・・・私も負けずに演技しなければ。よし・・。先輩の背中に腕を回した。その時先輩の身体が大きく跳ねるのを感じる。そして私は言った。

「分かりました。ダニエル様。」


するとダニエル先輩は私からスッと身体を離すと言った。


「そ、そうだよ。や、やれば出来るじゃない。いい?今の感じで演技するんだからね?分かった?」


まだ若干ダニエル先輩の頬が赤いような・・・?まあいいか。

「はい、大丈夫です。ちゃんと演技しますので。」


「うん、頼むよ。」

嬉しそうに言う先輩。そんなに私って信頼出来ないのだろうか。

 その後先輩は私に手を振ると授業を受ける為にクラスへ戻って行った。

1人残された私は図書館へ足を運ぶ。


 今日も変わらず静まり返った図書館。中にはほんの一握りの学生がいるだけで、皆静かに机に向かって本を読んだり、勉強をしている。聞こえてくるのは規則正しい時計の音と、時折聞こえてくるページをめくる音。

私はここの図書館が好きだ。日本にいた頃から休みの日は図書館に行ったり、時には古本を探しに古書店巡りをした事もある。本特有の紙の匂いは気分を落ち着かせてくれる。今一番お気に入りの空間だ。


 私はお目当ての本を探して歩く。「古代語」「魔法」「魔術」・・・日本ではまずお目にかかる事等無い本はとても魅力的だ。ページをパラパラとめくり・・。本来の目的を思い出す。そうだった、今私は『アカシックレコード』について記述されている本が無いか探しに来ているのだった。でも一体どこにそんな本があるのだろう。

こんな、恐らくは何万冊もある本の中から1人で探すのは到底無理だと思った私は図書館司書に尋ねてみる事にした。


「すみません。」

カウンター越しに私は声をかける。


「はい、何でしょう。」

顔を上げた女性を見た私は息が止まるのではないかと思う程の衝撃を受けた。

そこに座っていたのは、いつもソフィーの隣にいたあのメガネの女生徒であったのだから—。






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