第4章 7 焼き芋の彼との運命的出会い

「ねえ、君・・・。」


ああ、なんて美味しそうな匂いなんだろう・・・。やはり秋と言えば食欲の秋、食欲の秋と言えば焼き芋、これしかない!


「ねえ、聞こえてるの?君の事なんだけど?」


思えば日本にいた時はよく駅前のスーパーにある焼き芋コーナーで買って帰っていたっけ・・・。家に着く頃にはちょっぴり覚めてしまうからその日の気分でレンジであっためてふっくらさせて食べたり、お芋の皮をパリッとさせたい時はオーブントースターで焼きなおして食べたり・・・。懐かしいなあ。


「ねえ、そこの君!」


「はいっ?!」

大きな声で呼びかけられて、私は瞬時に現実へと引き戻された。いけないいけない。私はどうにも夢中になると周囲が見えなくなってしまう時があるようだ。

ぱっと顔をあげると、そこには珍しい水色のサラサラヘアの男性が私の前に腕組みして立っていた。大きな瞳は深い緑をたたえ、中世的な顔立ちをしていたが、声は間違いなく男性そのものだ。うわあ、まるで深い海の底のような不思議な色の瞳だ・・。


「どうしたの?僕の顔をじっと見つめて・・・。ん?もしかしてまた僕に気がある女の子なの?だったら無理、諦めて。僕はどんな女の子とも付き合わない主義だから。

大体、女なんて皆煩い奴ばかりだ。人の事勝手に好きになって追いかけまわして。

そのくせ誰とも付き合うつもりなんか無いってはっきり断れば僕を悪者扱いにしちゃってさ・・・。ってちょっと君、聞いてるの?僕の話。」


「え?あ、はい・・・。一応は・・。」

何だか随分一気にまくしたてているようだが、そんな話はどうでもいい。私が興味があるのはあの焚火の中に隠されているお宝・・焼き芋だけなのだから。

私は改めて男性をチラリと見た。新入生は今合宿に行ってるので1年生では無い。それに生徒会長とも違う肩章を付けている。と言う事は、彼は2年生か3年生になるはずだ。


「ねえ、いつまでそこにいるの?僕は1人が好きなんだから早く何処かへ行ってくれないかな?」


機嫌が悪そうなのを微塵も隠さずにする彼。ああ・・・とてもじゃないがこんな人に焼き芋少し分けてくださいなんて言えるはずが無い。仕方が無い、帰ろう・・・。

でも食べたかったなあ。


「はい。すみません。お邪魔致しました・・・。」

踵を返し、帰りかけたその時。

グウウウウ~

大きな音で激しく私のお腹が鳴ってしまった。

「・・・・・。」

途端に真っ赤になる私の顔。だ、駄目だ。絶対に聞こえてしまった。よ、よし。

このまま立ち去ろう・・・・。


「ねえ、君・・・。」


背後から声をかけて来る彼。ギクウッ!マ、マズイ・・・。


「な、何でございましょうか・・・・・?」

振り向きながら返事をする。あ、駄目だ。変な言葉遣いしちゃってるよ私。


「もしかしてお腹空いてるの?それで匂いにつられて来たって訳?」


彼は呆れたように腰に手を当てて私を見ている。


「は、はい・・・。お、お恥ずかしながら・・・。」

もう正直に答えるしかない。


「それじゃ、僕を探してここに来たって訳じゃないんだね?」


「はい。そうですけど・・・?」

他に一体何の理由があると言うのだろう。


「ふ~ん。そうなんだ。」


未だに怪しむように私を見る彼の眼つき。うう、こっちはお腹の鳴る音を聞かれて恥ずかしいのだからもう勘弁してよ。それにさっきから漂って来るそのお芋の焼ける美味しそうな匂いがますます私の食欲を刺激してくるのよー。早くここから去って何か別の物を食べに行こう。


「お邪魔してすみませんでした。それではこれで失礼致します。」

どう見ても相手は私よりは上の学年だと思われたので、丁寧に挨拶をして帰ろうとすると再び呼び止めらた。


「ねえ、待ちなよ。」


「はい?何か・・・?」

もう私に用は無いでしょうが?


突然彼は落ちていた手近な棒を拾い上げると、焚火の中を引っ掻き回すとグイッと棒を突き刺す動きをした。


「?」

私が黙って見ていると彼は焚火の中から1本のさつま芋を取り出したのだ。

おお~っ!周りに少し焦げ目がついた皮、熱々の湯気に包まれた紫色のお芋から漂う甘い香り。まさに焼き芋!

いいなあ今から食べるんだ。もしかして自分が食べるのを見せびらかすのだろうか?


「ほら、食べなよ。」


彼は私に焼き芋が刺さった棒を渡してきた。

「え・・・・?」

食べていいの・・・?私は思わず男性の顔をまじまじと見つめた。


「何?食べたかったんじゃないの?だって君匂いにつられてここへ来たんでしょう?」


コクコク。私は返事をせずに何度も頷いた。


「ほら、冷めないうちに食べな。」


私は戸惑いながらも焼き芋を受け取り・・・はたと気が付いた。

「あ、あの。私が受け取ったら貴方の分が無くなってしまうので結構です!お気持ちだけで充分ですから。」


「何言ってんの?僕の分だってちゃんとあるに決まってるでしょ。」


言いながら彼はまた別の棒を拾って焚火を突くと、更にもう1本大きな焼き芋を取り出した。


「あ・・・。」

私は思わず声をあげた。


「だから遠慮せずに食べていいよ。ほら、あげたんだからもうどっかに行ってくれる?」


「ありがとうございます。あの、お名前教えて頂けますか?」


「名前?何で見知らぬ相手に自分の名前を教えなくちゃならないんだよ。」


面倒臭そうに言う彼。うん、確かに言ってる事は間違いではない。

だが・・・。


「あの、今度お礼をしたので。」

やはり私の心は日本人。流石に貰いっぱなしと言うのは良くない。やはり礼儀は欠かしてはならない。


「いらないよ、そんなの面倒臭い。でも君って変わってるよね。普通家柄の良い女子はお高く留まっているはずなのにこんな庶民的な食べ物に興味があるなんてさ。」


「え?だってすごく美味しいじゃ無いですか。焼き芋は。私は大好きですよ。」


何故彼はそんな話をするのだろう。この世界の女性は焼き芋を食べないのだろうか?

それはあまりに勿体なさ過ぎる!


「!君、焼き芋の事知って・・・?」


「本当にありがとうございました。焼き芋美味しくいただきますね。」

まだ何か言いたげにしていた彼だったが、一刻も早く焼き芋が食べたかったので私は頭を下げると素早くその場を後にした。だから気が付かなかったのだ。図書館で借りた本を1冊落としてしまっていた事に・・・。



 裏庭の人が滅多に通らないベンチに腰掛けると私は早速熱々の焼き芋の皮をむき始めた。丁度ベンチの横にはゴミ箱があったので、ゴミはゴミ箱に。

中から出てきたのは黄金色に輝くホックホクの美味しそうな焼き芋。おお~何て美しいこの色、ツヤ。早速一口。

「いただきま~す。」

パクリ。うん。何これ、すごく美味しい。パクリパクリ。うう、美味しすぎて止まらない・・。

気が付いてみると私はあっという間に焼き芋を平らげてしまっていた。ああ・・・やはり焼き芋は最高だ。この先季節限定でも構わないので焼き芋を学食のメニューに加えて貰えないだろうか?それが無理なら自分で焼いて・・・ん?でもさつま芋は何処で手に入れればいいんだろう?あの先輩は何処でさつま芋を入手したのだろうか。もしかすると町で買った?それなら今度の休暇で町へ出た時にさつま芋を5本程買って帰ろうかな・・・。さて、肌寒くなる前に一度寮に戻るか・・・。

ん?あれ?

「そ、そんな・・・。」

私は顔面蒼白になってしまった。無い、借りてきた本が一冊無い―っ!



 30分後・・・すっかり疲れ切った私は重い足取りで寮の近くまで戻って来た。

結局何処を探しても図書館で借りた本は見つからなかった。どうしよう・・。弁償するのは良いとして、あの本を誰かに見られでもしたら・・・。

うん?その時入り口付近が騒がしい事に気が付いた。


何だろう、あの騒ぎは・・・。近づいてみると女生徒が黄色い歓声を上げてある人物を囲んでいる。その歓声の切れ目に男性の声が入り混じって聞こえてきた。


「だから、僕に触るなって言ってるだろう?!あーっ!こら抱き付くなってば!!」


あらま、やっぱりここの女生徒は積極的だよね。やはり男女がお互いの寮を出入り禁止にしているのもこういった事情なのかもしれない。


大騒ぎしている人の輪を何とか避けて部屋に戻ろうとした時、大きな声で名前を呼ばれた。


「お、おい!僕を無視するな!ジェシカ・リッジウェイ!!」


え・・・?マリウス同様?もみくちゃにされているその彼は、先程私に焼き芋を分けてくれた男性だったのだ—。









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