第4章 6 秋の香りに魅せられて

 エマと2人で逃げるように芝生公園にやってきた私達。


「ナターシャさんもソフィーさんも酷いわ。あれでは同情も出来ないわね。」


ベンチに座るとすぐにエマが口を開いた。


「でも私が全く魔法を使えないのは事実だから、言われても仕方が無いわ。」

あ、自分で言って何だか空しくなってきた。朝起きた時に机の上に乗っていたPCとプリンターは多分私が眠っている間に願望が強すぎて具現化してしまったのだろう。

だけど眠らないと発動しない魔法では意味が無い。やっぱり魔法が使えないと退学になってしまうのだろうか・・・。ん?待てよ。退学になって何か私に不都合が生じるのだろうか?いや、多分無い。退学になってしまえばもう二度と俺様王子や強面熱血甘党生徒会長、そしてノアに二度と会う事が無くなるのだから、私にとってこんなに都合の良い話は無いだろう。・・・まあ、あのM男マリウスからは逃れられないとしてもだ。エマやグレイにルークとお別れするのは少し寂しい気もするが、それもやむを得ない。でもエマとなら離れ離れになっても交流する事は出来そうだ・・。


「ジェシカさん?大丈夫?やっぱりさっきの事が大分ショックなのね。」


エマは心配そうに声をかけてきた。あ、いけない。つい考え込んでしまった。


「うううん、大丈夫。それ位の事で落ち込んだりしないから。でもこれ以上魔法が出来ないと流石にまずいものね。頑張らないと。」

これ以上エマにつき合わせてしまうのも悪いから、何としても魔法を使えるようにしなくては・・・。


「それじゃ、朝食を食べたらすぐに始めましょう。」


エマはにっこり微笑んで私を見た。うっ・・・その笑みは・・。何だかこれから凄くしごかれそうな予感がする・・・。



―30分後

「う~ん・・・。グラスの中に水蒸気がついているからもう少しでコップの中に水が溜められそうな気がするのだけど・・・。」


エマはコップを自分の目の高さまで持ち上げて言った。一方の私は疲労困憊で肩で息をする有様だ。それにしても・・・魔法ってこんなに疲れるものなのか?いや、それともこんな風に疲れてしまうのは私だけなのかもしれない。だって皆当たり前のように魔法を使いこなしているのだから。そうこうしている内に予鈴が構内に響き渡った。


「ジェシカさん、それじゃまたお昼休みと放課後魔法の特訓しましょうね。」


「そ、そうね・・・。」

私は冷汗を流しながら返事をした。

う・・・。案外ソフィーはスパルタなのかもしれない。

今日の授業は心理学に歴史、元素理論学・・・この元素理論学と言うのは世界を構成する四代元素について学ぶ授業である。どれも私にとっては退屈過ぎる授業で教室にいるだけで正直、どれもこれも眠くなる事間違いない。ましてや昨夜眠ったのは深夜を回った時間だ。その上、エマによる魔法の特訓があるのだ。あ~あ・・。せめて授業はレポート提出で免除してもらえないだろうか・・・。

 エマと2人で教室へ戻るとすぐに授業が始まった。


「え〜で、あるからして相手に自分の好感度や親近感を与えるには、相手のする行動を、同じように真似をする事で共感させるという方法で、これにより・・・。」


 私は心理学の授業をボ~ッと聞いている。ああ、これはいわゆる『ミラーリング』と言う行動心理学の事か。実は学生時代の選択科目で心理学の講義を受けていたことがあったのだ。あまり授業内容はよく覚えていないが、何となく印象に残っていたのである。う~ん。でもマリウスが言ってたな。魔法による戦いは互いの心理戦でもあるのだと。最も攻撃魔法どころか、コップに水すら溜められないような私ではお話にならないのだが。それにしても退屈だ。欠伸を噛み殺して私は必死でこの日の授業を耐えたのだった・・・。


 

 夕方ー


「ごめんね、ジェシカさん。今日は魔法の訓練出来なくなってしまったの。」


ソフィーが突然言って来た。やった!嬉しい!今日は休めるんだ。内心の喜びを隠しつつ、私はエマに尋ねた。


「どうかしたのですか?何か急用でも入ったのかしら?あ、言いにくい事なら無理には聞かないわ。」


「大した用では無いのだけど、実は所属している倶楽部活動で急に年間活動内容の一部を変更しなければならなくなったそうで、皆で意見交換をしたいから部室に集まるように言われてしまったのよ。」


エマは残念そうに言った。私はまだ倶楽部に入るかどうか決めかねているが、エマは入学早々に『貿易管理取扱倶楽部』というこれまた頭が痛くなりそうな倶楽部に入っている。聞くところによるとエマの父親は領地を管理する仕事以外に幅広く外国へ輸出入も行う貿易業も営んでいるらしく、兄弟がいないエマが婚約者を婿に取り、将来的には家を継ぐらしい。

う~ん・・・。なんて立派なのだろう。私とは大違いだ・・・・と言っても私はこの小説の中のジェシカの親兄弟(又は姉妹)がどのような人物なのか全く分からないのだから。こんな事ならいくら脇役でも親族共々流刑地に流されてしまうと言う一大?イベントがあったのだから、もっと細かく設定しておくべきだったかなあ。


「そうなのですね?私の事なら気にしないで、またの機会に魔法の訓練をして頂ければ大丈夫です。」


 エマは私に何度も何度も謝ると、倶楽部に出る為に帰って行った。

時刻は午後4時。久しぶりに一人きりになった私・・・さて、これからどうしようかなあ?寮に戻ってもう一度PCが起動しないか確認してみようか?でも多分駄目だろう。そうだ、図書館へ行って久しぶりに本でも借りてこようかな。

 

 校内の樹木はすっかり秋色に染まっている。日本ではまだまだ暑い時期なのに、この世界ではすっかり秋だ。もしかすると冬は長くてとても寒いのかもしれない。今度町へ出た時には冬用の防寒服を買わないとなあ・・・等と考えながら歩いているといつの間にか図書館の目の前に立っていた。

 そっと中へ入る。ここの図書館はとても広い。天井の高さはビル2階建て位はありそうだ。円形状の建物で中央に螺旋階段があり、壁に沿ってズラリと本が並んでいる。相変わらず図書館は静まり返り、全く人の気配は無い。ただカウンターに受付の女性が1人いるだけだ。いつもなら他の女生徒達を連れて図書館へ行き学習会を開くところだが、今回の目的は本を借りる事だ。さて、今日はどんな本を借りようかな・・・。そう言えばマリウスが心理学の本を借りていたっけ。簡単そうで面白そうな心理学の本は無いかな?

「ん?何々・・・。人の心を操る心理学・・・?」

そんな事出来るのかな?でもよく日本でもあった振り込め詐欺等はこれに近しいのかもしれない。今後のソフィー対策?の為にも借りておこう。後は恋愛小説を2冊程借りると私は図書館を後にした。


 図書館を出ると、何やら懐かしい美味しそうな匂いが漂って来ている。おや?この匂いはもしかして・・・。

私はフラフラと匂いの元?を辿って行くと・・・。


南塔にある校舎前の片隅で1人の男子学生が焚き火をしている。あ!も、もしやあれは・・・私の目は焚き火に釘付けだ。ああ、きっとあれは、間違い無い。食べたい・食べたい、たった一口でも良いから・・・。あの焼き芋を!!

その時の私は頭の中にあるのは最早焼き芋の事だけだった。だからだろう、男子学生のすぐ側迄近寄っていたのも、彼が私の事をじっと見つめていたのにも全く気が付かなかったのだ・・・。








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