第4章 2 取り残されたヒロイン

 え?どうしてソフィーは足を怪我しているの?しかもあの小説通り、同じ左足で。

驚いて見つめる私に気が付いたソフィーは町であった時は目を逸らせたくせに、今回は私とばっちり目を合わせたのである。そして何とも言えない微妙な表情を私にみせた。

何?その表情は?一体何が言いたいのだろう。自分の小説のヒロインなのに、心の内が全く読めない。それにもう一つ気になる事がある。いつもソフィーの側にいる女子学生は何処に行ったのだろう?そこまで考えて私はある事に気が付いた。

そう言えばホールで今迄一度もソフィーと会った事が無かった事に・・・。

たまたま時間が合わなかったのだろうか?


「ジェシカさん、一体どうしたの?さっきからずっと難しい顔しているけど?」

一緒に朝食を食べに来ていたエマが、心配そうに声をかけてきた。

ハッ!いけない。ソフィーの包帯を巻いて現れた姿に私は動揺してしまい、エマが隣に座っている事をすっかり忘れていたのだ。


「あ、ご・ごめんなさい。松葉杖をついたソフィーさんがここに来たものだから・・。」


周囲の女子学生達もソフィーの姿を見て、騒めいている。きっと皆足を怪我しているソフィーを心配しているのだろうとはじめ私は思った


「ソフィーさん?っていうお名前なのですか?知りませんでした・・・。ジェシカさんは旧校舎での寮生活をされている準男爵家の方とお知り合いだったのですね。」


「え、ええ・・・。」

曖昧に返事をした。


「そうだったんですね。でも準男爵家の方々は私達とは入学金や授業料の制度が違うらしく、こちらでの食事も出来ない事になっていたはずなんですけど。」


 エマが私の耳元で小声で教えてくれた。何それ何それ。ちっともそんな話私は知りませんし、ある意味差別?的な設定等していませんけど?!

でも納得がいった。どうりで他の女子学生がソフィーを意味深な目で見ていたという訳だ。彼女達の向ける視線は同情よりも、拒絶するような視線だったから・・・。

今迄この朝食の席でソフィーの事も、あのメガネの彼女の事も見かけたことが無かったのにはそういう理由があったのか。いや、待て。あのメガネ女子にだけは1度だけここで会った事がある。でも違和感を感じた。誰一人彼女を気にする素振りが無かった。まるでその場に存在していない、幻のような・・・。

 そして、この時感じた私の違和感は後に起こるある出来事に大きく関係していくのだった―。



 突然、大げさな声がホールの隅の席で上がった。


「ああ、ソフィーさん!足はまだ痛まれますか?」


ん・・・?あの声は・・・?何と!ソフィーに声をかけたのはあのナターシャだった

え?一体どういうことなの?二人は知り合いだったのか・・・?

ナターシャは周囲の視線も気にしない様子でソフィーに駆け寄ると声をかけた。


「本当に私、とても心配したのですよ。あんな事があって、このように足を怪我してしまわれたなんて・・・。」


「ええ、ありがとうございます。ナターシャさん。あの時は私、本当に驚きましたが、幸いにも大分怪我の具合は回復致しました。」



いささか、大げさすぎるような二人の演技がかかったような会話。しかし・・その場にいた全員はすぐに二人から視線を逸らせ、またいつもと変わらない光景が繰り広げられていた。


「「・・・・。」」

私もエマも互いの顔を見合わせたが、誰もが皆彼女達の存在を気にする素振りを見せなかったので、私達もそれに習う事にした。


「「え?」」

おや?今ソフィーとナターシャの戸惑うような声が同時に聞こえたような気がするんですけど・・・?まあいい。聞こえなかった事にしよう。


「エマさん、今朝のパン、いつものパンよりもふっくらでとても美味しいですよ。」


「こちらの野菜スープもトマトの酸味がすごく美味しいですね。」


私はエマと何気ない会話をしながら2人の様子を横目でちらりと伺った。

ナターシャはまた泣き出しそうな顔をしてるし、ソフィーは何だかイライラしている・・?

いやいや、そもそもソフィーはこの物語のヒロインでしょう?ヒロインはそんな態度を人前でさらしていいはずがない。


 その時、再びナターシャのわざとらしい声が響いた。


「でも、本当に災難でしたわね・・・・。まさかあのような場所に深い穴が掘られていたなんて・・。絶対にあの穴は旧校舎に住む人達への嫌がらせですよ。」


え?深い穴?それはもしかして落とし穴の事なのだろうか?私の全身に緊張が走った。


「あら、いけませんわ。そのような話をこんな場所でしては・・。でもそのお陰で学院側からこちらで朝食を食べる許可を頂けたのですから。」


そう言いながら、何故かソフィーは私の方をチラリと見る。もしかしてソフィーは私が穴を掘ったとでも言うつもりなのか。それとも・・・あの小説通り私を良く思わない人間が私を陥れるために何か小細工をしてソフィーを穴に落として怪我を負わせたのだろうか・・・?


 その時である。

ガタンッ!!

大きな音を立てて。かつてのナターシャの取り巻きだった女生徒の1人が立ち上り、ナターシャとソフィーの顔をじろりと見た。おお~中々迫力のある睨みだ。

マリウスがこの場にいたら喜んでいたかもしれない。


「ひ!」

睨まれたナターシャは軽い悲鳴を上げた。


「・・・・。」

ソフィーはじっと黙って女生徒を見つめている。


「貴女方・・・先程から黙っていれば煩いですわよ。いい加減にして下さらない?」


元取り巻きA嬢は怒気を含んだ声で言う。な・・・何という迫力。もう私の出番など無さそうだ。彼女こそ悪役令嬢?に相応しい。私は心の中で拍手した。


「そういうくだらない話は誰も居ない場所でやって下さらないかしら?はっきり言って迷惑ですから。さ、皆さん。空気が悪くなったのでもう行きましょう。」


 元取り巻きA嬢・・・ええい、面倒くさい。A嬢でいいや。A嬢は他の3人。B,C,D嬢に声をかけるとさっさとホールから出て行った。それを見ていた他の女生徒達も徐々に席を立って行ったので、私とエマもどさくさに紛れてホールから出て行った。

去り際にチラリとホールを見ると、取り残された2人が皆の出ていく様子を見ていた。その姿は正に対照的で、ナターシャは目に涙を浮かべながらブルブル震え、

一方のソフィーはこちらを睨み付けるように松葉杖をついて立っていたのである。

・・・と言うか、普通に立っているように見えたので、本当に足を怪我しているのかどうか疑わしいものであった。



「朝から物凄いものを見てしまいましたね。」

私はエマに話しかけた。


「ええ、本当に。あのソフィーさんて方、可愛らしい外見の割に何だか怖そうですね。」


あ、やっぱりエマもそう感じたんだ。

「ところで・・・どうしてソフィーさんは足の怪我のお陰でこちらのホールで食事を取る事が出来ると言ったのでしょうね。」

私は先ほどのソフィーの言っていた台詞に違和感を感じ、口に出してみた。


「ああ、その事ですか?実は旧校舎の学生は朝食は出ないんですよ。いつもの学生食堂まで行ってお金を払わないと食事する事が出来ないんです。」


流石、物知り博士のエマ先生だ。


「恐らく学院側が足の怪我の事を考慮して、こちらのホールで食事を取る事が出来る許可を出したのではないでしょうか?学食は旧校舎からかなり離れてるし、一応学院内の怪我であれば、放置しておく事も出来ないでしょうから・・。」


うん、エマの話はちゃんと筋が通っている。でもこの世界のソフィーって案外周囲の学生達からよく思われていないのかな?小説の中では明るくて誰にでも好かれるとは書いてあったが、上流貴族の女子学生から嫌われていたっけ・・・。

人気があったのは男子学生達からだった。特に小説の後半ではアラン王子や、生徒会長、ノア・・・そしてこの後、更にもう1人の男性が現れてソフィーに好意を寄せるのであった。

まだ表れていない男子学生を除けば、今のところ私の方がソフィーよりも彼等と親しいような気もするけれど―。











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