第3章 12 初耳なんですけど

 私とエマが町へやって来ると、再び誰かの私を呼ぶ声が聞こえた。


「お嬢様!ジェシカお嬢様!」


息を切らせながらハアハアと追いかけてきたのはマリウスだった。その様子を見て思った。うん、元気そうだ。やはりマリウスはあれ位では風邪など引かないのだろう。


「お嬢様、聞いてください。昨夜は北の空の方角から数え始めて1327個まで数えましたよ。でも星は徐々に移動していきますので、中々数えるのには骨が折れました。

一応星の位置を探すのに簡単なスケッチをしておきました。後ほど座表の位置を記入して今夜また星の数を数える続きを致しますね。」


笑顔で一気にまくし立てるマリウス。あわわわ・・・馬鹿!エマの前で何て事言うのよ!この間抜けマリウスめ!私は思わずマリウスの足をドスッと踏みつけた。

ウッと唸るマリウス。フフン。また痛みのツボを踏めたようだ。呆気に取られた様子のエマはやがて口を開いた。


「あの・・・マリウスさんは星を見るのか好きなのですか?」


「いえ、私は別に・・・」


言い淀むマリウスの言葉に強引に割って入る私。

「そう!そうなのよ。マリウスは天体観測が趣味なのよ。」


それを聞いたエマは感心した様子で言った。


「それはすごく素敵な趣味ですね。私もマリウスさんを見習わないと。天体観測なんてロマンを感じますね。」


ほっ・・・上手くはぐらかせたようだ。しかし、本当にマリウスは空気が読めない。しかもM男ときている。一緒にいるといつまた飛んでもな事を言って来るのではないかと思うと気が気じゃない。


「それでは参りましょうか?」


 当然の如く私達に付いてこようとするマリウス。あの・・・誰が一緒に来ても良いって言いいましたか?


「ねえ、マリウス。もしかして・・私達に付いて来るつもり?」


「はい、当然です。私はお嬢様の付き人ですから。」


 ・・・頭が痛くなってきた。この学院は貴族だけしか入る事が出来ない名門なので当然私のように下僕を連れて一緒に入学してくる学生達もいる。だがしかし!マリウスのように始終べったりとついてくる下僕は流石にいない。休暇の日は当然下僕たちも休暇なのだ。それぞれ思い思い自由な時間を過ごしている。


「あのね、マリウス。私は今日はエマと2人で過ごしたいの。だから悪いけど貴方は席を外してくれる?そうだ、お友達がいるんでしょう?彼等と一緒に過ごせばいいじゃない。」

名案だと言わんばかりに言ってみる。


「いえ、彼らはそれぞれ恋人と一緒に過ごすので、それは流石に無理です。」


何と!マリウスの友人達はもうそれぞれ新しいパートナーを見つけたのか。やれやれ、早いとこマリウスに恋人が出来てくれないだろうか。そうすれば流石のマリウスも私に構ってる暇ど無くなるだろうから。


「マリウスさんも早くこの学院で恋人が見つかると良いですね。」


エマの言葉にマリウスがピクリと反応する。


「私に・・・恋人・・ですか・・?」


「え、ええ・・・?」


「何を仰っておいでなのですか?エマ様。私には恋人など必要ありません。何故なら私の全てはお嬢様と共にあるのです。お嬢様さえいれば後は何もいりません。親だって切り捨てられます!お嬢様がいない人生など、ビーフシチューに牛肉が入っていない様な物!そんな事はあってはならないのです!」


 熱弁を振るうマリウス。うわあ・・・ついにエマの前で言っちゃったよ。ほら、みてごらん。エマのあの表情。完全にドン引きした目で貴方を見ているじゃ無いの!

大体何なの?ビーフシチューに牛肉が入っていない様な物って。いくら何でも例えが酷すぎる。それに親は切り捨ててはいけません。


「マ、マリウスさん本当にジェシカ様を大事にしているのが良く分かりましたわ・・。」


「はい、流石はお嬢様のお友達でいらっしゃいますね。私の事を理解して下さって頂き、ありがとうございます。」


ニッコリほほ笑むマリウス。笑顔だけなら破壊力抜群だが、先程の台詞で台無しだ。


「ねえ、それじゃグレイやルークはどうなの?彼等と一緒に行動すればいいじゃない。昨日はあの後3人で町を廻ったんじゃないの?」


するとマリウスは突然肩を震わせ始めた。


「昨日・・・ですか?ああ。昨日は本当に中々あり得ない経験をさせて頂きました。

私達3名はお嬢様が攫われたブティックで大騒ぎをしたと言う事で警備員に取り押さえられたのですが、生徒会長様から店側に連絡が入り、今回は多めに見てもらうと言う事になりました。しかしグレイ様がジェシカ様を探すのに必死のあまり他の方々が使用されている試着室を次々と開けていた事が後程明らかになり、何故か一緒にいた私とルーク様までが覗き魔扱いされて3人とも学校から呼び戻されてたっぷりとお説教される事になりましたよ。」


最後にフフフ・・・とどす黒い笑みを浮かべたマリウス。


私もエマも言葉を無くしてしまった。何と!まさかそんな事があったとは・・。全然知らなかった。だって昨晩会ったルークだって何も言ってなかった。では、グレイは?グレイは・・・そう言えばあれから会っていない。するとタイミングよくマリウスの口からグレイの話が飛び出してきた。


「最も、最終的に試着室のカーテンを開けたのはグレイ様だけという事実が明らかにされた為。私たちは無罪放免となりましたけど。彼は昨夜から処罰を受けるために明日の朝まで謹慎部屋に閉じ込められたそうですよ。」


マリウスはやれやれと言わんばかりに肩をすぼめた。マリウスの話を聞いている内に私は顔色が青ざめてきた。私がノアの手に落ちてしまったばかりに大勢の人達に迷惑をかけてしまったのだから。恐らくグレイの事はアラン王子の耳にも入った事だろう。彼はこれからどうなってしまうのか?折角良い友達になれたと思っていたのに・・。


「ねえ、閉じ込められたって・・謹慎部屋って一体何処にあるの?」

私は震える声を押し殺してマリウスに尋ねた。


「ええと・・それが私も昨日初めて聞いた話でして、場所までは・・。」


それはそうだ!原作者の私だって初耳なのだから。

マリウスが申し訳なさそうに言うと、代わりにエマが答えた。


「私、知ってます。聞いたことがあるんです。学院の西の塔の屋上に謹慎処分となった学生たちが閉じ込められ、反省文を書かされるんです。一度謹慎処分となればその月の休暇の外出も認められないそうですよ。」


え?そうなの?!何て事だ。またしても原作者の私が知らない事実が新たに分かった。だって小説の中で謹慎処分とか、謹慎部屋なんてキーワードこれっぽっちも書いた事も無いし、設定として考えたことも無いのだから。

もうこの世界はノンストップで留まる事を知らず、ますます加速するように私の小説から大きくかけ離れてきている―。これでは今後の私の取るべき方針が掴めなくなってしまうじゃないの!


「大丈夫ですか?ジェシカさん。随分顔色が悪いようですけど・・・。」


あまりにも真剣に悩み、押し黙ってしまった私をエマが心配して声をかけてきた。


「お嬢様、どうされたのですか?やはりあれ程言ったにもかかわらずまた何か拾い食いをされたのでは無いでしょうね?お嬢様の学問に対する好奇心は確かに素晴らしいですし、その情熱は尊敬に値します。ですがあれ程言ったではありませんか。口に入れて食べられるかどうか調べられるときには、どうかご自分の身体では無く、私の身体をお使い下さいと・・・。」


また何か言ってるよ。この男は・・・と言うか、何?ジェシカってそんな女だったの?私の書いたキャラクターのジェシカは気に入った男を手に入れるためにはどんな手を使ってでも自分の物にするような典型的な悪女で同性に嫌われるような典型的なタイプの女。しかし、その反面努力も怠らない人間なので周りは誰もジェシカに文句を言えない・・・。そんな女が、学問の研究の為に拾い食いをしているだ?

一体何を研究していたのだろうか?


 私は思った。

どうやらこの世界の住人は変人達で溢れているのではないかと―。 




 










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