第3章 1 真実は歪曲される
何て気持ちの良い朝なのだろう―。私はベッドの上で伸びをした。
昨夜のルークとノアのアルコール飲み比べの話はあっという間に学院中に広まった。
・・・かなり歪曲されて。
世間に広まった内容はこうだ。
ナターシャに一目惚れしたルークとノアが偶然サロンで鉢合わせした。そしてどちらがよりナターシャに相応しいか、アルコールの飲み比べをして勝負する事になった。
結果はルークの勝ちだったが、ノアのナターシャを思う気持ちがあまりにも強い事を知った彼はノアの為に身を引いた・・・。
う~ん・・。事実とは全く違う話だ。
ちなみにこの話を作ってくれたのは、昨夜サロンにいた男子学生の面々。
私とルークの事情を察し、酔いつぶれて眠ってしまったノアの許可を取らずに勝手に話を作り上げて吹聴して周ったのだ。
その結果・・・。
「ナターシャ様、いつの間にノア様とその様な関係になられていたのですか?」
「でも驚きですわ。まさかナターシャ様が知らぬ間に二人の男性から思いを寄せられていたなんて。」
「しかも、ナターシャ様を巡っての男同士の戦い!女性なら誰でもあこがれるシチュエーションですわね!」
一方のナターシャはと言うと・・・
「嫌ですわ。皆さん。本当に私自身驚いておりますの。ルークとか名乗る男性は存じ上げませんが、アラン王子の従者らしいですわね。でも流石アラン王子。良識のある方を従者にされたと思っております。それで・・ノア様に憧れていらっしゃる方々には大変申し訳ございません。お気を悪くされないで下さいね。皆さんの憧れの殿方を奪ってしまうようで、申し訳ない気持ちで一杯ですの。」
今朝の朝食の席のホールは大賑わいだ。
皆、本当に耳が早い・・・。深層の令嬢揃いだが、所詮女はゴシップ好きだと言う事なのかもしれない。
しかし、ナターシャの口から出て来る行き過ぎた台詞は呆れるを通り越して最早尊敬の念を抱いてしまう。よくもまあ、口から出まかせと思ってもいない台詞をペラペラと喋る事が出来るなあ。
だが、ルークには本当に悪い事をしてしまった。全く関係が無いのにその場に居合わせてしまっただけで、トラブルに巻き込んでしまったのだから。
それに今だってあらぬ噂を立てられて・・・。いつの間にかナターシャに思いを寄せていたと言う設定まで作り上げられているのだから。果たして本人はこの事を知っているのだろうか?
「それで、本日の外出はどうされるのですか?」
1人の令嬢がナターシャに尋ねて来た。
ピクリ。ここで私は聞き耳を立てる。
「ええ、本当は是非にとマリウス様からお誘いを受けていたのですが、ノア様があまりに必死に私と一緒に外出をしたいとおっしゃるので、マリウス様には申し訳ございませんが、お断りさせて頂こうかと思っているんですの。
や、やったー!ついにナターシャがマリウスとの外出を取りやめる事にした!あまり認めたくは無いが、流石ノア先輩。女性の心理について良くご存じだ。
こうして私は数日ぶりに胃の痛みを感じることなく朝食を食べる事が出来た。
部屋に戻ると私はトランクに入った沢山のドレスを大きな紙袋に押し込んだ。
持参する紙バッグは全部で4つ。
マリウスには重い紙袋を2つ持たせる事にして、町へ売りに行く事にしよう。そして手に入れたお金で今度は新しい服を買いなおす・・・。
そこまで考えていた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。ジェシカ様。少しよろしいでしょうか?」
この声はナターシャだ!私は慌てて部屋のドアを開けると目の前にはニコニコした表情のナターシャが立っている。
どうしよう、何を言われるのか。こ・怖い・・・。
「こんにちは、ナターシャ様。どうされたのですか?」
「ええ・・・。先程、ジェシカ様もホールで皆様のお話を伺っていたのでご存じだとは思いますが、実は本日はノア様と外出する事になりましたので、申し訳ございませんが、マリウス様にお断りして頂いても宜しいでしょうか?」
ナターシャは申し訳なさそうに言う。
なんだ、そんな事か。
「ええ、勿論。きちんとマリウスには伝えておきますので。心置きなくノア様とお出かけなさって来てください。」
愛想笑いをした私にナターシャはペコリと頭を下げると去って行った。
部屋の扉を閉めると私はふうとため息をついた。
「もう、心臓に悪いよ・・・。」
さて次の問題は・・・。私はジェシカの持参して来た洋服をベッドに並べた。
「一体、どれを着ればいいのよ~っ!!」
思わず絶叫してしまった・・・。何よ、一体何なのよ!この洋服は!ジェシカの服はどれもこれもが胸元を強調するかのように切れ込みの深い服か、大きく開いた襟ぐり、背中も大きく開いたワンピースばかり。スカートの方は以上に長けが短いか、もしくは身体にぴったりフィットした・・・例えばそう、コスプレのチャイナドレスのような衣装だ。
「冗談じゃない、あり得ない。こんな服しかないなんて。」
私は頭を掻きむしった。こんな服を着る位なら制服を着たほうがましだ。でも制服で町へ出る学生は誰一人としていない。一人だけ着用しようものなら目立ちまくってしまうに決まっている。
一体この小説のジェシカは何故このような露出の激しい服ばかり持って来ているのだろう。ここはやはり悪女らしく、次々と男達を手に入れる為に・・・?
私は深くため息をついた。いくらお気に入りの悪女でも、自分がその人物になってしまうなんて、こっちはちっとも望んでいなかったのに。こんな事なら単なる女生徒Aになりたかった・・。
しかし、着実に出発の時間が迫って来ている。私は震えながら、ベッドの服に手を伸ばした・・・。
この「セント・レイズ」学院は市街地から半径10Km程離れている広大な土地に建てられている巨大学院である。
そして町へ行く交通手段と言う物は存在せず、学生たちは魔法によって作りだされた
そして、この門は週末の2日間、朝10時~夜10時まで解放されているのだ。
町は主に学院に通う生徒達の為に作られたようなものなので、彼らのニーズに合った店ばかりがあり、人気スポットになっている。町へ行くか行かないかは本人の自由なのだが、行かない学生は誰一人としていない。
気が付いてみれば私は自分の小説で設定した町についての情報を頭の中で整理していた。・・・はっ!いけない。こんな事考えている暇があるなら早いとこ、どの服を着るのか早く決めないと・・・。仕方が無い・・・この服を着て行くか・・。
学生寮を出ると、女生徒に囲まれたマリウスがまたもやもみくちゃにされていた。あ~あ・・・・。またやられてるよ。懲りない男だね、ほんと。
「お・・・お嬢様~っ!」
私と目が合うとマリウスは必死で女生徒達を掻き分けて、私の元へと走り寄って来た。
「ハア・ハア・・・。お、お久しぶりです。お嬢様・・・。」
マリウスは息を切らしながら挨拶してきた。
うん?お久しぶり?お久しぶりと言う程マリウスと離れていた記憶は無いが、彼にしてみればここ数日ナターシャに付きまとわれて、そう感じたのだろう。
マリウスは嬉しそうに私を見るが、私の心境は穏やかではない。
そうだ、私が昨夜まであんなに困っていたのも全てはマリウスのせいなのだから・・・。
「な・に・が、お久しぶりよ。こっちはねえ、本当は貴方の顔なんて当分見たくなんか無かったんだからね?」
思い切りドスのきいた声で、これまた恨みがましい目でマリウスを睨み付けてやった。
「お、お嬢様・・・。それはリップサービスですか・・・?」
おもむろに熱のこもった瞳で私を見つめるマリウス。
「はい?」
「そうなんですよね?!お嬢様!久しぶりに会えた私へのご褒美・・・!やはりお嬢様は最高です!私のお相手はお嬢様以外何も考えられません。どうかいつまでも私を御側に置き、毎日私をけちょんけちょんに貶し続けて下さい・・・!」
・・・しまった。マリウスはこういう男だった結局私のとった行動は無駄にマリウスを喜ばせる事になってしまったのだった。
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