第2章 8 魔法の心理戦
「どうしたの?お嬢さん。君に声をかけているんだけどなあ・・・。」
どこか色気を含む気だるげな声―。嘘でしょう?後ろ姿の私をどうして分かるのよ?
「やれやれ、酷いじゃ無いか。今朝僕を突き飛ばしておいて・・・そうやって無視するつもりかい?」
やっぱりバレてる!
仕方が無い・・・恐る恐る私はノア先輩の方を振り向く。ああ、どうしようもなく震えが止まらない。
「お嬢様・・・?」
戸惑いながらもマリウスは私の身体から腕を離さない。うん、マリウスが側にいてくれれば大丈夫。
私の顔をみたノア先輩は嬉しそうに言った。
「あはっ。やっぱり君だったんだね。つれないなあ。名前も言わずに僕を置いて逃げてしまうんだもの。初めてだったよ。女の子からあんな扱いを受けるのは。」
笑みを絶やさないノア先輩・・・だが、私はその瞳の奥に宿る冷たさを知っている。
「あ、あの時はすみませんでした。少し驚いてしまったもので・・・。申し訳ございませんでした。」
私はマリウスから身体を離すと立ち上がって頭を下げた。
「ふ~ん・・・。別にいいけどさ。所で、後ろにいる彼は君の恋人かな?随分親密そうに見えるけど?」
ノア先輩は首を傾げながらマリウスを見る。ああ、いっそ恋人だとでも嘘をついてしまおうか?でもそれはそれで後々面倒な事になりそうだ。返事をしない私にノア先輩は言う。
「・・答えないか。でも別にそれでも構わないけどね。恋人がいようがいまいが。」
そして何を考えているのかノア先輩は私の腕を掴むと自分の方へ強く引き寄せた。
ヒッ!思わず心の中で悲鳴を上げる。
「・・っ!お嬢様!」
マリウスは椅子から立ち上った。
「そうか・・。さながら従者と主人の報われない間柄ってとこかな・・・?でも君が誰を好きだろうと僕は構わないよ。だって君に興味が湧いたからね。今までどんな女の子でも僕を見れば一目で恋に落ちたのに、君は違う・・・。ねえ、どうしてなのかな?堕ちない女の子ほど僕は堕としたくなるよ。」
ノア先輩は私の顎を掴んで自分の方を向かせると、私の顔を覗き込んだ。その瞳には狂気が宿っているように見える。嫌だ・怖い・・・!この人からは恐怖しか感じない・・!
その時。
「いい加減にして頂けますか?」
バシッ!目に見えない衝撃でノア先輩の腕がはたき落され、私は両肩をグッと引き寄せられ、マリウスの腕の中にいた。これは―マリウスの魔法だ!初めて見る。
「ノア・シンプソン先輩、そこまでにして頂けますか?これ以上私の大切な主に手を出さないで下さい。」
まるで別人のようなマリウスの姿。その姿は限りなく勇ましく―恰好良かった。
「お・お前・・・。僕の名前を知っているのか?」
明らかに狼狽したようなノア先輩には激しい怒りの表情が宿っている。
「ええ。貴方はとても有名人であり・・・危険人物ですから。どうやって私の主と知り合ったのかは存じませんが、これ以上この方に近付こうものなら、いくら先輩だと言え、容赦しませんよ。見た所、貴方の魔力は私よりも低いようですからね。」
淡々と述べるマリウス。本当に彼は本物のマリウスなのか・・・?私は戸惑うばかりだ。
「な・・・生意気な口を叩くな!」
ノア先輩は突然右手から炎の玉を作り出すと私達目掛けて投げつけてきた。
「!」
ぎゅっと目をつぶる私。
マリウスは私を横に軽く突き飛ばすと、左手で炎の玉を受け止め握りつぶした。
え・・待って!手で握りつぶす?!嘘でしょう?!
「危ないですね。屋内でこんな危険な魔法を使うなんて・・・。」
マリウスの左手からはブスブスと黒い煙が漏れ出している。え?大丈夫なの?火傷していないの?
「く・・っ!」
ノア先輩から焦りの色が現れている。それは当然だろう。まさか炎の魔法を手で握りつぶされたのだから。
「どうされましたか?まだ私とやりますか?言っておきますが私の主に手を出そうとしたからには、相手が誰であれ容赦しませんよ?おや?足が震えているではありませんか?」
言いながらマリウスはノア先輩に一歩にじり寄った。
「随分と・・君は主を大切にしているんだね・・・。いいよ、今日の所は君に免じて退散してあげるよ。じゃあね。お嬢さん。でも・・僕は諦めないからね・・。」
最後にゾッとするような台詞を口に出すとノア先輩はカフェテリアを出て行き、
一方の私はすっかり腰が抜けて床に座り込んでしまった。
「大丈夫でしたか?お嬢様。申し訳ございませんでした。突き飛ばしてしまって。」
マリウスは膝を付くと私に手を差し出した。何とか手を借りて立ち上がるとマリウスは言った。
「お嬢様・・・あの方は危険な方です・・。どうか必要以上にあの方に近寄らないようにして頂けますか?」
マリウスは心底心配そうに私を見つめると言った。
「う・うん・・・それにしても、マリウスは魔法の腕も凄かったんだね。」
「いえ、それ程でも。それこそ自分の方が強いのだと思わせる心理行動ですよ。」
私は素直に頷くが、どうしても聞きたい事があった。
「ねえ、マリウスはどうしてあの先輩の事を知っているの?」
「それは・・・あの方を知らない貴族はいないと思いますよ・・。高位貴族の爵位を持つ麗人と言われ、社交界では有名です。女性関係が激しく、ある時は隣国の王妃と恋仲になり、祖国を滅ぼしかけたという逸話がある程のお方ですから。」
マリウスは話しにくそうに語った。
え?!何その話。確かに私は小説の中でノア・シンプソンを女性関係が派手な人物として作中で書いたが、そこまで過激な話にはしていませんけど?!何故こうも次から次へと予測できない話が湧いて出て来るのだろう。絶対に作者の私だけ置いてかれてどんどん話が先へ進んでしまっている気がする―。
「いいですか?お嬢様は飛びぬけて美しく、人目に付きやすい存在です。本来なら私は24時間貴女の側を付きっ切りで警護したい。でも、悲しい事にそれは無理なお話です。なので・・寮にいる時間以外は全て私の側から離れないで下さいね。」
最後の方は何故か嬉しそうな笑みを浮かべながら言うマリウス。もしや・・これは私の側を離れたくない言い訳にしているんじゃ・・・?24時間付きっ切り?やめて欲しい。そんな事をされれば間違いなく私はノイローゼになってしまうだろう。
いや、待て。これはマリウスに釘を指せるチャンスかもしれない。
「それじゃあさ、どうしても警護したいっていうなら私に変な要求をしてくるのはもうやめにして貰えないかな?!」
「変な要求とは?」
「とぼけないでよ!だから、私に自分の事を踏みつけろとか、虫けらと呼んでくれみたいな事を言って来ることだってばっ!」
私はマリウスの胸に人差し指を突き立てながら更に言った。
「大体、貴方のそういう所が気持ち悪いのよっ!!」
そして腕組みをして、舌打ちをする。
ああ・・・・とうとう自分の本音をぶちまけてしまった・・・。
「・・・・。」
マリウスから返事が無い。まずい・・。ここまで言えば流石のマリウスを怒らせてしまっただろうか?言い過ぎてしまったかと思い、恐る恐るマリウスの様子を伺うと・・・上を向いて恍惚の表情を浮かべながら感動?に震えるマリウスの姿があったのだった―。
「お・・・お嬢様・・・。」
マリウスはやがて私を見ると声を震わせながら言った。
「い・・今のお言葉・・最高でした!」
もう、本当に食えない男だ。私たちのそんなやりとりをカフェの店員たちが白い目で見ていたのをこの時の私たちは全く気が付かなかったのは言うまでもない。
後日私とマリウスは店で騒いだと言う事でカフェの店長から呼び出され、厳重注意を受ける事となったのだったが、それはまた後程。
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