目覚めれば、自作小説の悪女になっておりました

結城芙由奈

   第1部  序章 1 別れはある日突然に


 あ・・・・青い空だ。

目を開けると真っ青な空が飛び込んできた。

吹き渡る風が、草が頬を優しく撫でて行く。

気持ちい良い風だな・・・。再び私は目を閉じると—。


「珍しい女だな。こんな所で眠っているとは。」

真上から男性の声が降って来た。


その声に慌てて目を開けると、そこには私を見下ろすように立っている若い男性の姿があった。

アイスブルーの瞳に輝くような金色の髪、白い軍服姿はまるでハリウッドスターのような佇まいを見せている。


え?誰・・・?寝そべったまま口を開け、ポカンとしていたこの時の私は相当間の抜けた表情をしていたのだろう・・・・。




夜中の1時— 

「こうして、悪女と呼ばれたジェシカ・リッジウェイはアラン・ゴールドリック王太子に爵位を奪われ、家族共々辺境の地へと追放されました。その後、アランは心優しいソフィーに永遠の愛を誓い、生涯を共にするのでした。・・・と。」

そこで私はPCのキーを叩くのを終えた。


「・・・やった。ついに完結したわ!」

半年に渡ってネット上に投稿し続けたオリジナル小説が終に完成し、私は嬉しくて祝杯を上げたくなった。

そこで共同シェアハウスの台所へ向かうと自分の名前が書いてある缶ビールを取り出し、自室へ戻りPCの椅子に座った。

「ふふふ・・・。失恋で半ばやけになって書き始めたネット小説がまさかこんなに人気が出るとは思わなかったわ。」

プシュッ!

子気味酔い音を立てて缶ビールのプルタブを開けると、グビッグビッと一気にビールを仰ぐ。

トンッ

缶ビールをデスクに置くと私はたった今書き終えた文章を読み返す。

「内容は割とベタだけど、やっぱり登場人物達の年齢を上げてちょと大人的な要素を取り入れた所が読者に受けたのかな?でも私、ヒロインよりこのツンデレな悪女の方が個人的に好きかな~。次回作はこの悪女の番外編なんか書いて見ても面白いかも。」


私は手元に置かれたイラストが描かれたA4用紙を手に取った。

書籍化が決まってから担当絵師さんがそれぞれの登場人物のイラストを描いてメールで送ってくれたのである。


「うん、イラストも最高。まさに私が思い描いていたキャラクターそのものだわ。絵師さんに感謝!」

パンと手を打って祈ると私は再び飲みかけの缶ビールに手を伸ばした。



 私の名前は川島遥、25歳。髪はストレートのセミロング。顔はまあ・・自分で言うのも何だがそれ程悪くは無いと思っている。何せ、学生時代ミスキャンパスの準優勝をしたのだから、人並みよりはチョイ上、と言った所だろうか?

半年前まで私は中堅規模のデザイン会社に勤務していた。元々は総務で入社したものの、デザイン部門に興味を持ち独学で勉強。それが会社に認められ、少しずつではあるが小さな店舗のHPデザインを任せて貰えるようになった。同期入社した企画部門の彼との交際も順調で充実した毎日が、ある日人材派遣会社を通して勤務を始めた若い女性社員によって徐々に私の日常が壊されていったのである。

名前は一ノ瀬琴美。年齢は私より2歳下だと言っていたから23歳だったはず。

彼女が配属されたのは私と同じ部署。けれども派遣社員と言う事と、デザインを起こした経験が無かったことから、彼女のする仕事はワードやエクセルを使った社内文書の作成や、電話応対と言った簡単な仕事ばかりだった。

肩まで伸ばした栗毛色のふんわりした髪型、少し低めの鼻だがくっきりとした二重瞼に笑うとえくぼが出来る所が男性の心を擽ったのか、若手男性社員に贔屓にされていた。

 中にはそれを快く思わない女性社員もいたが、いつの間にか彼女によって懐柔されたのか、気が付けば仲良くなっているのだから驚きである。私のいる部署は彼女を中心に回っている―そんな錯覚まで起こしそうになっていた。

そしてそれと反比例するかの如く、何故か私の会社での立場は悪くなっていったのである。

重要案件のメール配信をわざと私にだけ回さなかったり、勝手に作りかけのHPデザインを消されてしまった事もある。ある時は資料室にいた時に嫌がらせで鍵をかけられ閉じ込められた事等もあった。無視や悪口は日常茶飯事で当時私を庇ってくれる人間は気付けば誰一人として居なくなっていたのである。

そして私の評判は地に落ちた・・・・。



―半年前

「遥、俺達別れよう。」

最近中々二人で会う機会が持てなかったある日、突然私は彼に退社後、会社近くのカフェに呼び出された。


「え?1週間ぶりにやっと会えたと思ったら一体何を言い出すの?」

私は目の前の神妙な面持ちで座っている彼を見つめた。

社内で酷い嫌がらせを受け、完全孤立してしまった私にとって違う部署で働いていた彼だけが私の唯一の心の支えだった。それなのに、いくら電話をかけても繋がらず、メッセージを送っても既読にすらならない。毎日が不安で不安でたまらなかった―

そこへようやく彼と連絡が取り合えたかと思えが、まさかの別れ話である。


「ねえ?嘘でしょう?いきなり別れ話なんて納得できるはず無いじゃない。いつもみたいに冗談言ってるんだよね?」

あまりの突然の話に私は信じられず、笑顔で尋ねた。


「はあ~っ」

飲みかけのコーヒーをテーブルに置くと、わざとらしく彼は大きなため息をついた。

彼の名前は林健一。同期入社で私と同じ25歳だ。ウィンドサーフィンが好きで休みが取れればサーフボードを持って、しょっちゅう海へ出掛けている。その為か肌は冬でも浅黒い。まさしくスポーツマンタイプの男だ。

私自身はサーフィンは全く出来ないが、彼が波乗りをしている姿を海で見るのが大好きだった。


「お前・・・俺が何も知らないとでも思っているのか?」

健一はうんざりだとでも言わんばかりに私の方を見る。


「え?何の事?」

私は首を傾げた。


「しらばっくれるな。お前の部署に派遣社員で入って来た女の子・・・琴美ちゃんに散々嫌がらせをしているって話は俺の部署にも知れ渡ってるんだよ。」

健一はネクタイを緩めながら面倒くさそうに言った。


「琴美・・・ちゃん?どうして健一が彼女の事知ってるの?」

いつの間に彼女の事を名前呼びにする程に親しくなったのだろう。


「ああ、お前覚えていないのか?2か月程前・・・だったか?会社帰りに二人で歩いていた時に琴美ちゃんに会ったのを。その時、『お二人は交際されてるんですか?』って聞かれたよな?」


「う、うん・・・。そうだったね・・・。」

そうだ。確かにあの時私と健一が交際している事を彼女は知った。でもそれがどうして・・?ほんの少ししか会話を交わさなかったはず。なのに何故・・・?


「あの後、彼女が俺の部署に思いつめた表情でやって来たんだよ。お前に会社で毎日のように嫌がらせを受けているって。辛い、助けて欲しいってな。」


健一はまるで汚らしいものでも見るかのような目で私を見た。こんな目で今迄見られたことが無かった私は背筋が寒くなった。

一体彼は何を言ってるのだろう?今私の目の前にいるのは本当に健一なのだろうか?

彼の口から出て来る話の内容は何から何まで私にとって身に覚えのないものばかりだった。でも思い返してみれば、私への会社の風当たりが強くなったのはその頃だったかもしれない。何故彼女は私にここまで嫌がらせをするのか、全く心当たりが無い。


「ねえ、ちょっと待ってよ。私がそんな事するはず無いでしょう?むしろ会社で居場所を無くしてしまったのは私の方なんだよ?だから相談に乗って欲しくてずっと連絡入れてたのに。気が付いてたんでしょう?どうして今まで私の事無視してたのよ。

聞いて健一。2年間付き合った私と彼女の言葉、どっちを信じるの?」

私は必死になって自分の思いを語った。


「何だ、お前。人の話聞いてたのか?まるで自分の方が被害者面してるぞ。」

健一は私の態度が気に障ったのか、声に苛立ちが混じって来た。

でもそんな事言われても一切身に覚えが無いのだから仕方が無い。


「俺は、琴美ちゃんの相談を受けているうちに彼女の事がいじらしくなってしまった。・・・愛しいと思ったよ。守ってあげたいって。」


夢見るようにうっとりと言う健一を前に私の心はどんどん冷めていった。

この男は一体何を言ってるのだろう?仮にも付き合ってる彼女の前で別の女性の話をそんな表情で語るなんて・・・。


「分かった、いいよ。別れてあげる。」

もう何も感じなくなっていた。私は自分の分のコーヒー代をテーブルに置くと立ち上がった。


「さよなら。」

でも一言、どうしても最後に言ってやりたくなった。

私は振り返ると言った。

「一ノ瀬さんとお幸せにね。」

そして私は一人、涙を堪えて店を出たのだった―。











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