横暴屈波(18)の初恋。
藍本
第1話 地球が巡る音がする
愛用のイヤホンが片方だけ聞こえなくなった。きっと鞄から出す時、無理矢理に引っ張ったせいで断線してしまったんだろう。別にしょっちゅうあることだし気になんてしないけど。ただ次買いに行くのを何時にしようとか、そういえば保証書無かったっけ、とかなんとなく考える。まぁ、どうせ一カ月はどうもしないんだろうなぁ…というところで私の思考回路はいつも止まってしまうのだった。
そもそも、音楽を聴く理由が娯楽という訳ではなく世の中の遮断に近い。イヤホンを耳にさえ指していれば一枚膜が張っているような、守られている感覚がする。ダメだ、物が壊れることになんとも思っていないつもりでもセンチメタルが出ているあたりショックなんだと自覚させられる。
今の今まで不便だなんて思ってなかったけど少しだけ今は違う。聞きたくないことまで聞こえてしまうことがあるから。例えば、
「神谷さん、この前女子と手つないで歩いてたんだって」
クラスメイトは私がイヤホン壊れてるのなんか当たり前に知らないわけで、面白半分で隣の席で話してるから聞き耳をたててみる。
ちなみにこのビビるほどクソみたいな噂話は嘘じゃない。私は昔からかわいいものが大好きで大好きで大好きでたまらなくって、かわいくないものはどうしようもないくらい嫌いだった。それは恋愛にも当てはまってて別に私はそれはおかしいなんて思ったことない、でも少し、ちょっと違うってのは思ったことはある。ううん、思ってる。し、これが周りにバレるとだいぶめんどくさい事になるってことも理解してる。
「それ、どういうこと」
「なんかー北高の子と恋人繋ぎで歩いてたらしくてーあそこって女子高じゃん?」
「へーだから彼氏いないんだ」
「みたい。意外だよね」
「そぉ?それっぽくない?」
「どうしよー狙われたら」
狙うかブス、上記したように私はかわいい人が好きなのだ。平凡またはその近辺は全くと言っていい程興味がない。噂されている彼女もなかなかだったけど所詮キス止まり、良くいえばプラトニック。悪くいえば純情、アガペー、他諸々。そういう子だったわけだ。こっちとしちゃあキスだけなんてかなりいけずなんだけど惚れた腫れたの相手にどうこう言えるはずもなくって。結構こっちがアプローチをかけちゃったから振るにも振れないし。ていうかそもそもこんな相手見つからないし、なんというか、いざと言う寂しい、とか耐えられない、みたいな時の「保険」みたいな。
ジェンダーレスなんて、横文字にしただけでこの性癖という奴を埋められるはずもないし、「ハズレもの」がまぁるい地球のその中の円に入れるわけがない。子孫を残せないものは死んでいくしかないはずなのにこうしてひょいとまた異分子が産まれる。それを仲間はずれにすることで世界は平和、だとか協調、を育てていくのだろう。本当にわかりやすい構造だ。少数派はいつだって殺されてしまう。自分だけの正しさでは生きていけないこの世界が普通に憎い。
ぐだぐだとくだらないことを考えていたら知らない間に放課後になっていた。今日の帰り道はなんと一人だ。なんと、とか言っちゃったけどたいてい一人。こんな感じでぽっとした時に孤独になるとどっと寂しさの波が押し寄せてきたりする。所詮は人、ひとりぼっちに勝つにはまだ精神力が足りないし暇だからなにかにちょっかいかけたくなってしまう。
「あ、菊地ー」
「う、おぅ」
「なに、んな嫌そうな顔しなくたって」
「別にしてない」
「ねー今から暇だからさー部室で和ませてよ」
「漫研はさ、サボり部じゃないんだわ」
菊地省吾は数少ない私の友達である。なにかと問題を起こすのが大好きでいたずらが過ぎるけど熱くて良いやつ。私と違って明るいし友達多く異性を好きになるタイプの人間だ。補足すれば私がそういう性癖持ちなのも知ってるしそれを気にしないなんとも懐の広い男だ。うそ。多分ちょっと引いてるけどそんなのは友達になった後だったから煮えくり返すのが悪いと思ってるんだと思う。よく、からかうと顔に出る。熱くて懐の深いそれでいてちょっとお人好しすぎる奴。
「見て見て~チュープリ撮っちゃった」
「マジでか!見せて!」
「なにー?菊地やらしー。あ、やば。この道まずいって」
「はぁ?生徒会室の前が?」
「うん、アウト。指導表でてんもん」
「…指導表?」
「うん、髪とピアスとスカートと化粧とあと…」
「その目に入れてるコンタクトだ!」
「でたでた」
「おぉ…」
鬼のお出ましだ。なにかと指導表を切りまくる生徒会長の百合根基樹。てか髪とか私より明るいやつ要るじゃん?それにこれは好きでこんなんやってんじゃなくてこういうことしないと表に出られないからしてるだけ。といったら顔を真っ赤にして怒ってくるし。指導表切るなら見た目良くないと生きられないこの不平等な世の中に切ってほしい
「5枚だぞ!5枚!前代未聞だ!!」
「暑い、暑すぎるよー溶けちゃうよー」
「基樹…、こいつはちょっと、な、」
「ちょっとなんだ!」
「欠落してるだけだ、人間の大切なところが」
「言ってくれんね菊地」
「んなことはどうでもいい!神谷和葉!お前は今から…」
「逃げてますよ」
後から百合根が怒鳴りつける声が聞こえる。捕まってなるものかと逃げ出したはいいものの運動神経抜群の百合根が追いつかないはずも…あれ、居ない?
「まさかこけたとか」
そんな呟くような声は誰にも届かず、履いてた上履きがパタンと音を鳴らした。怒られないに越したことはない。またイヤホンを出して耳に入れる。あ、反対側も聞こえなくなってるや。
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