第十八章 疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)  令和十年十二月十八日(月) 杉原たかね

令和十年十二月十八日(月) 北海道札幌市・旧北海道帝国大学


「御用の筋あってまかりこした。各々おのおのがた、共和国大統領よりの御上意ごじょういである、神妙になされよッ! 手向かい致すにおいては、容赦なく斬り捨てるッ! 今宵の会津兼定は、血に飢えておるぞッ!!」


 ことの経緯を防衛大臣に直接報告した私は、大統領より本件解決に向けた『全権』を委任され、第二代文部科学大臣の身分で旧北海道帝国大学の考古学研究室に御用改めを執り行った。

 時に戊申ぼしんの年、新暦十二月十八日。副官に、蝦夷森マヤ少尉補を迎えてのことである。

「高山圭介前大臣より、引継ぎは受けている。アイヌモシリ共和国第二代文部科学大臣にして元庁立南高等学校配属将校、杉原たかねである。時の門を開く石器を、大人しく引き渡していただきたい。軍で預からせていただく」

 私は直接見たことはないが、文字の刻まれた三日月形の石器であるらしい。

「は……はい、大臣。こちらになります」

 教授を名乗る老人が差しだしてきたのは、なるほど確かに『三日月』と呼ぶべき形の石器だった。あるいは、ツキノワグマの襟元にある模様にも似ている。

「ふむ。隠すとお手前のためにならぬので、吟味ぎんみ致すにおいては正直にお答えあれ。ここに異体文字が彫ってあるが、そこには何と書いてあったのだ?」

「時の門のくぐり方です。行きたい場所、過去の時間を念じながら文字の溝に血液を垂らします。そしてその血が乾かないうちに、遺跡の溝にこの石器をはめ込む。そうすると、時の門が開きます。研究室では開くところまでは確認したのですが、まだくぐった者はおりません」

「一人もか?」

「一人もです。遺跡自体は十一旅団の方が警備しておられますので、確認してくださっても構いません。出入りはすべて記録しています。その人数が合っていますので、まだ誰もくぐっていないことは確かです」

「待て。警備している部隊は、もしや『時の門』の存在を知ってしまったのではないか?」

「それはありません。高山前大臣が、常に遺跡に背を向けて警備を実行するように固く命令しておられましたので。遺跡の周りの土壌の年代がタイムスリップを示唆するものだったので、我々もそこには警戒していたのです」

「分かった、邪魔したな。この石器は軍で引き取る。手間を取らせて相すまなかった。御免!」

 私が石器を蝦夷森少尉補に渡すと、彼女はそれを緩衝材が敷き詰められた木の小箱に詰める。そして二人して、研究棟の前に停めたパジェロに向かった。

 ――『歴史修正者』は、研究チームの中にはいなかったか。そして文字の謎が解けてから、石器は研究チームのもとに掌握されていた。


「運転手、車を文部科学省まで出せッ! 蝦夷森少尉補は、私の左隣に座れ。石器はしっかりと掌握しておけよ」


 だとすれば時間を遡る者が出てくるのは、この世界線において『これから先』の話になる。その時間遡及を未然に防ぐことができれば、既に失われた『我々の世界』も復元が効くのだろうが……待てよ。


 我々の世界から過去に護衛を送って、『油田の発見者』を守り抜けばいいのだ。


 今の世界が壊れかけているのは、歴史が『元の世界』へと引っ張られているのが原因だと考えられる。物証の教科書で見る限り、やはり分岐点は満州の油田だ。

 甘粕先輩が消えた件の速度を考えるに、これを科学の世界でまともに検証していては手遅れになる。

 つまり『軍事作戦』として迅速に処理するしかない。だからこそ、事情に最も精通している職業軍人の私が選ばれたのだ。

「蝦夷森少尉補、作戦方針は固まった。帰らぬ覚悟の分遣隊を過去に送り、歴史の改変を維持。『歴史修正者』から、『今ある世界』を守り抜く。教科書に記された『元の世界』を、我がアイヌモシリ共和国は国家として否定する」

「は!?」

 隣に座る蝦夷森にそう語りかけると、彼女は眼をむいた。

「候補者は二名。蝦夷森マヤ少尉補、及び宮坂航也。至急、宮坂に連絡を取れ。ことは一刻を争う。世界の存否が、この一戦にかかっているのだ。各員、一層奮励努力されたい」

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