003
吸血鬼少女と別れ、オレは観客席へと戻る。
『鍵ありきの部屋』はこの後すぐに開催される。本当は明日参加するデスゲームを先に決めてしまいたかったのだが、まあ、どうせすぐに埋まることもないだろう。
観客席は一席五十万。デスゲームの観戦料はそれほどまでに高い。
とはいえ、デスゲーム参加者は同日内のものであれば無料で見ることができる。この制度を利用している奴はあまり見ないが。
人間の参加者なら、たいていの奴はトラウマで見られなくなるし、アンデットの参加者なら、あまり他人のデスゲームには興味がないという輩がほとんどだ。
後ろのほうで、やや空いている席に座る。
周りはどいつもこいつも、趣味が悪そうな顔をしている。造詣がどうこう、というより、表情そのものが、命をもてあそぶような、いやらしい人間の空気をまとっていた。
『それでは――ッ! プレイヤーの登場でえぇええーーーっす!』
妙にハイテンションな実況の声が響く。客席がわっと一瞬にして沸いた。
すでに『鍵ありきの部屋』のために用意されたステージへと上がってくるのは、魔女、スカルウォーカー、リッチ、ゾンビ……そして吸血鬼。
魔女とゾンビは先ほどの『牢と狼』に参加していた奴だった。魔女はまだまだ殺したりない、という様子で、けたけたと気味の悪い笑い声をあげている。それに対してびくびくとおびえるゾンビは、それでもどこか恨めしげに魔女をにらんでいた。魔女に見られればすぐに目をそらしているが。
「みんなーっ! ボクに賭けてくれたーっ?」
きゃるん、と何かの効果音が付きそうなほど、可愛い子ぶる吸血鬼少女。取り付けられたマイクから聞こえる声は、妙にこびていて甘ったるい。
実際、わざとらしい行動が似合ってしまうほどかわいいので、吸血鬼少女のファンは多い。今も、あちこちから「もちろんだよー!」「シエファちゃんに全財産賭けちゃったー!」「今日もかわいいー!」などという声が飛び交っている。本人があまりデスゲームに参加しない、という希少価値も人気の理由の一つかもしれない。
「みんなのこと、ちゃーんと稼がせてあげるからねーっ!」
そんな吸血鬼少女の叫びに、会場がさらに沸く。
死体回収係とは少しデザインの違う喪服を着た進行係から不透明のカプセルを受け取り、飲み込んでいる彼女らをじっくりと観察する。
この中だと吸血鬼少女が一番勝率が高いだろう。純粋な強さだけで言えば魔女が一番だが、魔女は勝敗に興味がない。近くにいる適当な奴で遊べればそれで満足なのだ。そして、スタート地点の配置的に犠牲になるのはリッチかゾンビ。リッチは魔女を熟知しているし、やはり今回もゾンビが犠牲になるだろう。
スカルウォーカーは、骨に魂が宿り、文字通り歩く骸骨のモンスター。ただ、『鍵ありきの部屋』とは非常に相性が悪い。何せ、水に沈められれば体が分離するのだから。なぜ参加したのだろう。……頭を抱えている姿がモニターに映っているあたり、手違いで参加した可能性があるな……。
吸血鬼少女の次に勝率があるとしたら、リッチだろうか。魔女の師である彼のことだ、それなりに腕は立つ。とはいえ、魔女のほうが才能があったようで、力負けしているのだが。
『それでは、皆さん、殺し合う準備はいいですか!? 『鍵ありきの部屋』、勝者には三千万! 水槽から出られるのは果たして誰か! デスゲーム……スタートッ!』
開戦の言葉の直後、まずリッチの首が飛んだ。がいん、と重い音を立て、水槽の床に叩きつけられる。当然、注水は始まっていたのだが、いかんせん早すぎる行動に、水が浸ることもなく、鈍い音が響いた。
唐突のことに慌てるリッチ(の体)だったが、逃げるより先に首をはねた本人――吸血鬼少女がリッチの腹に手を突っ込んだ。
まるで粘土をこねているかのように、何のためらいもなく腹から胸にかけてぐじゅぐじゅとその体をいじくる。中から球体のカプセルを取り出し、割ってみるがどうやら空っぽのようだ。
それを捨てると、今度はスカルウォーカーに手をかける。肋骨のあたりに引っかかったカプセルを取り、それを割る。やはり空。
開始三分程度で、すでに参加者のうち二人がやられてしまった。アンデットなので死んではいないが、ここから巻き返すには苦労するだろう。特に体をバラされてしまったスカルウォーカーは。
「あっはははは、あたっちゃったあぁあ」
狂ったような高い声を上げたのは魔女だ。ゾンビの腹から出した球体の中に、鍵があったらしい。ちなみにゾンビのほうは魔女に腹を貫かれ、じたばたと暴れていた。痛覚のない彼女は、腹を貫かれてもなお、抵抗しようとしている。
「えー、ボクってばアンラッキー……。うーん、でもまあいっか」
外れても奪えばいいだけだもんね。彼女の口はそう動いたような気がした。
「あれぇええ?」
パッと弾ける様に魔女の肩周りから血が噴き出した。鍵を持っていたはずの腕ごと、消えていた。なくなっちゃったああ、ときょとんとしている魔女に焦りはない。本当に不思議なのだろう。
魔女の右腕は、吸血鬼少女が咥えていた。伸びた牙は魔女の腕に食い込んでいるが、血は滴っていない。吸血しているのだろうか。
鍵を奪い、用がなくなった腕を吸血鬼少女はペッと吐き出していた。ぴちゃ、と水音を立てながら床へと腕が落ちる。
「うぇ~、やっぱおいしくなーい! 人間の血がいいなあ~」
そういいながらも、一滴の血も逃さんと言わんばかりに少女はぺろりと唇を舐めた。
まだ彼女らのくるぶしにまで水が到達していないにも関わらず、水は濁り始め、『鍵ありきの部屋』は終結へと近づいていた。
魔女は自分の腕に興味がないのか、ゾンビをいじって遊んでいる。すでに鍵への関心がなくなったようだ。
「ああ、くそ、離すっす! こら、おい、ウィルル! 何故いつもワタシばかり狙うんすか!」
むなしい叫びをあげるゾンビをいじめる魔女の横で、ばさり、と吸血鬼が羽をはばたかせた。腰のあたりから生える、蝙蝠のような、真っ黒の羽。普段は服の中にしまっているというそれは、あっという間に大きくなり、彼女が飛行できるほどになる。
「ああぁあああああ! 三千万――――ッ!」
ゾンビの叫びもむなしく、吸血鬼少女は天井にある扉に鍵を使い、無事に脱出。この瞬間、勝者が決まった。
『優勝者、シエファ選手――――ッ! 早い、早すぎるッ! 最速記録、更新だァ――!』
「あっはは、ボクってばサイコー! みんな、お金稼げたーっ?」
水槽の上でくるりと回り、笑顔を振りまく吸血鬼少女はアイドルそのもの。
にこにこと笑いながら観客席へと手を振っていた彼女と、ばちりと目があう。その瞬間、にんまりと笑う彼女の表情は語っていた。
――見てた?
見透かすようなその瞳に、オレは思わず固唾を飲んでいた。
彼女の行動は、どれもこれも一瞬のためらいもなかった。
そうさ、相手はアンデット。
頭をつぶしても、首をはねても。心臓を刺しても、腹をえぐっても、何をしても――死ぬことはない。
現に水槽の中に残された連中は、ぼろぼろになってはいるものの、死んではいない。
それでもオレは、誰かを殺せるだろうか、とこぶしを握った。
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