第38話 異常論文「土地と在庫管理」

  土地と在庫管理――貨幣の誕生についての考察


  1、貨幣論の解体のための導入


 貨幣とは何かについて、現在でも多くの議論が存在する。貨幣とは何か、我々はいまだに確かな定義を持たない。貨幣の持つ影響は極めて大きく、より効率の良い経済圏の構築のために貨幣とは何かを明らかにすることは大きな意義を持つ探究である。作者は、混迷するさまざまな貨幣の定義について考察し、貨幣の本質をえぐり出すことから再検証する。

 最後には、貨幣の誕生を解明し、人類の経済史の起点を確固たるものにすべき野心的な試みに挑む。これは、そのことを冒頭において宣言し、作者の仕事を謙虚ながらも広く知らしめようとする導入である。

 従来、貨幣は、物々交換の代替物になること、価値を計量すること、時間を経ても価値が保存されること、の三つの条件を満たすものとされた。しかし、作者は、貨幣によって交換されているのは、商品ではなく、労働であるという異議を提示する。商品の費用の内訳は、その商品の製造の材料費よりも、その商品の製造に費やされた人件費の方が大きい。このことから、貨幣によって交換されていると主張すべきものは、商品の交換ではなく、労働の交換であるとすべきだと作者は厳しく指摘したい。

 ここに従来の貨幣論は解体され、いままで知られることのなかった貨幣論が誕生することを約束する。

 そして、それは最後には、貨幣の誕生の秘密を明らかにすることにまでたどりつきたいと作者は考えている。


  2、貨幣の起源を解体する


 最も古い貨幣とは何か、読者諸君はおわかりいただけるだろうか。古代バビロニアでは、紀元前4000年前から金属貨が使われたという。金属、穀物、衣服が貨幣として機能していた。ならば、これが最も古い貨幣だったのか。金属貨や穀物、衣服などの商品貨幣が最も古い貨幣だったのか。

 貨幣の誕生を十一世紀の中国の宋王朝の紙幣の発明とする慎重論もあるかもしれない。貨幣は重要な文明の成果であり、貨幣の発明を自分たちの民族の誇りとする傾向が西洋列強には見られ、貨幣は西洋列強で発明されたものだと欺瞞を述べるものは多い。彼らは、紙幣の発行が中国であることを隠し、十九世紀の金兌換制の紙幣の発行が貨幣の発明の典型であるというような愚かな主張を押し通そうとする。まったく愚かなことである。長いものに巻かれろ精神の日本人には、そのような西洋列強の主張を歓迎し、貨幣の発明は西洋列強であったという暴論を支持する愚昧な輩があふれかえっている。そのような輩には、紙幣の発明は、負債証書が貨幣として機能することに人類が気づいたことであるという、十一世紀の中国の珍奇な経済現象を指摘してやるのがよい。紙幣の発明が西洋列強であるなどと暴論を述べるものは、紙幣の本質を理解しておらず、紙幣を印刷すれば、その紙幣で商品がいくらでも売ってもらえるなどと経済の虚構を信じていることが多いからである。どの商人がただ紙に印刷しただけの紙幣で商品を売ったりするものか。そんなことでは、紙幣は貨幣になりはしない。

 それでは、最も古い貨幣とは何なのだろうか。少しづつ最も古い貨幣に迫っていきたい。古代バビロニアでは、穀物や衣服の商品貨幣が貨幣として流通して、金属貨はあくまでもそれらの価値を計量するためにあった。このことから、最も古い貨幣は、やはり、商品貨幣なのではないかと考えることができる。

 貨幣の誕生には慎重な思索が必要だが、ひとつの可能性を提示するものとして、ずばり、いおう。「貨幣は、物々交換しやすい商品を効率よく倉庫に貯蔵して、在庫管理することから生まれた。」

 どうだろうか。これは、貨幣の誕生について、実にうまく説明しているのではないか。貨幣が、商品貨幣であるなら、その誕生の仕組みはこうだったであろうと作者が納得することのできる経済形態である。


  3、貨幣の起源を再び解体する


 貨幣の誕生を記述する可能性が見えてきた。ここから、さらに貨幣の誕生に迫りたい。我々が探しているのは、最も古い貨幣である。貨幣の起源をどこまでさかのぼることができるだろうか。

 貨幣を使うのは、人類だけなのだろうか。それは少し人間中心主義すぎるだろう。動物や植物が貨幣を使わないとは限らない。人類がまだ文明化されておらず、動物的な暮らしをしていた頃から、貨幣を使っていた可能性を考えていく。

 物々交換しやすい商品を在庫管理するためには、その種の動物が複数の商品を使い生活している必要がある。動物が使う商品の種類はいったいいくつなのだろう。ネコは食料以外にどんな商品を使うのだろうか。アリは食料以外にどんな商品を使うのだろうか。複数の商品を使う動物には、分業が発生して、労働交換をする貨幣が機能する可能性がある。

 貨幣の起源を人類がまだ動物だった時代にまでさかのぼれないだろうか。

 人類は、まだ動物だった時、仲間と何を交換していたのだろうか。人類がまだ動物だった時に、仲間との商品の交換はありえたのか。先史時代の人類は、複数の商品を使ったか。衣、食、住、道具入れ。先史時代にも人類は複数の商品を使っていた。複数の商品の生産からは分業が発生して、分業の労働交換のために貨幣が発生する。経済とは分業についての研究だと考えてもまちがいではない。分業をするから、経済思想があり、経済理念が仲間との道徳になる。貨幣とは分業の伝達なのだ。

 植物は貨幣を使うだろうか。植物の会話を研究する学者がいるのだから、植物の貨幣を研究する経済学者がいてもおかしくはない。植物はどんな分業をするんだろう。思いをはせると楽しい。

 ケインズのことばを引用する。「経済学者や政治哲学者の思想は、それらが正しい場合も誤ってる場合も、通常考えられている以上に強力である。」

 経済学はあまりにも大きな影響力をもつため、経済学を自分たちの利益になるように捻じ曲げようとする戦いは激しい。経済を論じる者たちの大半は、人類の経済圏のより効率のよい発達のためではなく、自分たちの利益のための謀略であることが多い。そのため、経済理論は、利己的なものたちによって捻じ曲げられ、解体され、改竄される。賢い経済学の構築は、労働者のストレスを大きく減少させることができるものであるはずなのに、それが妨害され、経済学が歪められ、停滞させられていく。それは、経済学によって、経済圏の富の動きが変わるからであり、経済学は権力の奪い合いによって破壊されていく。

 経済学を利己的なものから守るためには、難解な経済学をわかりやすく整理していくことが重要だ。難解な理論が存在することは確かだし、難解な理論を理解することが人類に貢献することも確かだ。しかし、簡単な理論の重要さを見抜けない経済圏に幸せな暮らしは難しい。経済学は難しくしようと思えば、いくらでも難しくなる学問であるが、簡単な経済学でも、難解な経済学と同じ大きな経済効果が得られるものなのだ。そのことをどうか理解してほしい。そのことが理解できずに、どうでもいいことを難解に計算する経済学が現在の日本で行われているような気がして、作者は心配している。もっと簡単なことで重要な経済学の研究はたくさんあると思うのだ。

 経済学を利己的な勢力から守るためには、経済学を簡単な理論にまとめていくことが重要である。志ある経済学徒が働きやすいからである。


  4、貨幣の超越的起源


 我々は最も古い貨幣を求めて探究してきた。貨幣を人類史の始まりにまでさかのぼった。我々は、貨幣の起源を人類史の始まりよりさらに古くまでさかのぼるつもりである。

 物々交換しやすい商品を効率よく在庫管理したこと。それより古い貨幣は何か。

 作者はここで、最も古い貨幣は土地であることを指摘する。肉食動物にとって、財産とは縄張りである。動物たちは縄張り争いをする。動物たちの富は、縄張りで計量される。人類も例外ではなく、古代、人類の富は縄張りという形態の土地だったと考えられる。狩猟の獲物や、農耕の収穫は、土地を財産とすることで計量される。

 身分や階級というものは、有利で重要で楽しい職業を掌握することによって成立する。貴族とは、有利で重要で楽しい職業を掌握している人々のことをいう。古代中世では、軍隊が有利な職業であることが多かった。軍人階級が貴族として、経済を支配した。軍人階級が財としたのは領土である。領土とは土地である。古代中世の貴族社会で財産とされたのは土地なのである。封建制では、領土という土地を取引することで主従関係が成立した。王に土地を求め、王は土地を与え、経済が機能したのだ。

 つまり、最も古い貨幣は土地だったのである。


  5、貨幣の起源の究極的解明に向けて


 こうして、我々は貨幣の起源を探究することができた。今回の探究はここで終わろうと思う。いつか、貨幣の起源の究極的解明を目指して、さらに検討を重ねたい。小野塚友二によれば、「貨幣とは価値を計量するものである」らしい。もし、小野塚友二に従うなら、万物の価値を計量することが貨幣論であり、経済学なのだ。作者は、万物の価値の計量に興味がある。あらゆる商品の価値と労働の価値が適正に計量されれば、素晴らしく公正な社会が構築されることだろう。人類の未来のためにそれは行わなければならない。



参考文献。

アダム・スミス「国富論」

マルクス「資本論」岩波文庫で三巻まで

ケインズ「雇用、利子および貨幣の一般理論」

ハイエク「隷従への道」

ポランニー「経済の文明史」

ティロール「良き社会のための経済学」

小野塚友二「経済史」

黒田明伸「貨幣システムの世界史」


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