第39話 スノッブの仕事

 社交界の邸宅を訪れた。

 スノッブ(紳士気取りの取り巻き、上流気取りの取り巻き)たちは、貴婦人たちに審美眼の確かさを披露していた。会話を先導し、機知の跳んだ話をする。あれあれは素晴らしいね。それそれはくだらないねと。

 運や偶然によって、遺産相続人になることを期待する。

 シック(病的)でデカダン(退廃的)な風景だ。

 スノッブたちは語る。絵画について。音楽について。

 給仕の入れる紅茶を飲みながら、行方不明になった若者の話をする。

「あの人、いなくなっちゃったね」

「三年したら帰ってくるぞ」

 くだらない慰めをいう。

 スノッブたちは『二十世紀の亡霊』を尊敬する。誰も語らず、確かめることのできないことについて、ずっとやりとりがつづく。

 そこでは、ある国家の謎について会話が交わされる。本当かどうかわからない『二十世紀の亡霊』について。

 『二十世紀の亡霊』の真実については、決して口にすることはできない。『ニ十世紀の亡霊』は国家の存亡に関わる重大事だ。

「わたしたちは確かに、毎日、芸術の批評をしている。だが、本当に尊敬していることはそうではないんだ」

 スノッブたちがいう。

「芸術より大切なものがあるんですか」

 ある貴婦人が疑問を投げかけるから、スノッブはつい自慢してしまう。

「我々は、それが存在することを語らない者たちです」

 貴婦人は困惑するぬが、仕方のないことだ。

「あなたたちは、芸術家をいちばん大切にしている、とわたしは思ってました」

「もちろん、そうです。しかし、わたしが疑っているのは、現在の政治家たちが、かつての革命家の後継者であることが本当なのかどうかなのです」

 スノッブはいう。

「本当に、それは信じがたいことです」

 貴婦人は答える。

 もし、政治家たちによる国家の簒奪があったのだとしたら、新聞はいったい何を書いているのだろう。新聞記者は何者のために命を賭したのだろう。それが絵画や音楽に現れてくるのではないかと思ってしまう。

 スノッブは新聞を読む。彼ら彼女らの手がかりがあるかもしれない。

「演劇についてはどうなの?」

「もちろん素晴らしいよ」

 スノッブが答える。

「文学については?」

「読むべき本はわずかだね」

「そうですか」

 実は文学好きだった貴婦人が哀しむ。それを察してスノッブがいう。

「実はですね、文学には他の分野には真似できない重要な目的がありましてね。もしかしたら、その目的を実現するかもしれないので、気になっているのですよ」

 スノッブのことばに貴婦人が興味を持つ。

「文学の目的とは?」

「それは、新しい聖書を作ることですよ」

「そんなことができるんですか」

「できますよ。それは、ニ十世紀の亡霊が答えを出している」

 スノッブは給仕の入れた紅茶を飲んだ。

「マダムは新しい聖書は何がいいですか」

 貴婦人は少し考えて答えた。

「『資本論』とか」

 貴婦人の答えにスノッブは吹き出してしまった。

「まさか、カール・マルクスとは。マダムの善良さは褒めたたえられるべきでしょう」

「『ティラン・ロ・ブラン』ではナードすぎるし、『ソドム百ニ十日』では過激すぎですね。すると結局『神曲』あたりになってしまいます」

「マダム、サドやダンテなんかを聖書にしようものなら、神父の説教の時にみんなひっくり返ってしまいますよ」

「あなたが選ぶと何になります?」

「チェッオーラの『やし酒飲み』ですね。最強の一冊です」

「短すぎるわ。やっぱり、聖書はくだらないくらい無駄に長くないと」

「そこでおすすめなのが、この社交界の邸宅で行方不明の青年の物語なのです。彼の物語を書けば、それは素晴らしい聖書になるでしょう」

 そして、スノッブたちはまた芸術の批評に話題を移した。

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