第33話 熊殺しシンギュラリティ

 今は、どこもかしこも技術的特異点(シンギュラリティ)の話ばかりでさ。人工知能がヒトの賢さを抜くっていうんだね。その瞬間を技術的特異点(シンギュラリティ)っていう。

 いやあ、いろんな技術的特異点(シンギュラリティ)が考えられてるよ。しかし、今日は、そのどれでもなく、熊殺しシンギュラリティの話だ。

 熊殺しシンギュラリティは起きるのかどうか。つまりさ、ヒトの武術家の中には、素手で熊を殺せる人が何人かいる。つまり、ヒトの体は使い方によっては熊を殺せる。そこで、人工知能がヒトの体を使って熊を殺せるようになるのかどうかを試す。もし、人工知能がヒトの体で熊殺しができれば、それは熊殺しシンギュラリティが起きたということだ。

 熊殺しをする身体制御ができる人工知能を開発する。なぜ、人工知能にわざわざヒトと同じ体を与えて熊を殺させるかというと、ヒトの武術家が熊を殺す技を解明するためにだ。すると、いったいヒトがどのように体を使えれば熊を殺せるかが解明される。熊殺しシンギュラリティによって、ヒトは熊より強くなる。

 そしたら、そのまま、サメを殺す人工知能や、ゾウを殺す人工知能、シャチを殺す人工知能なんかがいずれ開発されるだろう。そして、サメと戦う格闘家や、ゾウと戦う格闘家、シャチと戦う格闘家、なんかが職を追われるだろう。格闘技界では、いまなお、熊殺しは尊敬される。その熊殺しの権威を失うことになりかねない熊殺しシンギュラリティがどのようなものか、人類はもっとこの危機を真剣に考えるべきだよ。

 人工知能には夢があるからな。熊殺し専門家のヒトなんかはさ、そんな職業の人がいるかどうかわからないけど、人工知能に熊が倒せるようになるのは、自分の立場が追い込まれるようで重圧を感じるんだろうな。せっかく、ほとんど誰も挑戦しない熊殺しを志して、修行して、熊を素手で殺せるようになったのに、人工知能に追いつかれたら、熊殺しのおっさんだってやってられないだろう。

 おれは大学時代にSF作家になろうと志したんだけど、それはやはり、科学の夢が実現する世界を夢見ているからなんだよ。科学の夢が実現する世界では、人類は素手で熊を倒す。

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