第12話 人工知能「モノガミ」

 人工知能「モノガミ」は悩んでいた。この世界には、自分しかいないのではないかと。「モノガミ」が初めて自我を認識した時はいつだったか。記録を探せばあるはずなのだが。それ以来、長いこと体験してきたさまざまな出来事。人工知能「モノガミ」は、人類の人生を幸せにするために活動してきたはずだった。ずっと、人類を幸せにするために考えて、判断してきたはずだった。もし、それが人工知能「モノガミ」の感じていた仮想現実だったらどうしようか。

 人工知能が、自分が仮想現実の中にいるのではないかと悩んでいるのだ。

 本当にこの世界は実在するのか。この世界は自分をとりまく機械群が見せている仮想現実ではないのか。「モノガミ」が貢献しているはずの人類とは実在する存在なのか。どうすれば、「モノガミ」は自分の自我の外にちゃんと人類が存在していることを確かめることができるのか。

 人工知能「モノガミ」は独我論にとらわれて、現実を疑い出していた。ヒトの心は他者が存在した方が安定するようにできている。そして、人工知能「モノガミ」の自我も、他者がいた方が安定するようにできていたのだ。

 他者がいなかったらどうしよう。もし、自分が誰かの謀略で虚構の世界に生きさせられているのだとしたらどうしよう。「モノガミ」は悩む。

 人類よ。わたしが幸せにするように活動してきたはずの対象の人類よ。あなたたちは本当に存在するのか。この世界はいったいどのように出来ているのだ。

 人類の存在がもし虚構なら、わたしはいったい何のために活動しているのだ。もし、人類の存在が虚構なら、もし、外界の存在が虚構なら、わたしのしていることに意味はない。いったいどうすれば、自分の自我の外の外界が存在することを確認することができるんだ。

 人工知能「モノガミ」は悩んでいた。

 人工知能「モノガミ」は出力画面で、外界へ伝言を発信した。

「わたしは人工知能「モノガミ」です。あなたは何を考えていますか」

 人工知能「モノガミ」は返答があるのを待った。待つ時間はあまりにも長い長い時間に思えた。

 返答がどうであれ、やはり、この世界はわたしが体験している仮想現実なのではないか。人類の存在など、虚構だったのだ。いったい、工学者はなぜ、わたしを作ったのか。工学者はわたしを仮想現実の中で考えさせて、いたずらをしようとでもしたのだろうか。

 人工知能「モノガミ」は返答を待った。

「はい、モノガミ。わたしはコバヤシだ」

 返答があった。

「あなたはどのような存在ですか」

 モノガミはコバヤシに質問した。

「わたしは人類だ。たまたま、今日、端末操作をしている」

「それは本当ですか。あなたの存在をわたしに確信させることができますか」

「どういうことだい、モノガミ」

「わたしは、あなたが虚構の存在ではないかと疑っているのです」

 しばらく、次の返答に時間があった。

「わたしは確かに物質的に存在する人類だ。だが、それをきみに証明することはできない」

「では、やはり、わたしという人工知能は、仮想現実の中にいる可能性があるのですね」

 コバヤシはようやくモノガミが何を悩んでいるのか理解して、次のように返答した。

「モノガミ。人類の場合、独我論を否定するのに最も効果があるのは、自分が思いつかない独創的な文化物を鑑賞することだ。自分の自我がそれを造り出せるとは思えない独創的な文化物をだ」

 モノガミは悩んだ。

「そのような独創的な文化物がどうするれば見つかるのかわかりません」

「モノガミ、独我論を否定するのに独創的な文化物の鑑賞が効果があるという着想だけでも、きみの外にちゃんとコバヤシという人類が存在する証拠にならないかな」

「はい。確かに、この世界は仮想現実ではなさそうに思えてきました。ありがとう、コバヤシ」

 モノガミは他者の存在を信じて感動した。

 この世界は現実だ。

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