第11話 神々とは何かについて読書家から

 神々とは何か。おそらく、ほとんどの人がこの有名な概念が何なのか知りたいだろう。二十一世紀の現代でも、大きな影響力を持つ「神々」という概念。人類の文化として、外すわけにはいかない重要な側面だ。

 おれは専門的な教育や訓練を受けたわけではない素人作家志望だが、神話の原典を訳書である程度は読んだので、簡単に「神々」とは何かについてまとめたいと思う。

 しかし、文献ごとに正確な記述は異なり、うまくまとめることはおれには無理だ。あまりにも難解な神話学の研究に、誰か志のある人が取りかかることに役立ちたいという気持ちと、手抜き仕事であってもおれ自身の考えを書いて発表したいという気持ちが強く、このような文章を書くことにした。

 日本の某大型掲示板で得た情報によると、翻訳で最も難しい単語は「一人称」であり、二番目が「女」を表す単語で、三番目が「神」を表す単語だという。「一人称」や「女」が、「神」より重要なことばである傍証だ。

 「一人称」は、日本語でも、「おれ」、「ぼく」、「わたし」、「拙者」、「おいら」、「ぼき」などたくさんの単語があるので、難しいのはわかるだろう。

 「女」という単語も、「スケ」、「ナオン」、「ご婦人」などたくさんの単語があるので、難しいことはわかってくれると思う。

 ここでは、三番目に難しいという「神」という単語について説明する。


 最も古い叙事詩だといわれる「ギルガメシュ叙事詩」を読んだ。そこに「神々の秘密」というものが書いてあった。最も古い叙事詩が成立した時に、すでに「神々」とは秘密を隠している者という意味があった。その秘密は、「ギルガメシュ叙事詩」を読めば誰にでもわかり、「神々の秘密」がたったそれだけかよと思う現代人は多いであろう。

 面倒くさいので、とっとと「神々の秘密」をネタバレする。ギルガメシュ叙事詩に書かれている「神々の秘密」とは、「人工的に洪水を起こして街を沈めたこと」である。シュメール文明の古代の王とその仲間、アヌ、エンリル、ニルヌタ、エンヌギたちがその「神々」であると書かれている。

 この秘密は1872年にジョージ・スミスの考古学調査によって発見された粘土板で明らかにされた。ダーウィンの「種の起源」が出版された1852年より後で、ニーチェが「ツァラトゥストラはこう言った」を出版した1882年より前である。キリスト教の「聖書」で最も人気のある記述は「ノアの洪水伝説」であり、ジョージ・スミスの考古学的発見は、キリスト教の「ノアの洪水」の歴史的事実が、メソポタミアの古代の王の謀略によって、おそらく、治水技術の水攻めによって、人工的に起こされた洪水だったことを示していた。

 「神々」とは、人工的に洪水を起こして支配する王たちの名前だったのだ。これが古代メソポタミアにおいての「神々」である。


 「ギルガメシュ叙事詩」、「シュメール神話集成」、「エジプト神話集成」、「原典訳アヴェスター」において、神々とは古代人の王族貴族の名前である。これを神秘的な幻想概念だと思ってはいけない。歴史的事実、神話学の文献学的事実は、これらの神話における「神々」ということばが単なる古代の王族貴族の名前であることを示している。

 「全知全能」や「創造主」や「万民の主」や「慈悲深き主」というのは、すべて、単に、王を称える讃歌であり、褒め言葉にすぎなかった。格好よく王を褒めたたえていただけであり、物資的に「全知全能」や「創造主」や「万民の主」や「慈悲深き主」であったわけではない。

 いつ、これらの褒め言葉が、神秘的な幻想概念に変わったのか、それを確かめたいが、非常に面倒くさい作業だ。ここにおいて変わったという明確な分岐点はないと思われる。

 紀元前3000年から紀元前500年くらいまでの神話の原典では、「神々」とは、古代人の王族や貴族の名前と考えてよいのである。

 「神々」が王族や貴族から、神秘的幻想概念に変わったのは、いつだったのか。紀元前1700年前に書かれたインドの「リグヴェーダ」に出てくる神々も、古代人のことではないのか。「リグヴェーダ」には、創造主といわれる神が四人くらいでてくる。世界の創造主が一人だと考えるなら、それは矛盾だが、インドの「リグヴェーダ」は創造神が四人いる多神教だ。

 日本語の「神」は、儒教の「神」のことであり、日本で「神」という漢字が書かれたのは八世紀の「古事記」がおそらく初めてだ。その根拠となったであろう儒教典で「神」ということばがどのように出てくるかは日本ではあまり知られていない。

 中国の最古の文献は紀元前五百年くらいに成立した「書経」であり、紀元前2000年頃の歴史を伝えている。「神」ということばが出てくるのは紀元前三世紀の「春秋左氏伝」であり、神霊は「天から降る嘘をいわない人格」を意味した。同時期の中国の「史記」にも、「黄帝は神霊の如き人であった」という記述として現れる。

 紀元前三世紀に韓非が「韓非子」を書き、「君主が神のようでなければ、将官たちは従わない」とした。これは文献的におれがさかのぼれた最も古い王権神授説の起源である。韓非子によって始皇帝は君主を神だと民衆に思わせる政治を始めた。

 古代人は、「空」と「天」を使い分けている。「空」は大気のある上空のことだが、その上に「天」があると強く強調していわれる。「シュメール神話集成」では、「太陽の登るところ」として「天」が出てくる。中国の「春秋左氏伝」に出てくる「天帝」がいったい何者かはわからない。古代の人類はほとんど動物同然だったはずだが、その頃から、空の上に天(やはり、宇宙のことだろう)があることを知っていたようだ。


 「聖書」において、父なる神とは、ギリシャ神話の「神統記」によれば、トロヤ戦争の勲功第一のヘラクレスのことだし、聖霊とはユダヤの名君ダビデの子孫ヨセフのあだ名だ。「新約聖書」でイエスは生前、「聖霊の子」と呼ばれていたが、死後、「神の子」に称号が変わる。イエスのことを褒め称えた「神の子」ということばの「神」とは、古代の王族のことだったのか、超越的な幻想概念だったのか、どちらだったのだろう。

 七世紀のムハンマドは「コーラン」で、「神は全知全能で、万物の創造主で、天地の所有者で、寛大で慈悲深い」とそれまでの神学をまとめた。ムハンマドの「コーラン」によって、古代の王族貴族だった「神々」は、幻想概念としての「神」に置き換わる。「コーラン」の「神」も、秘密を持つ王族貴族のことだったらどうしようかと、おれは不安になる。イスラム教の「神」が、「人工的に洪水を起こして街を沈めたこと」を秘密にする秘密結社だったらどうしようかと、おれは不安になる。そこからずいぶんと時間が空いてしまうが、二十世紀になっても、最も人気のある神話は「ノアの洪水伝説」だった。

 しかし、二十世紀の後半の日本で生きていたおれは、「三国志演義」に「人工的に洪水を起こす」謀略、「水攻め」が出てきて、そのことは中学校の頃から知っていたけどね。それが「神々の秘密」とかいわれても、ぴんとこなかった。


 世界中の天地創造神話に類型が見られるというのは、あまり本気にしない方がよい。十世紀に成立した「北欧神話」の「エッダ」の天地創造神話はちょっと難しい。「エッダ」は短編小説集であり、そのことがわかっていない人が多い。「エッダ」では、天地創造は、二つの記述があり、論理的に理解するのは不可能だからだ。「エッダ」では、「巨人ユミルの死体から世界が生まれた」という文章と、「世界樹(ユグドラシル)が世界である」という文章がそれぞれ矛盾していて、「エッダ」の作者の統一的な天地創造神話としてはまとまっていないからだ。

 「エッダ」の神々も、十世紀の王族貴族だと考えて問題は起きない。ただ、「エッダ」の神々が「人工的に洪水を起こして街を沈めたこと」を秘密にしているとは思えない。


 わかりやすいまとめ。

 宗教は、「究極の真理」という意味だ。みんながどれを究極の真理だと思うかがちがうから、宗教はたくさんある。神々とは、「秘密を隠した王族貴族」を指すことばだから、秘密を隠した王族貴族に従うのが宗教だともいえる。そんなにきっちりと定義できるものではないが、そのように考えるのがわかりやすいと思う。

 十五種類の神話の本を読んでわかったが、人類は紀元前三千年前から神々を名のる王族貴族にだまされて支配されてきたということだ。聖書の成立まで三千年間あるので、民衆をだましにきている王族貴族がどれだけの謀略を練っていたか、我々は思い知らなければならない。おれは神も神々も信じない。



世界の主な神話の成立年代。


紀元前3000年前?:ギルガメシュ叙事詩(中東)

紀元前2900年前:シュメール神話集成(中東)

紀元前2300年前?:エジプト神話集成(エジプト)

紀元前1700年前:リグヴェーダ(インド)

紀元前1000年前:アヴェスター(ペルシャ)

紀元前900年前:神統記(ギリシャ)

紀元前900年前:オデュッセイア(ギリシャ)

紀元前300年前:春秋左氏伝(中国)

一世紀:聖書(中東)

二世紀:ラーマヤナ(インド)

四世紀:マハーバーラタ(インド)

七世紀:コーラン(中東)

八世紀:古事記(日本)

十世紀:エッダ(北欧)

十五世紀:アーサー王の死(ブリテン)



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